| クリスマス休暇前ラストのDA集会は、いつもより長かった。三週間も間隔が開くという意識の元、何人かの生徒が居残りしようと画策したからだ。もちろんハーマイオニーが追い出そうとしたが、悪戯三人組が大人しくするはずがない。
そんなわけで現在、アルバはコリンとデニスと床に座り込んで、双子のウィーズリーとリー・ジョーダンがハーマイオニーに追い回される様子を見物していた。
「よくやるよなぁ」
のんびり壁にもたれたアルバが笑ったとき、ハーマイオニーの杖から放たれた「妨害の呪い」がリーの頬を掠めた。フレッドが素早く振り返って「くすぐりの呪い」をハーマイオニーにお見舞いする。が、ハーマイオニーはそれを何かの呪文で弾いた。
「うーん……ハーマイオニー、かっこいいな」
もぞりと上体を起こして、アルバが呟いた。呪文を弾くとか、かっこいい。自分もぜひやってみたい。ハリーはいつ教えてくれるだろうか。視線を向けると、ハリーは騒ぎを放置してチョウ・チャンと話していた。
つまらないので視線を戻し、アルバが熱心に四人を見ていると、不意にどこからか「ちょっと、ハンナ! 何してるの!」という声が聞こえてきた。首を回して、音源を探す。
「うわ、なんだ?」
少し離れたところに、ハンナ・アボットがいた。そして、彼女の足元ではなぜか黄色くてもふもふしたヒヨコが大量発生している。アルバの声に反応したコリンとデニスが、ヒヨコの大群を見つけて、興奮した歓声を上げた。
「ヒヨコだ! かわいい! ねえ、コリン、近くに行こうよ!」
「いいね、デニス、そうしよう!」
「ちょっ ――― コリン、デニス! そんなスピードで寄ったら、ヒヨコを踏み潰すぞ!」
黄色い空間へと駆け出していった兄弟を追って、アルバも駆け出した。持ち前の運動神経を駆使して、あっという間に追いつき、二人にブレーキをかけさせる。間一髪、二人の足はヒヨコの群れの数センチ前で止まった。
「えっと、ハンナ、これ何事?」
ヒヨコに構い始めたクリービー兄弟は諦めて放置し、アルバはハンナを見た。半泣きで混乱している様子のハンナは、次々とヒヨコが出てくる杖を構えたまま「分からないわ」と声を上げる。
「今日の練習で壊しちゃったものを直そうとしたら、どうしてかヒヨコが出てきちゃったの」
「……とりあえず、杖を離したほうがいいな。杖に触れてると、魔法の力が放出され続けて、どんどんヒヨコが出てくるから」
言いながら、アルバは「武装解除術」をハンナに向けて行使した。ハンナの手から杖が飛び、アルバがそれをキャッチする。ハンナの杖は、持ち主の手を離れた時点でヒヨコの生産を止めた。
ヒヨコの発生源の問題はひとまず解決した。ただし、すでに出てきたヒヨコをどうするかという問題は未解決だ。消せばいいのだろうが、残念ながらアルバはまだ四年生で、ものを消失させる呪文は習っていない。
周りの上級生たちが、あちこちで口々に呪文を唱えているので、なんとなく呪文は分かる。だが理論を学んでいないため、軽はずみに呪文を使うことは憚られる。被害を拡大しかねない。
アルバは諦めて、先輩たちに任せることにした。ハーマイオニーがものすごい勢いでヒヨコを無に帰しているので、大丈夫だろう。
逃げ惑うヒヨコたちと、それを追いかけ回す生徒たち。なかなか白熱した追いかけっこだ……見方を変えれば、動物虐待の図だが。そんなことを思いながら、アルバが眺めていると、隣から溜め息が聞こえてきた。顔を向けると、ハンナが項垂れている。
「……私って、迷惑をかけてばかりだわ」
「べつに、そんなことないと思うけど」
「そんなことあるわ。この間も、アルバの上に松明を落としちゃったもの……監督生なのに、上手く魔法を使えないなんて、情けないわ」
ずぅぅん。そんな効果音がつきそうなくらいに、ハンナは沈んでいた。アルバは対応に困って、視線を彷徨わせた。落ち込んでいる女の子を上手に慰める方法を、アルバは知らない。とはいえ、まさか男子と同じように扱うわけにもいかないだろう。
こんなとき頼りになりそうなハーマイオニーは、いま忙しい。ハンナの友人たちも、ほかの先輩たちも、みんなヒヨコの始末に奔走している。誰もアルバに助け舟を出してはくれない。
どうしようか。指先で頬を掻いて、アルバは頭を悩ませた。とりあえず、何でもいいから口に出してみようか。状況が悪化したら、そのときはそのときでまた考えよう。そう結論を出して、口を開く。
「俺の個人的な見解だけどさ、ハンナにはちゃんと実力があると思うよ ――― いや、そりゃ、失敗もあるだろうけど」
いい加減なこと言わないで。そんな目で見られたので、アルバは慌ててつけ加えた。
「でも、誰だって、緊張とか不安とか恐怖とか感じてるときは、失敗しやすいんだ。俺も、感情が高ぶってるときには、基本的な『浮遊呪文』でも間違えたりするしさ」
「………」
「もっと落ち着いて自信持って慎重にやれば、大丈夫さ。ハンナはダンブルドア校長から監督生に選ばれたんだろ? つまり、あの人に認められるくらいの実力を持ってるってことだ。だから、あとは精神力だ。それをクリアすれば、きっとすごい魔女になるさ」
な? 首を傾げるアルバを、ハンナが見上げた。以前アルバが見たような、ゆらゆら揺れる瞳が、またアルバを見つめる。
「……なれるかしら」
「なれるさ。ダンブルドア校長がハンナを選んだんだから。俺が保証するけど、彼の目に狂いはない。まあ、俺なんかじゃ、たいした保証人にはならないだろうけどさ」
「ううん、アルバはたいした保証人よ。少なくとも、私にとっては」
自信なさげにつけ足したアルバの言葉を、ハンナが否定した。アルバを見上げて、ニッコリと微笑む。
「ありがとう、アルバ。おかげで元気が出たわ」
「礼なんていらないさ。ハンナが元気になったなら、それで満足。ヒーローたる者、女の子の笑顔は守らないと」
「……ふふっ」
ニッと笑って言うアルバに、ハンナも笑いをこぼした。笑顔が戻ってよかった……そっと胸を撫で下ろすアルバの耳に、最後のヒヨコの鳴き声が届いた。
ひよことぼく
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