ハーマイオニー・グレンジャーは、あまり集団に馴染めない女の子であった。

 どんな状況においても規則を重視せずにはいられないし、また、まるで自分の知識をひけらかすような話し方を無意識にしてしまう。世話好きの性質も相まって、よく「お節介」「余計な世話焼き」などと反感を買ってしまうのだった。

 せめて「友達になってほしい」と素直に言える性格だったら、まだ希望があったのだろうか。そんなことを思いながら、ハーマイオニーは今日も、入学したばかりのホグワーツを一人で歩き、人目につかない空き教室に入り込み、こっそりと泣いていた。

「また泣いてるのかい? 寂しがりのハーミーちゃん」

 ……来た。ハーマイオニーは顔を上げた。部屋の入口に、背の高い男子生徒が立っている ――― ディラン・スカーレット、レイブンクローの五年生だ。ドアにもたれて腕を組み首を傾げて、楽しそうな笑みを口元に浮かべている。ハーマイオニーが睨むと、その笑みが深まった。

「怖いねえ。そんな目をしてちゃあ、ひとに嫌われちゃうよ? おっと失礼、もう嫌われ者だったか」

「ほっといてよ!」

 意地悪なことを言うディランに、ハーマイオニーが噛みつくように言った。ディランは肩を竦め、クスクス笑いながら教室に入ってきた。ハーマイオニーが「入ってこないで!」と叫んでも、「僕がここに入っちゃいけないなんて規則はないね」と、お構いなしだ。

「こんな場所でこそこそめそめそ泣いてても、だぁれも気づいてくれないよ? だから君は、いつまでも一人ぼっちなんだ。たまには、そのちっちゃなプライドを捨てて、人前でわんわん泣いてごらんよ」

「そんなの、ぜったい、いや!」

 鼻をすすりながら、ハーマイオニーは断固として拒否した。人前で弱々しく泣くなんてごめんだ。そもそも、幼児に話しかけるみたいな喋り方をする、ひとを小馬鹿にしているような人間の言葉なんて聞いてやるものか。

 がるるる。そんな効果音がつきそうなほどに威嚇するハーマイオニーを眺めて、ディランは怯む様子も見せず、むしろ「やれやれ」という仕草をした。

「そうやって強がるから、誰も君の弱さに気づいてくれないんだよ」

「私、弱くなんかないわ!」

「認めたくないという気持ちも分かるけど、残念ながら人間は弱い生き物なんだよ、ハーミーちゃん。僕を含め誰だって、自分の足一つで立って生きてはいけないんだ」

 ふうと溜め息をつくディランを、ハーマイオニーは胡乱な目で見た。この男が弱いようには思えない。なんの弱点も持たず、そのくせ他人の弱点を暴いて遊ぶ、悪魔のような男だと、ハーマイオニーは思っている。なぜスリザリンではなくレイブンクローに組分けされたのか、まったく分からない。

「僕に対して失礼なことを考えてるだろう、ハーミーちゃん」

 不意にディランと目が合い、そんなことを言われて、ハーマイオニーは一瞬ぎくりとした。しかし、それを表に出さないように努めて、べつの話題を出す。

「その『ハーミーちゃん』って呼び方、やめてちょうだい。馬鹿にされてるみたいで、イライラするわ」

「君の本名は発音がとっても難しくてね、滑舌の悪い僕では発音できないんだよ。呼んであげられなくてごめんね?」

 おもしろおかしく楽しむように、ディランは首を傾げ、口先だけの謝罪をした。ムッとするハーマイオニーを眺めて、「それに」と付け加える。

「強がり寂しがりのお子ちゃまにはちょうどいいニックネームだろう? 真っ赤なウサギのおめめのハーミーちゃん」

「 ――― あなた、きらい!」

「ああ、僕だって『きらい』だよ、君みたいなクソガキ」

 頭に血が上ったハーマイオニーが叫ぶと、ディランは笑みを消して言い放った。ハーマイオニーは不意を食らって呆然とする。ディランはちょいと首を傾げた。

「入学して二か月になろうというのに、君は未だに人付き合いを学ばない。自分はこのまま一人でもやっていけると思い始めてすらいる。甘っちょろいね」

「………、」

「もう少しだけ努力してごらん。プライドを捨てて、多少は自分を曲げて折って、ひとに歩み寄ってみるんだ。自分の意見を押しつけるだけではだめだよ。それでは、ひとは君に耳を傾けてくれない。相手の気持ちを推し量らなくては、相手の気分を害してしまうだけだ」

 自分はどうなのかと、ハーマイオニーはディランに言ってやりたかった。ディランだって、ハーマイオニーの気持ちを汲まず、厳しいことばかり言うではないか。言ってやりたかったが、ハーマイオニーは口を開くことができなかった。

「たった一人か二人でもいいから、友達を得てごらん。すばらしく世界が広がるよ」

「………」

 ハーマイオニーが口を開こうとしたとき、廊下からディランを呼ぶ声が聞こえてきた。ディランが視線を廊下へと向け、またハーマイオニーへと戻した。目が合う。ディランはゆっくりと、いつもの笑みを浮かべた。

「どうやら僕は友人に呼ばれてるらしい。もっと君で遊びたいけど、残念だ」

 そう言って、ディランは踵を返し、ドアへと向かう。その背中を見送るハーマイオニーを、ディランが戸口のところで振り返った。彼が来る前から暗い室内に座り込んだままのハーマイオニーに、ひらりと手を振る。

「じゃあね、泣き虫ウサギのハーミーちゃん」

 ハーマイオニーは、一言も返さなかった。


 その二日後、トロール侵入事件が起こり、そのどさくさで彼女は二人の友人を得る。しかし、もちろん、彼女がディランに報告することも礼を言うこともなかったのであった。


 うさぎの眼

The Colors Main Top