「…っくぁ……ああぁ…。」

毎朝の日課ともいえるであろうこの行動。
いつもとはなにもかわらないはずであるのに、なにかが違う気がしてならない。

「…あぁ…。ここ、ホグワーツなんだった…。」

妙な気分である。ついこのあいだまでは自宅の2階にある自室の可愛らしいカバーがかかったベッドの上で起き上がっていたというのに。

「…ダイアゴン横丁、行こうかな…」

寝ぼけ眼で呟くと、ローブや靴や、なにからなにまでが箪笥から飛び出して来た。

「おおぅ」

なにやら間の抜けた感動のしかたをしてしまった。

「あぁ、そうか、ここには…」

『必要の部屋』と同じような魔法がかけられている。
主の思った事に部屋が対応してくれるのだから驚きだ。

「部屋さん部屋さん、用意してくれたところ申し訳ないんだけど、マグルの格好でいきたいのよ、今絵にかくからまっていてね!」

早口に言って枕もとに置いてある、向こうの世界から持って来ていたらしい紙とシャープペンシルを手に取ると、部屋はゆっくりとローブなどをしまい込みはじめた。
部屋全体が少しばかり落ち込んでいるようで、なにかおかしくなってしまった。

「ありがとう、書けたわ!というか、これって魔法でいきなり出せるのかしら…?」

呟くと、部屋の奥からミシンと布きれやらなにやらが一気に机に向かって飛び出した。

「つ、作ってくれるの!?凄いわ!ありがとう!」

感動してお礼を言ってしまった。
すると、なんとミシンが嬉しそうにタカタカ針を揺らし始めたではないか!

「すごいなぁ、この部屋…。」

新発見である。『必要の部屋』ですら、こうはいかないかもしれないのに。

「じゃあ、出来るまで私はアルバスのところにでも行っていようかしら。」

なにせ、グリンゴッツ銀行の鍵を貰わなくてはならないから。
今日は買いたいものがたくさんあった。
部屋に頼めば全て用意してくれるかもしれないが、買い物ばかりは自分で行きたかったし、なにより今日は杖を選ぶ予定があった。
私の杖はどうやら粉砕してしまい、なくなっているようだったので。


「糖蜜ヌガー!」

葵が叫ぶとゴブリンの銅像がぴょんとはねた。
扉をノックしてから開けると、アルバスが椅子に座って待ち構えていた。

「おぉ、どうしたんじゃ、葵?」
「アルバス、今から杖を選びに行こうと思ってるんだけど、金庫の鍵ってもってる?」

言うと、アルバスは手を打って、机の引き出しからひとつの包みを取り出した。

「これじゃよ」

にっこり笑って言うアルバスには少々申し訳ないのだが、とてつもなく聞きたいことがある。

「…ねぇ、アルバス。これってなんだかとっても大きくない?」
「あぁ、それはお楽しみじゃよ。部屋に帰ってからあけてみなさい」

ますます笑みを深めるアルバス。ちょっと不審だが、とにかくあけてみないことには始まらない。

「…ありがとう。じ、じゃあ、いってきます!」
「気をつけるんじゃぞ!」
「はーい!」

鍵にしてはとても大きな包みをしげしげとみつめながら、葵は部屋へと戻った。

がちゃりとノブが音を立てると、部屋がいきなり暗くなり、昼間とは違った明るさがこぼれた。

「え!?なに!!?」

おどろいて包みから目をはなし、パッと上を見ると、そこには星空。

「………え…?」

夜だ。完璧なまでに夜である。
いまはまだ昼間にもなっていない朝っぱらだというのに。
おどろきついでにもうひとつ。目の前には洋服。

レースのついた白のハンパたけブラウス。
膝丈くらいのひらひらした黒いワンピース。
巻き上げ方のかわいらしいウェッジソール。
淡いベージュのキャスケットには黒猫モチーフのピンまでついている。
キャスケットと同じような色合いのバッグ…

「こ、これって『ミット・ミッテ』!?」

ではないのだろうが、それに似た形のものである。
バッグだけは葵が絵に描いたものとはぜんぜん違うが、こちらのほうが断然いい。

「す、すごすぎる…。」

おどろきの連発である。
葵は早くそれらを身にまといたくて、大急ぎでもう一度顔を洗ったり、歯を磨いたり、髪をとかしたりした。

「部屋さん、ありがとう!!」

それらを手に取りながら満面の笑みで言った。



あたらしく身に纏った衣服は材質までもがすばらしく、
葵は感動していた。

「じゃあ、いってきます!」

部屋に挨拶をしてから通路を歩く。
カツンッとかかとを踏み鳴らし、暑い温度を掻き分ける。

「そういえば、あの包みなんだったのかな…。」


バッグにほうり込んだままであった包みを探り出す。
少々ためらい、包みをひらいた。カサリという音がしたと思ったら、そこには鍵の入ったケースと木で出来た箱。

「なに、これ…?」


箱を振ってみる。微かに音がする。
高鳴る心臓をおさえ、蓋を親指で押し上げる。

「…ブレスレット…。いや、アンクレット、かしら?」

何故だか妙に見覚えのあるそれ。

「あ、手紙も…。」


『この間話した魔力の話しじゃが、これをしていれば少しでも押さえられるように、まじないをかけてある。
君が元こちらにいたときも使っていたものじゃ。ダイアゴン横丁は人が多いからの、いらついて魔力が放出されてしまったらいかんので、渡しておく。
気をつけていってくるんじゃぞ。
  君のサンタより』


「…サンタって、ありなの…?」

なにやらとぼけた様子で首をかしげるが、本当の問題はこのアンクレットである。

「アルバス…。気を使ってくれたのかしら…?」

たしかに、私からして10年前にも、このアンクレットは私の左足首に引っ掛かっていたが、「早くハリー達と仲良くなりたいのに!」と散々ごねていたからかもしれない。
なんだか申し訳ない気持ちになった。
だが、それと同時に嬉しかった。

「もしかしたら、これでハリー達とも早く仲良くなれるかもしれないわ!」

そう高らかに叫ぶと、すぐさま左足首にアンクレットを取り付けた。
今まさに腕に巻き付いている華奢な時計ととても似ているそれは、可愛らしい白のウェッジソールにとてもよく似合っていた。

「問題は顔よね…」

最好調な機嫌はその一言で最低調にまでおちいった。

「ま、まぁ、気にしないのが1番よね!!」
自分で自分に言い聞かせる姿は、主観的にもとてつもなくむなしかった。


少しばかりローテンションのまま玄関ホールを抜け、中庭などを突っ切って馬車に乗り込む。
途中で『ほとんど首なしニック』と逢い、褒めちぎられたため、先程よりはテンションがあがっているが。

馬車はアルバスが特別に用意してくれたらしく、駅までとても快適である。馬車を引いているのは本当の馬で、乗り手は妖精。
なんともアンバランスな光景だ。

「アルバスったら、もう一度マグル学を教えてもらったらどうかしら?」

少しばかり笑える提案だが、それはすぐに却下させそうで、どことなくつまらなくなった。

すぐ脇にあった新聞をぱさりとひろげると、そこには髪を振り乱し、ギラギラと目を光らせながらなにかを叫び続ける、「シリウス・ブラック」の姿が。

「絶対、違うわ。だって、シリウスはジェームズとあんなに仲がよかったじゃない。」

ぼそりと呟いたその言葉は、ガラガラとうるさい馬車の音にかき消された。

なにげなく窓の外に目線をよせてみると、そこには穏やかな景色が…

なかった。

「なにこれ、は、速い!!」

窓の外では風がビュンビュンとうなり、景色に思いを寄せてみることなんて、とうてい無理だった。

「な、なんでこんなに速いの!?だって、引いてるのは普通の馬なのに!!」

魔法でもかけられてるのかしら!

そう思ったとき、馬車はゆっくりとスピードをゆるめていった。
キングズ・クロス駅 九と四分の三番線だった。

「も、もうついたのね…。」

すごすぎる。
そう思ったときには、もう馬車は見えなくなっていた。


ここから地下鉄に乗って「漏れ鍋」までいく。
魔女や魔法使いはだれもおらず、誰かが私を魔女だと言うこともないのだ。
なんとも不思議な感じである。

切符を買うお金は、アルバスからもらった包みの中に同封されていたので問題ない。
切符を買って、駅の中にはいりこむ。
日本のそれとは少々異なるが、なんともなつかしい電車の中。
しばらく椅子にこしかけていると、目的の駅に着いたようだ。
ぞろりとたくさんの乗客がホームへと降り立つなか、葵は笑いをこらえるのに必死だった。
なぜなら、乗客のほとんどが魔法使いだったからである。
さりげなくブーツがドラゴン皮の人もいるし、なんとなく流行に置いていかれたような格好の人もいる。

必死で笑いを堪え、駅から走り逃げた。


しばらく歩いていると目的地に着く。

「なんだか早かったなぁ…。」

呟きながらドアをくぐる。

カウンターにはトムがおり、少しだけ懐かしくなった。
ちらちらとカウンターを見遣りながら奥まで歩こうとすると、トムがぎょっとしてこちらをみた。

「葵!?あぁ、噂は本当だった!!」

「あぁ、ええと…。久しぶり?」

葵が言うと、なぜだか大勢いた客が一斉にこちらを見た。
かすかに聞こえる声の中には、「外村家の子供!?」やら「『碧の瞳を持つ子供』だよ!帰って来たんだ!!」やら「これで安心だ!」「神聖な方だ、頭を下げな!」とかなんとか。

ここで葵は一つ疑問を持った。

言われている事の中の一つには、全く身に覚えがなかった。

「神聖な方」?
誰の事だろう。知らない。
いや…。
自分が知らない事を他人が知っている?

なにが「安心」なんだろうか。

おかしな疑問を抱えたまま、葵はパブを後にした。



レンガのアーチの向こうにはイギリス最大のショッピングモール、「ダイアゴン横丁」。
目がチカチカするくらいの、色とりどりのローブを着込んでめかしこむ魔女。
楽しそうに買い物を楽しむ人たちもいれば、なにやら談笑をしながら商談を始めようとする人たちもいる。
新しいものは最新であり、どんどん物が増えていくのに、なのに、古いものはどうやら何世紀も前のものらしい魔法具や骨董品、怪しげな呪術のためのモノまで、ありとあらゆるものが点在している。
ちょっとばかり異様な雰囲気と、ちょっとばかり楽しげな雰囲気が入り混じるここには、今もまさに人が溢れていて、気を抜くと迷子にでもなりそうだ。

大部分の懐かしみとほんの少しの好奇心、そして先ほどの『漏れ鍋』での出来事に対しての不安を抱きながらしばらく歩くと、大きな建物が目の前に現れた。
「グリンゴッツ銀行」である。
大理石のピカピカの床にカツリと足を踏み入れると、子鬼の集団がせわしなく動く姿がよく見えた。
カウンターまで行きゴブリンに声をかける。
「お金をだしたいの、金庫までお願いできる?」
「鍵を。」
いわれて、クリアケースから出しておいた鍵を差し出すと、穴が開くのではないかと思うくらいまじまじとそれを見つめだした。
「結構です。では、こちらへ。」

それからはもう、さんざんだった。
葵はのどの奥から湧き上がってくる嫌悪感に必死で口元を押さえて抵抗し、ようやく金庫へとたどり着いた。

「862番金庫です。」

そういわれて、慣れ親しんだ金庫の前に立つ。
中の金貨や銀貨は、どうやら両親が残しておいた物らしく、葵がジェームズ達と同期のときにもこのお金には助けられた記憶がある。
実は、この862番金庫の他にも、991番金庫、612番金庫など、葵は計3つの金庫を持っていた。
今回はアルバスに862番金庫の鍵をもらったので、この金庫にきたのだが、葵はひとつ、疑問を抱いていた。

「お父さんとお母さんが、いつからいないのか、ぜんぜん思い出せてないのよね…。」

そのため、葵には、いつから自分がこの金庫の管理を自分ひとりでするようになったのか、両親はいつこんなに多量の金額を3つもの金庫に納めたのかが、まったく分からないのだ。

「なんか、申し訳ないような気がするわ…。」

しかし、自分はまだ学生で、確かに人の倍多くの経験をつんでいたとしても、まだ仕事には就けないのだ。
両親の残してくれたお金を使わせてもらうしかないのである。

「とりあえず、こんなもんかしら?」

かわいらしい白の水玉模様の黒いポーチがいっぱいになるまで金貨を詰め込み、再びトロッコに乗り込んだ。
周りから見れば、若干14かいくつくらいの女の子が一人でポーチいっぱいに金貨を詰め込む様は、とても異様だったに違いない。
そんなことも気にせず、とにかく葵は、ぐるぐるまわる胃袋を懸命に押さえ込みながら、大理石の床を後にした。


「えぇと、確かここら辺だったはず…。」

パッと顔を上げると、目の前には古ぼけたお店がひとつ。
『オリバンダー爺』には、昔よくお世話になった記憶があった。どうやら葵はダイアゴン横丁出身らしい。

「こんにちはー…」

油のたりない金具がギシリと音をたてると、奥のほうから声がした。

「これはこれは、葵・外村さん!お久しぶりですな!」

言われて即座に奥の暗がりを見つめようとして、すぐ目の前からチリンチリン…とベルの音がなっていることに気がついた。

「おおぅ!」

びっくりした!
そう言葉を放とうとしたのだが、それは老人の早口によっていとも簡単に消し飛ばされた。

「なんということだ、噂は本当だったのですな!無事でなにより。さぁ、杖腕を出して。」

嬉しそうに、ウキウキしながら言うオリバンダー爺になんの言葉も出ず、しかたなく右腕をのろのろと持ち上げた。
銀色に鈍い光を出すメジャーが葵の体中を測りつくした。
肩から指先、手首から肘…。
ついには3サイズにまでメジャーの魔の手がさしかかろうとしたとき、老人は慌ててメジャーの動きを止めた。

「女性に失礼なことを…。」

驚いた。このお爺様にも、どうやら女性を気遣う心があったらしい。

「いえ…、いいえ、大丈夫…。」

控えめに唇を動かすと、オリバンダー爺はせわしなく足を動かし、奥のほうに立てかけてあったものから布を取り外し、それを手にこちらまで戻ってきてから箱をスイッと差し出した。

「そうですか、では、これを。」

なにやら綺麗に維持されていたらしい箱から、一本の杖を取り出した。

「あなたはたしか16年ほど前にもう一度杖を買いにきた。そのときの記録で、帰ってきたあなたのためにと、アルバス・ダンブルドアの言いつけで13年前に特注に作った物なのじゃが、記録が狂っているといかんので、もう一度測らせていただいた。
じゃが、その心配も要らなかったようじゃ、寸もちがわぬ。試してみなさい。」

葵は少しばかり頭を回転させた。
そうだ。私にとっては10年前だけど、ほんの少し、時間がずれている。
ここでは、私がいなくなったのは、13年前なんだ。
そして、もうひとつ分かったことがある。
さっき、オリバンダー爺は「ダンブルドアの言いつけで『13年前に』特注でこの杖を作った」と言っていた。
どうやら、葵がこの世界に帰ってくるのは規定事項だったらしいのだ。
そうでなければ、なぜ、「私がいなくなった」ときに「特注で」「帰ってきた私のために」あらかじめ杖を作ることができようか?

なにかが、確実になにかがおかしい。
だって、私がここにきたとき、アルバスは『時空の歪みに巻き込まれた』と言っていたはずだ。
私がここに帰ってこれる可能性だって、とっても低いはずなのに。
なぜ、「私がここに帰ってくることを知っていた」かのように、「杖を作って待っていた」のだろう。
それに、「帰ってきた」ときの、みんなの驚き方もなにかおかしかった。
「私」は今、本当は30代の姿でなくてはならない。それなのに、今「私」は14歳という、ここの時間の流れからは確実に「遠ざかった」いでたちをしているというのに、

なぜ、彼らは

「なんでそんな格好なの?」

と、いわないのだろうか。

あらかじめ、知っていたとしか思えない。
そんな考えが頭をよぎった。
みんなは「私」がタイム・トラベルに巻き込まれた理由を知っているのに、「私」は、自分に何がおきて、自分がどんな存在で、自分にどんな命運がかかっているのかを―――。
そして、自分の両親のことを。

「なんにも、知らなくて…

知ることができないんだとしたら…?」

妙に重苦しい思想に行き着いて、握り締めた杖が鉛のように重く感じた。

「とにかく…。まだ、なにも分からないんだから、勝手に想像を膨らませて先走るのはよくないわね、運、きっとそうよ。そうに違いない。」

人生、何事も前向きが大切だわ。
ほとんど自分の重たい脳みそに言い聞かせるようにして、葵は手首を軽くひねって杖を縦におろした。

どうやらこの杖はリンゴの木にヌンドゥのひげを使っているらしい。
それを聞いたとたん、葵は重苦しい思考を一瞬取っ払った。

「ぬ、ヌンドゥですって!?」

ヌンドゥとは、『世界で最も危険な動物候補』にあがるほどの生き物であり、ヌンドゥの吐息は村ひとつ全体に病を振りまくとか言う、超危険な生き物なのであり、そんなもののひげがこの綺麗な杖に使われていると思うとなんだか寒気駕した。
だがしかし、いい物を使っているだけあって、使い心地もいいらしい。まぁ、オリバンダー爺いわく、こんなに凶暴な杖を使いこなせるのは、そうはいないとか何とかいっていた気がする。でも、葵は魔力が強すぎるようなのでかえって相性がいいのではないか?
そう思ってしまうほど、この杖はよく手になじんだ。
軽くて長め。それでいていい具合にしなるので、葵の手にはちょうどいい感じだ。
細身の杖には、持ち手のところに唐草模様の装飾が施されていた。
なにやらかわいらしく、上品な杖を眺めながら、オリバンダー爺の「ブラボー!!」をBGMにひっそりとため息をついた。
考えることが多すぎる。
(時がたてば、きっと全部分かるときがくるはずよ…。きっとそう、そうに違いない。)
少々頭が痛くなってきたところで、葵は再び考えるのを急に放棄した。
いや、放棄せざるを得なかった。

「さて葵さん、157ガリオンになります。」
「ひっっっ!?」


店を出るころには、大きい、白の水玉模様の黒いポーチはその中身と重量を半分以下にして、葵のかわいらしいバッグの中に納まっていた。

「あぁもう…。なんであんなに高いのよ、もう…。」

嘆かわしい。
よろよろと進む葵。
その姿は誰が見ても、つかれきってますと思わざるを得ない風貌だった。

[ホント…。疲れた…。あとは、どこ?私今はまだペットほしくないから、『イーロップふくろう百貨店』とかはよらなくてもいいわね、えぇと…。」

『マダムマルキンの洋装店』には、用がない。
なぜならば、制服はもう用意されていたから。

「あぁそうだ、羽ペンに、羊皮紙に、インクに…。考えてみれば買うものがいっぱいあるじゃない!」

日が暮れないうちに、と、葵は思いっきり急いで買い物を済ませた。

ダイアゴン横丁、そして『漏れ鍋』をあとにして、マグルにとっても素敵な衣服と大量の荷物を見せびらかしながら駅まで戻り、入り込んだ『九と四分の三番線』。そこにはすでに、馬車と馬。ちんまりとした妖精が、一式となってちょこんと鎮座していた。
それを見た瞬間、葵は言いようのない安堵感に包まれた。

城に帰り、『空の間』のドアをけり開けると、とてつもない疲労感にみまわれた。
知りすぎて、全然知っていない。
今日一日の感想としては、それのみだった。
分からないことが多すぎて、なんだか妙に悔しい。
しかし、自分はまだ知らないことがあって、きっとまだ安全なのだという安堵感もある。
たぶん、私の存在は、きっとパンドラの箱みたいなものであり、そうじゃない。

「疲れてんのね、きっと…」

考えすぎだ。
今日一日で、まるで未知の世界に裸足で飛び込んでしまったような錯覚をおぼえた。

「はやく寝よ…。」

そうしないと、大事な大事なこのわが身が持たないような気がして、部屋さんに丁寧に脱ぎ捨てた衣服の処理を任せ、高速でオレンジ色のチェック柄のパジャマに着替えた。
これも、今日買ってきたものだ。
このほかにも、色々と服や靴、インテリアなどを買い揃えたが、今日はそれらを眼前に並べて収得物パーティーをする気にはなれなかった。

ベッドに飛び込むと、すぐさま睡魔が葵の両まぶたにレジャーシートをしき始めた。

「あぁ、もうだめ。
おやすみ…」

そんな彼らに立ち退きを申請できるほどの体力は、今の葵には残っていなかった。

きっと、明日朝起きて、この疑問たちを胸の奥で渦巻かせていても、葵はダンブルドアを質問攻めにはしないし、今はまだ、する気もおきないだろう。
それは葵が抱く、[自分のことを知ってしまう」という、妙な恐怖感から来るものであった。

昨日の出来事に対しての妙な胸の奥のしこりを取り残し、葵は盛大に起き上がり、豪快なまでに朝の支度を始めた。
もちろん、シャワーは欠かさずに。


さってと。
買い物は昨日済んだし、なにしようかな?


「葵ー!」
「はーい!」

アルバスに呼ばれ、『空の間』をあとにする。
空の間はアルバスの自室へとつながっており、階段を上るとすぐに部屋への扉が現れる。
空の間を使用するのは休みの間などであり、学校が始まったらば、何人かのルームメイトとともに寮で生活をするつもりだった。

「なーに?」
「葵、いい忘れておった。
おぬしはもう7年生のレベルをとっくに超しておる。
今年から、おぬしは3年生になるのじゃが…。」
「魔力と知識を制御しろってことよね。わかってるわよ、ハリー達に近づくなっていわれたときからとっくにね。」
「…話が早いのう。わかっておるのなら、それでいいんじゃ。」

アルバスは優しく笑い、葵の頭を撫でた。

「うん!あ、ねぇ、アルバス!」
「なんじゃ?」
「暇。」
「………」
このときのアルバスの苦笑が忘れられません。


「ってわけで、マクゴナガル女史〜!」

ホグワーヅをうろついてなさい、とかいわれたので、そのとおりにしていたら…。
前方にミネルバ発見!
この人も、私の保護者的存在です。

「葵!昨日ぶりですか。」
「そうですね!」

昨日のミネルバの形相を思い出し、苦笑いする。
一番にかけつけて抱きしめるんだもん。
照れてしまいましたよ、私は。

「そうですね…。時間もちょうどいいし、アフタヌーンティーはいかがでしょう?」
「賛成!」

「そういえば葵」
「なんでしょ?」

紅茶をすすりながら答える。

「リーマス・J・ルーピン。今年、彼も此処に戻ってくるのですよ。」

ぶっ

「…葵。」
「す、すみません!で、でも、なんであいつが!?」

何でも彼は「闇の魔術に対する防衛術」の先生として此処に来るとか何とか…。
びっくりしすぎて紅茶を噴き出してしまった…。
なにびっくりしてんだよ。針シリーズはもう5巻まで読んでんだから、知ってたはずだろ!
なんていわれると、反応に困る。
実は、本の内容が浮かんでこないのだ。
3巻以降が、ほとんど。

(3巻の内容も、うっすらとしか思い出せないんだよね)

つまり、4・5巻の内容は、スッパリ忘れてしまった、ってこと。
そして、3巻の内容も、少ししか思い出せないってこと。
やっぱり忘却術の類でもかけられたのかしら。
なにやら、そう思うほうが妥当な気がしてならない。
なにせ、昨日も散々そう思いながら自分の中の秘密とひそかに格闘していたのだから。

リーマスとは、すっごく仲のいい友達だった。
だから、会うのが楽しみ、なんだけど…。

「映画の姿のまんま、かなぁ…?」

映画のリーマスの姿。
少しだけど、思い出せる。
全然似てないんだもん。
あぁー…。
やっぱりリーマス、あんな感じなのかなぁ…?


次の日。
ホグワーツに訪れていたリーマスをみかけた。

「やっぱ変わってないじゃない!」

なんだか忙しそうだったから声もかけられなかったし、すぐに帰ってしまったようだったけれど、ちょっとでも姿を見れることはうれしいことだ。
そのリーマスの姿は、少しだけ頭に残っている映画のリーマスとは全然ちがくて。
優男で、ふんわりさんな、女顔の美系。
昔より少し髪と背は伸びておとなっぽくなってはいたものの、全然変わらなくて、逆に驚いてしまった。
あ、ちなみにハリーたちの顔は写真で見たんだけど、映画と変わらなかった。
なんでかしら?
(作者の願望?)



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