「なぁ時音、今日はクッキー作ってきたんだけど。」
「クッキー?珍しいじゃない。」
「そしてなんとあっつい紅茶入りポット!」
「ホント、どうしたのよ今日は?随分と…」
「こないだのお詫びってやつだよ。」
また、もう少しで、時音を傷つけるところだった。
そういって笑った良守に、月の光が薄く反射して、なんとなく目のやり場に困った。
箱の事件から、あたしは無事で帰ってきたというのに、良守はあたしの事をいつまでも心配していた。
そして、お詫びと称して作ってきたのはあたしの好きなアイスボックスクッキー。
あぁ、知らなかったな、こいつはこんなに、
こんなにも、優しかった。
素直にこいつの事を優しいと思ったのは久しぶりかもしれないと、そう思った。
「…ありがと。」
なにが平成のナイチンゲールだ。
この女は白百合どころかせいぜい鬼百合じゃねぇの。
それでも、今目の前にいるこの鬼百合は、
月の真下できれいに笑った。
美味しい、と、また笑う時音を、俺は知らなかった。
敵が来て、片付けて、時音が先に帰るのはいつもの事だったけれど、今日は珍しくあいつのほうから「一緒に帰ろう」なんて言ってきて。
そこでまた何故か顔が熱くなったことは、いうまでもないことだと思う。
こうして知らないことが知り始めた事になって、
知り始めた事が当たり前の事になって、
また知らない事が出てくると振り出しに戻る。
たんなる幼馴染なんていう綺麗な関係じゃないからこの循環は成り立つ。
わからなかったことが多いのはいつだって近くにいるからで、
一度遠くに離れてみると、わからなかったことがすんなりとわかってしまうことがある。
そんな曖昧な事が成り立つから、こうして並んで歩けるのだと信じている。
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