友達を得たあと、ハーマイオニーがディラン・スカーレットと会うことはなくなった。もともと学年も寮もちがうため、ハーマイオニーが空き教室に潜み、ディランがそれを見つけるという流れがなければ、接点はないのだ。

 だから、ホグワーツ二年目の秋、図書室の中で偶然ディランに出くわしたとき、ハーマイオニーはひどく驚いたのだった。ディランのほうは、瞬き一つしただけで、すぐにいつもの笑みを浮かべたが。

「久しぶりだね、ハーミーちゃん。図書室で調べものかい? お目当ての資料は、一つもないようだけど」

 ハーマイオニーの頭上へと視線を向けて、ディランは首を傾げた。その通り、ハーマイオニーが求めている「ホグワーツの歴史」はすべて貸し出し中で、本棚にはぽっかりと大きなスペースがあいていた。

 不機嫌そうに半眼になるハーマイオニーを見て、ディランはスッと目を細めた。

「君も、いま話題の『秘密の部屋』について調べたいのかな?」

「そうよ。いけないことかしら?」

「好奇心は活力の源であり、知的探究活動は人生を美しく彩ってくれる」

 歌うように、ディランは言葉を口ずさんだ。まったく脈絡に欠けているわけではないが、微妙に会話として噛み合っていないと感じられるセリフだ。ハーマイオニーは眉を上げた。

「もしかして『秘密の部屋』の伝説は知的な素材じゃないって言いたいの?」

「おとぎ話や伝説を馬鹿にしてはいけないよ、ハーミーちゃん。そこには真理が隠れている場合があるんだ」

「私は馬鹿になんかしてないわ。あなたがそう思ってる可能性を、」

「だれかがそれらを軽視する可能性に気づいた時点で、君はそれらが軽視されうるものだと認めてしまっているんだよ」

「なら、あなただって同じだわ!」

「その通りだ。まったくその通り……だから、人間は誰しも愚か者なんだよ」

 ふうと息をつくディランに、ハーマイオニーは眉を寄せた。言っている意味は、なんとなく分かる。論理も通っているだろう。だが、話の流れがめちゃくちゃだ。脱線しまくっている。

 ハーマイオニーは、ディランの言葉は置いておくことにした。思考を切り替えて、自分の目線よりずっと高い位置にある彼の顔を見上げる。視線に気づいたディランが、愉快そうに口角を上げた。

「何か聞きたそうだね、質問されたら完璧に答えるハーミーちゃん?」

「ええ、先輩にお尋ねします。『秘密の部屋』について、何か教えていただけませんか?」

 皮肉を無視して、ハーマイオニーは問うた。四つも年上の、しかも知識と知恵に長けたレイブンクロー生なので、少しでも情報を持っているだろうと思ったのだ。じっと期待を込めた視線を送るハーマイオニーを見下ろして、ディランは笑みを深めた。

「そうだね、僕の秘密の部屋についてなら、説明できるよ」

「え?」

「純白のふわふわな絨毯の上に、真紅のバラの花弁が散らされてる、とってもロマンチックなお部屋だよ」

「……あなたの趣味なんて聞いてないわ」

 にんまりと笑うディランに、ハーマイオニーはイライラと言った。自分が知りたい部屋は、そんな部屋ではない。というか、そもそも学校になんという部屋を作るのだろうか、この人は。

「言っておくけど、僕が用意したんじゃないよ? 部屋が用意してくれるんだ」

 冷めた目をするハーマイオニーの思考を読み取ったのか、ディランが首を傾げて言った。その言葉に、ハーマイオニーが「は?」と胡乱な声を上げる。

「部屋が用意する? そんなこと、あるわけないわ」

「ふつうの部屋ならね。だけど、あの部屋は特別なんだ。とっても親切な部屋でね、僕の望むままに内装を変えてくれる」

「馬鹿馬鹿しい嘘を言わないで」

「信じられないのかい? 頭が固いね、ハーミーちゃん」

 どことなく嘲笑にも見える笑みを向けられて、ハーマイオニーはカチンときた。

「ひとりでに内装を変える部屋なんて、現実性がまったくないわ。作り話なら、もっと説得力のあるものを作ってちょうだい」

「伝説の『秘密の部屋』は存在を信じるのに、僕が実際に使ってる『不思議の部屋』の存在は否定するのかい?」

「そもそも私は『秘密の部屋』について聞いたのよ! あなたの言う『不思議の部屋』とやらには興味ないわ!」

「そうか。それはひどい話だ」

 ディランは肩を竦めた。セリフと裏腹に、まったく傷ついた様子がない。のんびりと楽しそうな雰囲気で、目を細め口元に弧を描き、ハーマイオニーを眺めている。そんなディランを見て、ハーマイオニーは、幼いころに絵本で見たチェシャ猫をふと想起した。表情といい態度といい、そっくりだ。……ああ、苛立つ。

「結局、あなたは『秘密の部屋』について教えてくれる気はないのね」

「いまはそんな気分じゃないんだよ。力になれなくてごめんね、現実主義で短気なハーミーちゃん」

「 ――― それじゃ、さよなら!」

 怒鳴るように言い捨てて、ハーマイオニーは憤然と踵を返す。ディランがクスクス笑いながら「どうしても知りたいなら、ダンブルドアかビンズに質問してごらん」と声を投げかけたのに返事もせず、ハリーとロンのところへと向かった。


 絨毯と花弁の部屋

The Colors Main Top