六月がやってきた。期末試験シーズンの到来だ。コリンとデニスと一緒に図書室を訪れ、授業のノートを読み返しながら、アルバは欠伸をした。退屈だ。

 視線をノートから上げ、室内に彷徨わせると、あちこちで生徒たちがげんなりしている様子が目に入った。まじめにカリカリがんばっている生徒もいるが、ほとんどは億劫そうに文字と向き合っていた。

 そんな中、五年生たちは異様な雰囲気を放っていた。資格試験であるO・W・Lが間近に迫っていて、いま大変な状況にあるらしい。ビリビリと殺気じみたものを放出して勉学に励んでいた。N・E・W・Tを控えた七年生も同様だ。

「うーん、がんばってるなぁ」

「なにが?」

 アルバが呟くと、コリンが羽根ペンの動きを止めた。アルバが無言で指差した方向を見て、ひえーっと小さな声を上げる。デニスも顔を向け、ビクッと跳ね、隣のアルバにくっついて「こわいよ」と囁いた。その頭を撫でて、アルバは「うん、まあ、みんな必死だからな」と苦笑した。

「でもさ、あれ見てると進級したくなくなるよな」

「僕らも来年あんな風にピリピリしちゃうのかな」

 アルバとコリンが言うと、デニスが「あんなこわいコリンとアルバ、見たくないよ」と泣きそうな顔をした。コリンが慌てて弟を宥める。兄弟に挟まれているアルバが口を開いたとき、誰かがアルバの名前を呼んだ。

「ん? おお、ジャスティン」

 半分のけぞるように振り向いたアルバは、知り合いの姿を認めて手を振った。

「どうしたんだ? 試験勉強中じゃないのか?」

「ああ……うん、そのことで、ちょっと、君の力を借りたくて」

 ぱちくりとアルバは瞬いた。自分は四年生だから勉学的な意味での力は貸せないと思うが、いったい何事だろうか。首を傾げつつも、ついてきてほしいと言うジャスティンに従った。

 図書室の奥のほうの勉強スペースに連れていかれたアルバは、机に突っ伏して泣きじゃくっている女子生徒を見て、自分が呼ばれた理由を察した。どうやら、試験のプレッシャーに耐えられなくなったハンナが、また興奮しているらしい。

「……俺、ハンナの慰め係じゃないんだけど」

「君が一番、ハンナに効果があるんだ」

 意味が分からない言葉をアルバに押しつけて、ジャスティンはアーニーとスーザンに合図をし、アルバとハンナだけを残して去っていった。二人きりにされたアルバは、頬を掻いたあと、とりあえずハンナに声をかけることにした。

「あー……ハンナ?」

 ピクリと、ハンナの肩が跳ね、金髪が揺れた。鼻をすする音が小さくなる。しかし顔は腕の中にうずめたままだし、一言も発さない。気まずさを感じながら、アルバは、何かないかとポケットに手を突っ込んだ。

「……あ」

 固い半球体を取り出して、アルバは目を輝かせた。これならハンナを喜ばせることができるかもしれない。一か八か、アルバはそれをハンナの前に置いた。

「ハンナ、顔を上げて」

 ふるりとハンナの頭が震えた。顔を見せたくないらしい。しかし、ハンナには少々強引にいかないとだめだと知っているアルバは、さっさと杖を取り出す。

「ほら、ハンナ、早く。見逃しても知らないからな……いくぞ、三、二、一!」

 素早いカウントダウンに、ハンナが慌てて顔を上げる。それを見計らって、アルバが杖先で半球体に触れた。

「 ――― わぁ……!」

 ハンナの濡れた目が、きらきら輝いた。半球体のてっぺんから、キラキラした金色の光の粒子が勢いよく噴出され、空から降ってくる雪のように、ふわりふわりと舞い落ちてきたからだ。

「きれい! アルバ、これ、すっごくすてき!」

 泣き顔から一転してはしゃぐハンナに、アルバも笑みを浮かべる。気に入ってもらえてよかった。コリンと一緒に、自寮の頭脳や悪戯三人組の知恵を借りて、苦労して作ったのだ。努力が報われてうれしい。

「私、こんなの見たことないわ」

「スノードームっていうマグルのおもちゃを、ちょっと改造したんだ……ハンナ、気に入ったなら、あげるよ」

 ちょっと考えたあと、アルバは半球体をハンナのほうへと寄せた。ハンナが目を丸くして、不安そうな表情をアルバへと向ける。彼女の口が言葉を発する前にと、アルバは素早く口を開いた。

「いいんだ。もともと誰かを喜ばせたくて作ったんだから、ハンナがこれを気に入って、使う度に笑ってくれるなら、それで俺は幸せさ」

 少年らしい笑顔を浮かべるアルバをしばらく見つめたあと、ハンナは少し視線を下げ、うれしそうにはにかんだ。小さく礼を言って、大事そうに、そっと両手で半球体を包み込む。それから、一拍置いてまたアルバを見上げた。

「ねえ、アルバ……私がO・W・Lを終えたら、ちょっとだけ、私と話をしてくれる? 渡したいものと……伝えたいことがあるの」

「もちろん、オッケーさ」

 屈託なく承諾しつつ、アルバは内心で首を傾げた。何を渡されて、何を言われるんだろう? 聞きたかったが、聞くのは野暮だと分かっていた。

 タイミングよく、ジャスティンたちが戻ってきた。笑みを浮かべて半球体を見つめるハンナを見て、あからさまにホッとしている。彼らからの礼を受け取って、挨拶をし、アルバはそこを去った。コリンたちが待っている。

 歩きながら、アルバは試験が終わるのが待ち遠しいと思った。わくわくそわそわする。テレビで初めてヒーローを見たときのような興奮が、身体を駆け巡っている。

 やばい。試験勉強に集中できないかもしれない。だめだ。気合いを入れねば。パシッと両頬を軽く叩いて、アルバは、努めて平静を装って、コリンたちのところへと帰っていった。


 光降る

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