図書室における遭遇の機会は、春に再び訪れた。「秘密の部屋」の怪物の正体を掴んだハーマイオニーが、ページを破り取った本を戻し、本棚の影から飛び出したとき、ディランにぶつかったのだ。

 背中でハーマイオニーを受け止めたディランは、不思議そうな顔で振り返り、咄嗟に謝っていたハーマイオニーの姿を認め、いつもの楽しそうな笑みを浮かべた。

「やあ、ハーミーちゃん。どうしてクィディッチ観戦に行かないんだい? 君の友達が試合をするはずだと、僕は記憶してるけど?」

 ハーマイオニーは口を噤んだ。まさか、そのハリーが聞いた不思議な声の正体について調べにきたとは、言えない。手の中の紙片を握り締めて黙するハーマイオニーを、ディランは実に楽しそうな笑みを深め、じっと見下ろす。

「おや? ひとには言えないようなことを考えてるのかい? まじめなよい子のハーミーちゃんも、ずいぶんとわるい子になったものだね」

「……ちょっと、ディラン。あんまり下級生をいじめないでちょうだい」

 カチンときたハーマイオニーが口を開きかけたとき、ディランの横にいた女子生徒が、彼を咎めるような目で見上げた。ハーマイオニーは吃驚した。ディランにばかり意識が向いていて、彼の隣に人がいるとは気づかなかった。

「あなた、監督生でしょう? 後輩には優しくすべきよ」

「分かってるよ。だから、悪い道に入らないように、たしなめているんだ」

「嘘ばっかり」

「なんだい、ペネロピー、優れた人格を持つ先輩の言葉を疑うのかい?」

「優れた人格者? 誰のことかしら」

 眉を上げる女子生徒はペネロピーというらしい。長い巻き毛のきれいな女の子で、ディランと同じ色のネクタイをしていて、彼と同じく監督生バッジを着けている。ポンポン交わされる会話から判断するに、彼とはけっこう仲がいいらしい。

 半ば呆然と二人を見つめるハーマイオニーへと、ディランが不意に視線を向けてきた。そして、愉快そうに目を細めて口元を緩める。

「そんなに嫉妬しなくても大丈夫だよ、ハーミーちゃん。この子はね、僕の単なるかわいい後輩で、」

「だれも嫉妬なんかしてないわ!」

「そしてね、君の大先輩パーシー・ウィーズリーの大事なガールフレンドだよ」

 ディランの言葉に眉を吊り上げたハーマイオニーだったが、続いた言葉に一瞬固まった。それから「ええっ?!!」と目を見開いてペネロピーを見る。ペネロピーは、頬をほんのりと染めてディランを睨み上げていた。

「ちょっと、ディラン。そんな風に言いふらさないで」

「事実なんだからいいだろう? それに僕は、さんざん君の恋愛相談に、」

「ディラン!」

 焦った声を上げるペネロピーに、ディランはクスクスと笑った ――― 正確に言うと、クスクスと音を立てながら、ニヤニヤと笑った。完全にひとをからかっている笑い方だ。

 ペネロピーも、ハーマイオニーと同じように感じたらしい。ジトッとした目でディランを見上げる。視線を受けたディランは、音を立てるのはやめて、笑みを浮かべたまま、おどけるように肩を竦めた。

「さて。かわいい後輩への参考図書の紹介も終えたことだし、用済みの僕はクィディッチ観戦にでも向かおうかな。友達想いのハーミーちゃんの代わりに、ポッター君の勇姿を目に焼きつけてこないと」

 パチンと一つウインクを残して、ディランはさっさと踵を返し、ハーマイオニーたちの前からいなくなった。見知らぬ先輩と取り残され、ハーマイオニーは落ち着かない気持ちになる。チラリと目をやると、目が合い、微笑まれた。

「私も、用事は済ませたから競技場に行くわね」

「あ、私も行きます!」

 一緒に向かうことにして、ハーマイオニーはペネロピーと図書室を出た。城の中を徘徊している怪物の正体とその危険性が分かった以上、生徒を一人で歩かせたくはない。……ディランは別だ。彼なら、スリザリンの怪物にも勝てる気がする。

「まったく、これならディランも入れて三人で行けばよかったわね」

 歩きながら、ペネロピーが苦笑混じりに言った。まさに考えていた人物の名前が出て、ハーマイオニーは言葉に詰まる。沈黙に首を傾げたペネロピーは、ハーマイオニーを見て「もしかして、彼のこと苦手かしら?」と眉を少しだけ下げた。

「あのひと、誤解されやすいけど悪いひとじゃないのよ? 賢くて、聡くて、意外と面倒見もよくて、頼りになるの。おまけに顔もいいから、女の子から人気があるわね。男の子のなかにも、ディランをかっこいいと思ってる子もいるし……」

「……でも、意地悪です」

「からかい癖があるだけよ。たぶん、ある種の愛情表現じゃないかしら」

 ハーマイオニーは反論しようとしたが、そこでふと、自分たちが曲がり角に差しかかっていることに気づいた。右手の中に持ったままの紙片と、そこに記された内容を、ハーマイオニーは思い出した。

 慌ててペネロピーを止め、鏡で曲がり角の先を確認するよう忠告する。ペネロピーは怪訝そうな顔をしたが、質問は後回しにして、まずポケットから鏡を取り出した。

「鏡を見ることに、なんの意味があるの?」

「これは、とっても大事なことよ。なぜなら、いま問題になっているスリザリンの怪物は ――― 」

 説明しながら、ハーマイオニーは、ペネロピーと一緒に鏡を覗き込んだ。そして ――― そこから先の言葉を、黄色い目玉に奪われてしまったのであった。


 口封じ

The Colors Main Top