たとえばあたしが使ってる消しゴムが、この一番後ろの席から運良く一番前のあの子の席まで転がるようなミラクルが起きたなら、あたしは神様を本気で信じようと思う。


「…ねぇ花、ちょっと消しゴム転がしてくんない?」

「あほ葵。自分でやんな。」

「あほって!あほって言った!」

「うっさいわよっ」


どうやらあたしは神様どころか親友にまで見放されてしまったようだ!


新しいクラスになってから席が近くなったことは一回も無く、なぜか掃除当番でも総合学習やらの班編成でも一緒になることは一回も無く、極め付けにはあたしから話しかけたこともあの子が話しかけてくれたことも一回も無いっていう、あれ、何だっけこれなんて言うんだっけ、相性が悪いってやつだっけ?あはは、まっさかぁシャレになんないよふざけんなこのやろー。

授業中に険しい顔つきで考えてることはたぶんかなりあほだ。花に言われるのも無理はない。
でもあたしにとってはめちゃくちゃ重要なことだし、すっごく大切な考え事。
あたしってばほとんど1日中あの子のこと考えてたりして。あーいやいやもうちょっと勉強とかにまじめな子だよ、あたしは。
そうは言っても今この瞬間、進行形であの子のことばっか考えてるんだからもーアウト。

どうやったら沢田くんの声が聞けるのかな、とか、どうやったら近づけるのかな、とか。
あの子のことを目で追っているのに気がついて1人で恥ずかしくなってみたり、その途中で目が合ったりするとどうしようもないくらい嬉しくなる。今なんで目が合ったのかな、なんて考えて舞い上がっちゃたりなんだり。
目線がよく向かう方向にわざと足を運んでみて、どうにかして視界に入れてもらいたくて、それはもう必死だ。
だからあたし、好きになりたてのころから比べると、彼の前を歩くのがずいぶんうまくなったと思う。
(なんかもう重症。まったく。)



授業が終わるベルが鳴って、現実に引き戻される瞬間がいちばんむなしい。
軽くため息をついて教材を乱暴に机につっこむと、隣から花の笑い声が聞こえた。


「なぁにため息なんかついちゃってんだか。」

「うるちゃいぞ。」

「どうせまた沢田のことでも考えてたんでしょ。」

「こーえーが!おーおーきーいーの!!」
「アンタのほうがうるさいわよっ」


あぁもう花のあほっ。
沢田くんにばれたらどうすんの、もう。

そう、これは片思い。
叶わないかもしれないことも、それに臆病になってることも、想いが伝わるのをどこかで怖がってることも、全部知ってる。


「ところでさ、英語のクラス見た?」

「は?なんのこと。」

「あんたねぇ。こないだの英語のテストの点数でクラスが習熟度別に分かれるって、言ってたじゃん。」

「………っあぁ。そうね。そうだったそうだった。忘れてたわけじゃないんだよ?」

「うさんくせ。」


にひっと笑ってから、花は英語のクラス分けを確認しに前黒板のほうへと歩き出す。
遅ればせながらあたしも席を立って確認しに行くと、そこには素晴らしい名前の羅列。クラスごとに名前が区切ってあるからレベルが一目瞭然だ。先生のあほ。
花は英語が結構できるから、やるなぁ。クラスは1。
あたしにいたっては3。3だ。3っていうと真ん中の2をまたいで一気に一番下のクラス。
っていうかあれ、ちょっとまてよ。一番下のクラスってことはもしかするともしかしちゃうんじゃないの?


「ツナ、クラスなんだった?」

「うん、3だよ。もうわかりきってるよなぁ。」

「ははっ!俺も3だ!」


朗らかに笑う彼の声に一瞬固まる。
もしかしちゃったみたいですよ神様。あなた本当にいらっしゃったの?

奇跡だ。
いや、これって単におばかの集まりなんじゃ、なんていう声は無視。
本当に、クラスが同じになったとき以来の奇跡。
後ろに遠ざかっていく彼の控えめな笑い声に胸が跳ね上がる。


「…やったね、おばかコンビ。」

「…このぅ。」


憎まれ口に皮肉を返す余裕もなく、ただにやける顔を両手で押さえつけながら花にすり寄った。
はいはい、わかった嬉しいね、よかったね、とかなんとか、ほとんど棒読みで言うものの花だってちょっとにやけてる。
(あたし、花にはほんとに感謝したい。だって、京子ちゃんとも親友だってのにあたしのこと応援してくれるんだから。)


「にひ。」

「こぉら。授業はじまんだから、ちゃんと席確認しときな。」

「はぁーいはいはい。」


嬉しい気持ちでもう一度黒板に貼り付けてあるクラス名簿、そしてその隣の3クラス座席表を見る。
3クラスはこの教室で授業をするらしい。しかも席順は出席番号順?いや違うかも。あーあ、自分の席で受けたいんだけどなぁ。


「…っていうかさ、よくわかんないよこれ。みづらっ!」

「なに、どれ。」

「これ?んん、ここ。」

「おー、おぉ。おぉ!よかったじゃん葵!」

「は?」








(うん、よかったかもね。)

授業開始のチャイムが鳴って、担当の先生がいつもの朗らかな笑顔を浮かべて教室に入ってくる。
3クラスっていうんだからちょっとテキトーな子が半分、もう半分はまじめだけど英語が壊滅的にできなかったりする子。
先生が入ってきてるっていうのにまだまだざわつくクラスの中で、あたしはたった一人、吸うことも、吐くこともままならない呼吸の不協和音と格闘中。

窓際の一番前の席で、前に座ってたヒトの体温がおしりからじわじわ伝わってくるのにめまいを覚えそうになる。
そうだ、ここは誰の席だ、あの子だよ、沢田綱吉くんの席だ!

(よかったけど、死にそうだ、もう、)

明日は雨が降るんじゃないだろうか。
度重なる奇跡もここまでくるともう一生分の運使い果たしちゃったんじゃないかなぁなんて思っちゃうんだけど、あたし間違ってないよね、神様?
これ以上の幸運が舞い降りてくることは、きっともうないんだ。ないに違いない。

お近づきになりたいとか考えてたそばからこんな、いや嬉しいですハッピーです。ただもうちょっと心臓が大人しくなってくれればいいかなぁ、なんて。死にたいって言ってるんじゃないからね?

(実際しにそう、)


拍動がおさまってくれることを知らない。
机にノートを広げるだけでも、妙に緊張する。
この机で、沢田くんはおんなじようにノートとったり、落書きしたり、居眠りしたりしちゃってるんだ。
そう思うと心が甘く、きゅうと狭まった。
花、あたしもうこれだけで幸せかも。
こんなこと言ったら絶対おこられちゃうけど、それでも今はこれだけでいいの。


「外村さん、ごめん消しゴムとって。」


斜め後ろから聞こえた声に、思わず肩をびくつかせる。

(…ん?)

え、いや、うそ、でも。
今の声は確実にあの子の声だ。あたしが聞き間違えるはずはない。
でも、うそ。もっとちゃんと座席表見とけばよかった、っていうか、今、え、あたしに声かけた?
あたしに声かけてくれた!しかも今、今!

高ぶる気持ちに叫びだしたくなる衝動をぐっと力強くこらえてゆっくりと下をみると、そこにはほんの少し丸っこい消しゴムが転がっていて、あわてて拾い上げた。
ほんの少しだけ、後ろを向くことに緊張して、息をなんとか吸って、吐いて。
そのままの勢いで振り返って突き出した右手は、思いのほかあたたかいものに包まれて息を呑んだ。


「ありがとう。」


身を乗り出してにこりと照れくさそうに笑うその表情も、思わずぶつかってしまった手からやわらかく消しゴムを受け取る指先の、手のひらのあたたかさも、全部がまぼろしみたいにきらきら輝いて見えて、一気に顔に熱が集まった。

ちいさくちいさく、はい、なんて言ってから前を向く。
心臓の鼓動にぐるぐるしながらシャープペンシルを手にとって、ノートの真ん中に、このとめどなくあふれる思いを!










090124


(抑えきれない衝動となってあたしだけが知るこの思いをあたしだけに、これっていつまであたしだけの気持ちのままでいさせてあげられるのかな、)よくあるよね、片思いのあのどきどき。



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