ちゅっと音を立てて耳元に吸い付く。
淡く息をもらすのがわかって、ちょっと笑った。
「声、抑えんな」
「っ、」
抗議の視線をするりとかわして、目元に、頬に、鼻筋に、唇に。
なるべくゆったりと、緩慢な動きで口付けていく。
なお息を殺して唇を噛み締める姿は、ひどく艶めかしい。
しっとりとしてやわらかい感触に溺れる。
事の始まりは単純、彼女が俺の部屋で紅茶を啜りはじめたときの、色付く唇。
書類の隙間からのぞき見ていた彼女の、特にその唇がえらく魅力的に見えてしまって。つまりは俺の浅はかな欲情。純粋かつ大胆に、彼女が足りなかった。
しばらく忙しい毎日が続いたせいかキスもろくにしていなくて、おぉ、よく考えたらすごいな俺。よく我慢した。
ただ、意地張って続けてきた仕事も手に残る書類の束はファイル1冊分くらいにまで減っていて、ここまでがんばったんだからそろそろ衝動に身を任せてもいいんじゃないか、なんて。
きゅっと抱きしめると、ふわふわとした髪が頬をくすぐった。
シャンプーの香りだろうか、甘さが鼻先をかすめる。
きしりと体がこわばるのがわかった。あぁ、切なくなるくらい、好き。
まぁ落ち着けちょっと待て、今何時だ。まだ4時だ。
「…あの。」
「…すいません、ちょっと止まんなくて。」
「自制しなさい、自制!」
「いや、今自制するとリバウンドが恐いな。」
「あ、あぁ。うん。…いやいや。」
一瞬納得しかけた思考を元に戻すのに時間はかからなくて、心の中で小さく舌打ちをする。
こいつはやっぱり、そう簡単にはほだされてくれないんだ。
にこりを微笑みかけて、ぽうと赤く染まった頬に口付けた。
「葵だってしばらくぶりで嬉しかったりするんじゃないの?」
「なんだその余裕な発言は。」
「余裕はありません。」
真っ赤になって肩を押し返す彼女にもう一度だけささやかなキスを送ってから、抱きしめていた腕の力を緩めた。
名残惜しさはあるけれど、もし今、この状況をリボーンに見られでもしたらそれこそやっかいだ。
「余裕はないけど、やっぱり夜のお楽しみってことで。」
笑いかけて頭をなでた時の、彼女のもどかしそうな顔ったら。
(そんな顔されちゃうとうまく手放せないじゃんか。)
そう、いくら衝動に身を任せたい気分であっても、一応順序ってものは大切なものだ。
今夜、彼女がかわいいカッコで部屋を訪ねてきてくれるのを期待して、今はまだ書類と格闘って、ことで。
高まる熱
(そして、高まる情愛と期待と。)
090113