「はぁい、綱吉。」
「…げ………っ!!」
穏やかな日差しは春の兆し。
自習時間、またの名をLHRと言うのは一週間の内に最低は一回だけでもあるのであって、
金曜日、5時間目、最高の昼寝日和の今日、
まさにこの時がその時間に該当するのであって。
いささか冷たい窓の風。
髪をそっと揺らすそれに、誰が眠気を堪えられようか。
校内で俺の本当の性格なんかを知ってしまっているのは、本当に数少なくて、大半の生徒はみんなが俺のことを「ダメダメな生徒」と称している日常。
中学3年生。
もうすぐ卒業。
卒業後の進路は大抵の者が決まっており、もう受験なんて言うモノだって通り過ぎた事となっている。
だからか、クラス内はなんとなく落ち着いていて、自習時間に担任との二者面談を行う者以外は、ほとんどが眠りに付くか、もうすでに決まっている高等学校から課された「宿題」なんてものに手を付ける者もちらほらいた。
俺はもう地元の私立に決めてあるし、課題だって、やっていないふりなんかしているけれど、実際はとっくに終わらせてある。
今度の、高等学校の生活は、結構充実したものにしたいと、そう思った。
俺は、
俺たちは、高等学校を卒業したら、イタリアへと飛ぶから。
今年は暖冬であるから、3月の今のころでも十分に暖かい。
なんとなく、もうすぐ離れてしまうこの母校に想いをはせ、さぁそろそろ眠ろうかと、
そう思った時だった。
音を立て、教室の扉が崩壊する音が聞こえたのは。
びし
ばぁん
がしゃん
そんな擬音が聞こえるのは、最近ではあまり珍しい事でもないけれど、いつもの「元凶」は、俺の隣でチュッパチャップスをくわえている。
ガラの悪い男子中学生だ。
彼も一緒にイタリアへ行く。
彼はいきなり立ち上がって、「だれだこらぁ!」などと叫んでしまったが、あのねぇ獄寺君。
敵だと決め付けるのがちょっと早すぎやしない?
そんなことを、悠長に、俺は思っていたけれど
一秒後にはすでに
その思考を、思いっきり後悔する事になる。
「はぁい、綱吉」
こうして、冒頭の、俺の小さな小さな悲鳴の謎が、明らかになったと言うわけだ。
俺にだって苦手なものはある。
どれだけ頑張っても、
どれだけ大人ぶっても、
手の届かない存在と言うものが、ある。
少し薄い色の、言うなれば綺麗なカプチーノの色だ。
やわらかくも長いその髪を美しくなびかせ、弓張りの弧を描き開く瞳は、相も変わらず色素の薄い、透き通ったそれ。
きらきらと輝く唇は甘い色で、なるべくそこをみないようにした。
すらりと背の高い、美しい女性だ。
スプリングコートの下にはいた、ちょっと短いスカートからのぞく足はニーハイソックスで覆われていて、俗に言えば絶対領域が白く輝く。
赤色のそんなにヒールの高くないパンプスがよく似合う。
足の甲に付いた同色のバンドのおかげかはわからないが、彼女が少し気にしている、足の大きさがあまり気にならない。
そんな事を一生懸命考えて、このどうしようもない状況を打破しようとはしたが、そんな事は無駄なことかもしれない。
どうしよう。
無駄か。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう、どうし、「チャオ、久しぶりじゃない綱吉。」
ちょっとヒールの音を響かせて、彼女は俺の机に近寄りつつそう言い、完璧に、あと5cmと言うほどまでに接近し、机をたたいた。
「来な。」
「………はい…………」
逆らえない、絶対的な存在が、俺にもある。
担任には適当に理由を付け、俺と、獄寺、山本と、いわゆるイタリア行きの少年たちは、ひとりの女性により連行され、校門前に派手に付けてある黒塗りの車に乗せられる。
獄寺はなんだか緊張しているようで、さらに最悪な事にその緊張がそれとなく山本と言う剣士にまで伝わってしまったからにはどうしようもない。
妙な沈黙が続く。
揺らされること何分か。
到着したのはやはり俺の自宅であり、門前には母が笑顔で待ちうけている。確信犯め。
ばたりと音を立てつつ扉を閉めるその動作さえも絵になってしまうほどの美女。
それが、俺の制服のネクタイを引っつかみ、母に「只今帰りました」などと告げている彼女である。
獄寺と山本はそのまま俺の家の、なぜか一階にてこれから説教を受けるらしい。
誰にって?
師匠に決まってるじゃないか。
獄寺はシャマルに。
山本はリボーンに。
俺もリボーンに、と、言いたいところ、だが。
「さぁて、綱吉くん。
教えてもらおっかなー、君がこの一年間何をしてきたか。」
「…す、い、ません…」
初代の側近として仕えていた一族がいる。
末裔は現在17歳で、しかも女性である。
幼少より様々な教育を受けてきたエリートであるとはいえ、彼女はそのような鼻に付くプライドを持ち合わせておらず、ボンゴレと言うマフィアの中でもかなりの信頼を寄せる人物である。
現在、父は九代目の側近であり
彼女は十代目のそばに。
なにいってんだ、俺。
十代目なんて、さらさらなる気、なかったくせに。
小さいころからなんとなく他人とはずれた感覚をもっていて、世界とは切り離されたような疎外感を感じていた。
力をもてあまして、他人を騙して、ろくでもなく育ってきた俺の元に現れたのは、リボーンだけではなかった。
彼女は絶対的な存在だ。
「…聞いてるの、綱吉。」
「…うん。」
「うそつけ。今あたしの唇に目が釘付けだったこと、言わないでおいてやろうと思ってたんだけどな。」
「なってない!」
彼女の名は、外村葵。
俺にとって、とてつもなく違和感があって、
嫌悪の対象で、
それでも、とてつもなく、
とてつもなく、愛おしい存在。
「あんたが中3になったばっかりのとき、あたしあんたの過呼吸なおしてあげたわよね。」
「……………うん」
「…女からキスされるのは初めてだったの?」
「うっさい!!」
あぁ、彼女は絶対的な存在だ。
魅惑的で、なんとも言えない気配。
男が目の前で過呼吸になっているのを見て、迷わず唇を重ね、激しく合わせることができてしまうくらいに過激。
いつかは俺が彼女にそんな風にできたらいいな、なんて、結構前から思ってんだけど。
でも彼女は結構そういうのに鈍いらしくて、気が付かないから手に負えない。
そう。
こうして、また何ヶ月かぶりに、イタリアからやってきては、なんのためらいもなく俺を説教して、念押しちゃったりして、キスをして帰る。
せっかくだから今日は俺からしようと思ったけど、年上の彼女にそんな隙なんかないかもしれないから、悔しくなった。
俺に説教できんのも、葵くらいだもんな。
余計にイラつく。
「綱吉、アンタはわかってないかも知んないけど、」
そういって彼女は、俺の両頬から耳にかけて、細い指でそっと触れて、そして、
「アンタ、背、高くなってんのよ。」
昔とは違って、俺よりちょっと、ほんの少しだけ、下の位置にある唇を押し付けた。
だから、今度は俺が彼女の両頬を挟みとってみる。
いままでにキスしてきたどんな女の子よりも、
彼女はやはり、魅力的で、繊細で、そして。
そして。
「ホントは俺、葵に帰ってほしくないんだけどね。」
彼女は赤くなる事なんてなくて、余裕たっぷりだったと、そう思う事にしておく。
Fin
「綱吉、仕事先の女に鼻の下伸ばしたらぶっ殺すわよ。」
「うっわ、こえー女。」
「うるさいわね。ちゃんと帰ってくんのよ。わかってんの?」
「わかったわかった。
ところで葵、今俺、どういう状況?」
「決まってるじゃない、押し倒してんのよ、あたしが。」
「…どうしてほしいの?」
「…年下が、いい気になってんじゃないわよ。
早く仕事いっちゃえ、綱吉なんか。」
「カワイイねぇ。まったく。」
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