あぁ。
もし…。
もしなんだけど…。
グリフィンドールに入れなかったら、
どうする?
「それじゃ、わしは向こうにいくとするかの。
葵、緊張せずにな!」
にっこりと微笑まれて、私は泣きそうになった。
「…おう!」
苦笑に近い部類の笑みを返し、椅子に座った。
扉の向こうでは、生徒たちの雄叫びが聞こえる。
新入生の組み分けの最中なのであろう。
突然、どうしようもない不安が、私の胸にのしかかってきた。
ジェームズたちと同期だった時の私は、グリフィンドール生だった。
でも、
今回の組み分けで、グリフィンドールになるとは限らないのだ。
「…ハリー達と一緒に居たいのにな…。」
祈るしかないね、これは。
新入生の組み分けが終わった。
残るはご馳走のみ!
みんなでそんな顔をしていると、ダンブルドアが立ち上がった。
そうだ…。
まだ、ダンブルドアの話があった。
ダンブルドアの話の中に、吸魂鬼が出てきた。
僕が顔を強張らせると、きまってスリザリンの奴等(主にマルフォイ)がはやしたててくる。
ムカツク奴等だ。
ダンブルドアはディメンターの話を終わらせ、先生の紹介へ―――
ルーピン先生だ!
それに、ハグリッドまで!!
2人が紹介されただけで、僕の気持ちは上昇した。
隣に座っているロンやハーマイオニーもそのようで、はち切れんばかりに拍手を送っている。
パンッ パンッ
ダンブルドアが手を叩くと、一瞬にして大広間が静まり返った。
「ぅおっほん!
さて。ここで皆に嬉しいお知らせが、もう一つある。入ってきなさい!」
ギィィ………
みんなはいっせいに音のするほう…
つまり、ドアのほうを見つめた。
女の子、だ。
1人の女の子が入ってきた。
その子はずっと下を向いていて、顔がよくわからない。
「葵、こっちじゃ。」
ダンブルドアに促され、壇上に上がった。
顔を、上げた。
驚いた。
それしかいえない。
いや、言おうとすればもっといろんなことをいえるんだろうけど、どうも僕の頭の中は思考回路がショート寸前らしい。
でも、頑張って彼女について語ってみようと思う。
透明感を感じさせる白い肌。
柔らかそうな、長くてストレートの漆黒の髪。
切れ長なのに弓張りにカーブを描く、パッチリとした目。
薄すぎない、綺麗な桜色の唇。
どうみても、可愛い、綺麗、という彼女の風貌。
しかし、それにまとわりつく少しピリピリした空気。
その2つを兼ね備え、今、壇上に立っている彼女。
その姿は、異様、とも、たとえられる。
「彼女は…
自分で言うかの?」
ダンブルドアが言うと、彼女は静かにうなずいた。
「………
はじめまして。
葵・外村です。
日本からきました。3年生に転入します。
私には、ちょっとした障害みたいなものがあります。
そのせいで、私はみんなの中に馴染めないと思うんです。
だから、みんなが私に完全に慣れるまで、あまり近づかないでいただきたいんです。
時がくれば、きっとわかりあえると思います。
いまはまだ理解してもらえないかもしれないけど、そこそこに、よろしくお願いします。」
ふぅ〜。言えた…。
みんながなれるまではこのまんま、かなぁ…。
ちょっとキャラ違いすぎるなぁ…。
私、こんなに固い人じゃないのに…。
でも、近づかれないようにするには、このキャラが一番よね、きっと。
だって本当に、私に近づいたら、魔力に当てられた!
とか、なっちゃったら嫌だもの。
さて…。
次は、お待ちかねの…。
組み分けだ。
『久しぶりじゃな、葵・外村!』
(わぁ、久しぶり、帽子!!)
帽子をかぶせてくれたのはミネルバだった。
不安そうな表情を読み取ったのか、優しく声をかけてくれたんだ。
「大丈夫ですよ、葵。」
ありがとう、ミネルバ。
あなたのおかげで、
少し気分が楽になりました。
『葵はのぅ…。
破天荒…。
人の心配ばかりしている…。
現実と立ち向かう、勇気と精神力…。』
(…ど…、どうかな…?)
『葵。
これから、楽しくなるじゃろう。』
(え?)
「グリフィンド――――ル!!!」
部屋が、沸いた。
大歓声だった。
あんな変なことを言う私を、ちょっとでも受け入れてくれた。
帽子の言うとおり…!
楽しくなりそうだ!!
私は、その日初めて笑顔を浮かべた。
満面の笑みだった。
はやく、みんなが私に慣れてくれるといい。
だって、
早く、友達になりたいから。
葵・外村
顔も学力だって、きっと申し分ないけど、
ちょっと性格が、なぁ…。
僕たちの寮に、新しい仲間が加わった。
名前は葵・外村。
なんだか良く分からない子だ。
ダンブルドアからの紹介の後、彼女は組み分け帽子をかぶった。
かぶったのはいいのだが、なにか納得いかない。
彼女の寮は「グリフィンドール」。
そう組み分け帽子が高らかに叫んだとき、ハリー・ポッターの頭の中には、一つの疑問が浮かび上がった。
(なんで、「スリザリン」じゃないんだ?)
それに、彼女の帽子を被るときの表情。
普通、初めて組み分け帽子を被る人は、さっきの新入生のように緊張してガチガチに固まってしまうはずだ。
なのに彼女はどうだ?
緊張するどころか、汗一つかかない。
それどころか、逆に微笑んでいたではないか!
失礼かもしれないが、ハリーは今、不快であった。
なんだか、彼女に負けた気がしてならない。
隣りでそばかすだらけの顔を自分の頭と同じくらいに紅潮させるロナルド・ウィーズリー…
ロンすらも、ちょっとだけうっとおしく感じる。
ディメンターに対する不安と、自分は今ホグワーツにいて、しかもダンブルドアがいるのだという安心感。
そして、葵・外村への妙な不快感と、
目の前に現れた温かそうなごちそうを目の当たりにしてやっと感じた空腹感とで頭がいっぱいになり、わけもわからず混乱した。
それと、今思い出した事だが、ハグリッドがようやく先生になったんだ!
これって、すごい事だ。
やっと、ハグリッドが認められる時が来たんだ!
葵・外村にばっかりかまっていられない。
今は、嬉しい気持ちと一緒に自分のできる事をする…。まずは、
「ロン、そこのチキンとって!」
ごちそうでお腹を満たす事のみだ。
そう思った瞬間、背筋がボゥ、と、暖かくなるのを感じた。
先ほどから感じていた寒気をかき消すような、やわらかな暖かさだ。
思わず後ろを振り返ったが、誰もいない。
「…ハーマイオニー、何かした?」
「え?何?…それより今、誰か背中に触ったかしら?」
そう言って首を傾げるハーマイオニー。
(僕だけじゃないんだ!)
あたりを見回すと、みんながみんな、お尻をもぞもぞやったり、背中をさすったりしている。
「何かしら?」
「でも、イヤなかんじはしないね。」
ハリーがそう言うと、結論的にディメンター絡みじゃないことが明確になる。
それを聞いて、たいていの生徒が軽くため息をつき、食事に戻った。
「あっ!」
「きゃっ、なによロンったら、大きな声を出して。」
「頭が痛くない!」
そういわれれば、ハリーもそうだ。寒気がすっかりなくなった。
ハーマイオニーも、気持ち悪くなくなったと笑顔をこぼした。
なんなのだろうか。
先ほどの暖かさも、突然消えた体の不調も、誰かがなにか魔法でも使った?
(…あとで、ルーピン先生に聞いてみよう。)
今はどうにも、お腹の虫がうるさくてならない。
まずはやっぱり、食べるものを食べないと。
目の前で繰り広げられる、ロンと、ボリュームたっぷりの髪をどうにかして食事の邪魔にならないように悪戦苦闘しているハーマイオニー・グレンジャーの言葉の交わし合いに聞き入りながら、ハリーはとうとうデザートまでキレイにたいらげた。
教職員の座っているところに、ハリー・ロン・ハーマイオニーの姿が見えた。
涙ぐむハグリッドを取り囲み、なにか話しをしている。
しばらくしてハグリッドがめちゃくちゃな状態になったが、ミネルバがハグリッドをなだめ、ハリー達を追い払っている。
どうやら今からグリフィンドールの寮に向かうらしい。
「…いいなぁ…。」
なぜだか葵はとても惨めな気持ちになった。
自分もあの中に入る事ができたらどんなに喜ばしい事だろう。
「葵」
「あぁ、アルバス!ねぇ、セブルスを知らない?」
「セブルス?」
葵のすぐ後ろから、アルバスとは違う若い男の人の声が聞こえた。
「リーマス…、おっと。ルーピン先生。」
葵がニヤリと笑いそう言うと、ルーピンは困ったように笑った。
「やめてくれよ、葵。私自身も、先生になったという事が信じられないんだから。」
「そうね、リーマスが先生になるなんて、思ってもみなかったもの!
監修生になるまでは、ね。」
そんな冗談を言い笑いあっていると、すぐ近くのドアが音を立てたが、葵は入ってきた人物に気づいていないふりをした。
「葵」
「なぁに、アルバス?」
「セブルスじゃ。」
「え?
まぁ、セブルス!久しぶり、何年ぶりかしら!その陰険さは変わっていないようね!!」
言われて気が付いたかのようにふるまう葵。
満面の笑みを浮かべる。
「…外村、貴様…っ」
「なぁに、グリフィンドールから5点減点かしら。やぁね、そんなに怒らなくてもいいじゃない『スニベルス』v」
「―――っ!!」
青ざめるセブルス・スネイプ。
言っておくが、葵はスネイプの事を嫌っているわけじゃない。
からかうのが楽しいだけだ。
生徒は誰も残っておらず、しんとした大広間に再び静寂が戻った。
「…外村。グリフィンドールから5点減点だ。」
それだけ言うと、スネイプは顔を顰めて大広間を出ていった。
「セブルス、あまり夜更かししちゃダメよー!」
「うるさい!」
ドアごしにスネイプがわめくのが聞こえた。
「…。」
「…。」「「ぷっ」」
葵はリーマスと顔を見合わせ、かるく吹き出した。
「変わらないわね、アイツ!」
「葵もね」
ひとしきり笑いあったところで、アルバスが優しく声をかけた。
「さぁ、二人とも、今日は疲れたじゃろう。ゆっくり休んで、明日に備えなさい。」
「はーい!」
「あぁ、それと葵、ここにいるときは先生方の事は敬称をつけて呼ぶように。」
「うん、わかったわ。」
葵は素直にうなずき、にっこり微笑んだ。
「『空の間』には好きに行ってよいぞ。なにせあの部屋は葵のものじゃからな。
ただし、生活は皆と同じように寮を使ってもらう。
合い言葉は『フォルチュナ・マジョール』だそうじゃ。部屋はわかるね。ルームメイトは…」
「ストップ!それは行ってからのお楽しみがいいわ!」
葵は険しい顔をしてダンブルドアの話しを遮る。
「そうじゃな。
それでは、葵。楽しい学園生活を送るように。」
「勉強も忘れずにね。」
リーマスの付け加えに、葵は急に難聴になった。
「それじゃあ、おやすみなさい!!」
がちゃん、と、静かに閉じられた大広間の扉。
残されたアルバスとリーマスは、静かに微笑みあってから別の扉にむかって呼びかけた。
「セブルス。」
きぃと音を立てて扉が開く。
盛大な舌打ちが、静まり返った大広間に響いた。
こつりとかかとを響かせて、手に持っていた杖をしまいながら歩いてくるスネイプは、どこか不満そうだ。
「…保護だけだ。長くは続かない。」
「いやしかし、それでも助かる。世話になるのう。」
「…私は別に、構いませんが。」
そう言い、懐から再び杖を取り出して眺めるスネイプの顔は、いつもに増して青白い。
「消耗してまで全生徒に防衛術を使うなんてね。
君が、葵のために。」
「黙れ。」
「照れているのかい?」
からかうように言うと、スネイプはリーマスを睨みつけ、ふんっ、と鼻息をついた。
ポケットから袋を取り出し、リーマスに押し付けると、足早に扉へむかって歩き出す。
「セブルス、」
「外村にやるといい。プレゼントだと言えば、犬のように喜ぶだろうな。」
また聞こえた盛大な舌打ちを残してスネイプは出ていった。
苦笑いをして、押し付けられた袋を開いてみると、うすいピンク色をした筒状のものがはいっている。
「これは…、リップクリーム?」
「あのアンクレットだけでは、なかなか力が足りぬ。
そこで、とくに言葉や吐息によって放出される魔力を制御するものを作ってもらえるよう頼んでおいた。」
「そうなんですか。私から渡しておきましょうか?」
「かたじけないのぅ。
…アンクレット、セブルスの防衛術、リップクリーム。
これで葵の魔力も、恐らくそこそこには抑えられるじゃろう。」
「…きっと、楽しく過ごせますね。」
つぶやいた言葉は、響いて消えた。
大広間を出ると玄関ホールにでた。
そこから葵は階段を上ったり、廊下を渡ったり、途中できれいな星空に心を奪われたりしながら、なんとか八階の『太った婦人』の肖像画…グリフィンドール寮の入り口までたどり着いた。
「…っふぅ!
ぱちんっ!っと小気味よい音をだし、葵は両手の平をほっぺたに押し付けて、気合を入れる振りをした。
本当に、本当は、すごく不安なんだ。
きっと、今は誰にも馴染めないだろうし、きっと部屋でもひとりぼっちだ。
でも、それでも、
「私はここに居たい!」
残してきた、頭のぶっ飛んだ両親の事も心配だったし、向こうの世界が今どうなっているのかも気になる。
だけど、私はこっちの世界の人間なんだ。
ここにいて、
生きてるんだ。
「しっかりしなくちゃ、ね!」
葵はそう呟き、合い言葉を言った。
『太った婦人』が心配そうにこちらを見つめている事に、たった今気が付く。
「大丈夫?あなた、元気がないけど」
「大丈夫!『フォルチュナ・マジョール』!」
だって、私の物語って、今始まったばかりでしょう?
心臓が耳のすぐとなりで爆発しているみたいだ。
それほど葵の胸は高鳴っていた。
深呼吸をして、肖像画の穴をよじのぼる。
のぼった先には円形の談話室があって、懐かしい匂いが…
「する…。懐かしい…!」
小さく小さくつぶやいて、降り立つ。
初日だからか、談話室にはやはりだれもいなくて、暖炉の炎がゆらゆらと揺らめく音しか聞こえなかった。
「ここでよく宿題したなぁ。ジェームズとシリウス、リーマス、ピーター…。それに、リリー!」
十何年も前のことなのに、ついさっきまでソファに座って、みんなで笑いながらすごしていたかのような錯覚を覚える。
「今度は、子世代なのよね…」
なんとも不思議な感覚だ。
「…さて、部屋にでも行こうかな!」
葵の部屋は、葵が使っていた部屋と同じだったはずだ。
リリーと同室で、よく彼女を困らせていた。
「今回は誰と同じ部屋なんだろ…」
不安と同時に、希望と好奇心が見え隠れしている。
コン、コン…
「はぁい!」
中からくぐもった声が聞こえた。
ギィ…と音を立て、開いた扉から出てきたのは、
「…あ……」
「葵・外村ね。
荷物ならもう運ばれてるわよ。私、ラベンダー・ブラウン。」
「私はパーバティ・パチルよ。で、奥にいるのが、」
にっこりと指を指した先から、少女が1人、ふわふわの髪を振り乱しながらやってきた。
「わ、わたし、ハーマイオニー・グレンジャーよ!
あの、これから、仲良くしてね、葵!!」
「よ…よろしく…!」
葵は目を見開いた。
なにがどうなっているんだろう。
なんと、ハーマイオニー達と同じ部屋だ!
それに、あれほどわけのわからない事を言ったのに、笑顔で接してくれている!
顔全体を紅潮させるハーマイオニーが可愛くて、思わず葵も笑顔になった。
するとどうした事か、パーバティやラベンダーまでもが目を丸くしているではないか。
「あなたって、結構親しみやすい人だったのね?」
「ごめんね、私たちあなたのこととっても誤解していたのかも!」
「そうよ、だからいったじゃない!
葵はきっととてもいい子よって!」
目の前で繰り広げられる女の子達の討論会。
その議題が自分自身だということにまず驚きだ。
「あ、あの…」
葵が声を発すると、3人の言い合いがぴたりととまった。
「あの…、私ね、どうやら魔力が強いらしくって、そばにいると当てられちゃうかもしれないのよ…?」
「何言ってるの、そんなの関係ないわよ!」
「もう随分なれちゃったのかもね!」
打ちのめされた。
(そんな、そんなのって、むちゃくちゃだよ…!)
嬉しくて胸がいっぱいになった。
涙が出そうなくらいだ。
「あ、ありがとう…!あの、よろしくね、みんな!」
「「「もちろん!!」」」
よかった。
そう思える。
神様って、本当に居るのかもしれない。
ありがとう!!
にっこりわらってそう言える気がした。
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