(今日、授業やだなぁ。)



1時間目は数学、2時間目は理科。
3時間目に国語で4時間目は体育。
お昼休みがあって、5時間目に社会、そのあと6時間目は委員会活動。
それから部活。


中学校に入って2年目になるけれど、50分の授業って結構めんどくさい。
しかも今日は美術とかがない代わりに、お昼前の体育って、ちょっとビミョー。
それにそのあとの5時間目に社会なんて、寝るに決まってる。
まじでめんどくさい。カンベンしてほしい。
あたしの学校の火曜日ってほんとサイテーな時間割だと思う。
たぶん、全国の中学生もそう。あたしだけじゃない。きっと。

なんとか1、2時間目をクリアして、あたしが一番好きな国語を大いに楽しんで、次は体育。
後ろにあるロッカーから体育着を取り出して、忌々しい数学とか理科の教科書を奥にぶち込んでから国語の教科書を手前にそっと置く。
超文系人間なあたしだから、正直理科系はむり。
まぁ、楽しいのもあるんだけど、物理とかは、申し訳ないけど頭痛くなっちゃう。
体育着の袋を持ち上げて、席に戻ってから着替え。
たいていスカート長くしてたりする女子は、スカートの下に体育着のハーフパンツとかはいておいちゃうみたいだけど、あたしには無理。暑くってそんなことできなさそう。

男子が後ろでぱっぱと着替えてる間に、女子は前のほうでスカートの下にハーフパンツをはきこんでる。
リボンを取ってシャツのボタンをあけると、下に半そでの体育着を着ている子が多い。
あたしは体育着こそあっついから着てないけれど、色のうすいキャミは着てる。
これは透け防止。さすがに色物のブラしてるときに何も着てないとまずいから。
確か京子はなにも着てないことが多い。
そんなんだから男子にエロい目で見られんのよ、まったく危機感なさすぎ。
半そでの体育着を着るんで、カーテンの中にもぐりこむ。
外は、半端なく日差しが強かった。

お昼前で、今日はめちゃくちゃ暑くて、屋外でサッカーとかやるわけだけど、ちょっとため息。
体育は好きだけど、今日は運動したくなかったのになぁって思う。
なにより汗かきたくなかった。ちょっとゆううつ。

でも今日何が一番最悪って、6時間目。
委員会ってなによ。
2年になって委員会も変わって、あたしが入ってるのは緑化委員会…つまりは環境委員会なわけだけど、環境委員会なんてすることっていったら掃除用具の点検とか花壇の水遣りとか。
委員会が休みになることは絶対にないし、なんだかんだめんどくさい。
しかも、あたしのクラスにいるもう1人の環境委員は、絶対に委員会に参加しない。
そこがほんとにネック。
やつが来ないから、あたしはいっつも他のクラスの子とか、先輩とか後輩とかとペアになって仕事をこなさなきゃならない。
掃除用具の点検はなんとかなるけど、水遣りは、誰とペアになるかによって、まじでつまんなくって嫌な仕事になる。
しかも、たぶん今日はあたしに水遣り当番が回ってくる。
そいで、そうなるとたぶん、ペアに名乗り出てくるのは、イッコ上の持田先輩。
1年のときは京子と同じ委員会だったってんで、京子に付きまとってたみたいだけど今度はあたし?…あんまり、好きじゃない。

ほんとは委員会なんて出ないで、真っ先に部活に行きたい。
今日の授業だって、全部なくなっちゃって、すぐ部活に行けたらいいのに。

なんかもう、ため息しか出ない。
これは乙女の事情だけど、今日ってついてなくって、たまたま生理でしかも2日目だからほんとに体調悪くって、すごくいらいらしてるのに。
よりによって体育があって、汗もかくし、疲れちゃうのに委員会まであるって、ほんとにサイテー。
あ、今日のあたし、サイテーとかめんどくさいとか口癖みたい。
これもサイテー。


「はぁー。」

「なに葵、ため息なんかついちゃって」

「あ。花ー…!んもー、今日もいい足してるね。スカート短くて超キュート。いつもながら黒髪がすてき。お姉さんっぽくて色気があって、やっぱり今日もかわいいよ。…京子は?」

「あんたいっつもそれ言うね。将来ホストにでもなれば?京子は沢田たちのとこに用があるみたい。」

「男になれるなら考えとく。…沢田ねぇ。なんか最近、仲いいよね。付き合ってんの?」

「はぁー?沢田だよ?あいつに京子と付き合い出せるような度胸とか、あると思う?」

「あー、それ言っちゃったらだめだよーかわいそーじゃん。でもたしかに、好きとか言えなそう。おとなしめのかわいい男子ってかんじ。他のと比べて。」


着替えてると花がカーテンの中にもぐりこんでくる。
着替え終わったんで全スペースを花に譲ると、カーテンの外の世界では沢田と京子が話し込んでた。

沢田ってのはうちのクラスの男子で、なんかしんないけどちょっぴり不釣合いなくらいかっこいい山本と、性格好きじゃないけどイケメンの獄寺ってのとつるんでる。いっつも3人でいて、たまに京子がそこに加わる。
何でかわからないけど、仲いい。
同じ小学校のよしみ、って感じじゃないし。そもそも同じ小学校だったのかとか知らないし。
あれ、そう考えると沢田ってちょっと不思議。よくわかんない。
とりあえず、あいつと同じ小学校からあがってきたやつらはみんな、あいつのことダメツナってよぶけど。


「かわいい、ねぇー。今はやりの草食系男子ってやつ?」

「んー。あんま話したことないからわかんないけど。」

「わたしそれなりに話すけど、なんかほんと草食系って感じ。なに考えてるかわかんない。でも山本たちとつるむようになってから笑うこと多くなったわよね。はっきりしてきたって感じ。最近女子から人気高い。」

「へー。まぁ、なんでもいんだけどね。」

「興味ありませーんって言い方!でもいいやつよ。話してみたら?」

「機会があったらそうしとく」

「かわいげないねぇあんた!美人かたなし!」


にひひっと笑いながら花がカーテンからでてくる。
その間ずっと沢田たちを見てたけど、京子はぜんぜん着替えるそぶりがない。
花ににこっと笑って、京子に先行くよーなんて言って。
京子はにっこりしながらあたしたちに手を振って、沢田とまたおしゃべり。
なんか、ここのところ京子とあんまり話してない。
だって沢田とばっかり話してるんだもん。
あれで好きじゃない、なんていったら、沢田がちょっとかわいそう。
でも逆にほんとに好き合ってたら、邪魔しちゃ悪いなぁ。

って思うと、花の提案に、素直に乗れなかった。




外に出ると、じっとりとした空気の中で生徒たちがはしゃいでる。
あたしはそんな気分になれない。
日差しは強くて、ただでさえ貧血気味なのに、もっともっとくらくらしちゃう。
しかも周りの生徒たちがはしゃぎすぎてて正直うざい。
なんなの、こいつらそんなにサッカー好きだっけ。


「ねー葵、なんか今日先生違くない?」

「んー?」


あぁ、たしかに。いつものちょっとはげた教官とは違う人。えーっと、たしかいつも男子をみてる先生。
あたしたち女子をみてくれてるいつもの先生は、なんか姿が見えない。
あれ、なんかちょっといい予感、かも。
先生が2人1組でやってるサッカーの授業だけど、この間もこういうことがあった。
指導教官が1人の時は決まって、生徒に好きなことをさせてくれる。違った?


「やった、今日好きなことやらせてくれるって。うちらのクラスのアホ男子たちが騒いでるよ。」

「そうだと思った!ねぇ花、あたし調子悪いから日陰で休んでちゃダメー?」

「はぁ?あんた、体調悪いなら早くいいなよ!整列終わったらすぐ休みな!」

「いやーんありがとー!早く整列終われー」


花ってほんとにしっかりしてていい人だなぁ、なんて思いながら列まで一緒に行って、さっさと座り込む。
はー、ほんっとにくらくらするしお腹も腰も痛い。
女子ってこーゆーとこ損だなぁっていっつも思う。まぁ、大事なことなんだろうけどさ。

ふと、後ろのほうから声がしたから振り返ったら、京子が沢田たちと歩いてきた。
山本派、獄寺派は悔しそうにしてたけど、京子がかわいいからなにも言えないでいるのかな。
それとも、京子は沢田狙いだってわかってるから、何もしないのかな。

なんだろう、いままで京子と沢田とかってよく見てた組み合わせだったのに、なんでかいちいち気になる。
ちょっと、いらっとしてるのは生理のせいだろうか。
…違うかも。
最近京子と話してないじゃん。
だって、ほら、…京子が、沢田とばっかりしゃべってるから。
花は「よくあることじゃーん」なんていってるけど、そうだったかなぁ。
なんて、こういうこと気にし出すと、京子とか沢田とか、2人のほうばっかり見ちゃう。

あーやだやだ。
2人が付き合っちゃったら、それはそれで置いてかれた気持ちになるけど、今まさに隣で甘酸っぱい両片思いみたいな青春繰り広げられてると思うと、嫌になる。
あたしは恋愛とかいいや。
どうせ一生ケッコンとかしないだろうし、恋愛とか、正直考えられない。
だって、あたしみたいなのを好きになってくれる人なんているかどうかあやしいもん。


日陰で休みながら、そういったことばっかり考える。
なーんか最近、京子と沢田をみると、すぐこういうこと考えちゃうみたい。
なんでだろ、めんどくさいなぁ。
あたし、まだ中学生だもん、こういう恋愛に関するしょーもないこと、考えたってムダ。


「あーもう、ムダムダムダームダームダー!」

「なにがムダなんだようるせぇぞ!」

「はぁ!?」


1人だと思って頭を抱え込んだものの、ちょっと遠い右隣から怒声が聞こえてびっくりして、同時にその声質にいらっとした。


「…ちょっと。なんであんたがここにいんの。」

「いちゃわりぃかよ。今日は運動なんてしたくねー気分なんだよ!」

「悪いとは言ってないじゃん!つかナニソレあんた健康優良児ならグランドかけまわってくるくらいしなさいよ!っていうかココにいないでほんとやだ」

「テメーこそかけまわってこいよ!それにココからどく気はねぇ!」


あぁ、たしかに日陰でも、ちゃんとグランド見れるいいポジションはここだけかも。
グランド横の一段きりの石段で、大きな木の影が涼しい風を作り出す。
しかも獄寺は手にリルケの詩集とか持っちゃってる。詩集の隅はちょっとぼろぼろで、かなり愛読してるんだろうか。
理系男子だとばかり思ってたけど、違う面もあるのかな。
あたし、読書家は好きだ。
花だって読書家だし、話が合うからいつそういう話をしても楽しい。
ってことは、もしかしたら獄寺とも本の話になったら楽しかったりすんのかな。
…いや、ちょっとビミョー、想像できない。
そんなことを色々考えちゃうと、まぁいいや害があるわけでないし、とか思っちゃって、横をむく。
舌打ちも忘れない。


「ちっ。」

「女子が舌打ちすんじゃねぇよ」


けっ。と言って、詩集に目を戻す。
むかつく野郎ではあるけど、まぁ確かに顔はいい。
委員会の先輩なんか、獄寺が来ないのに対して、「かっこいいから許しちゃう!」とかなんとか言いくさってるもん。


「あー!!」

「なっ…!んだよびっくりさせんじゃねぇ!!」

「あんた今日の委員会絶対来なさいよ!!」

「はぁー!?なんで俺がいかなきゃなんねーんだよ!それになぁ、環境委員なんてなりたくてなったわけじゃねぇ!!」

「獄寺、あんたねぇ…!!面がよけりゃなんでも許されると思うんじゃないよ!あたしは先輩たちとは違うんだからね!!」


忘れてた、こいつだ。
あぁ、なんでこう、めんどくさいやつが同じ委員会なんだろう。
もう一回言うけど、あたしが委員会をゆううつだと思う理由のひとつに、もう1人の委員がまったく委員会活動に参加しないことが挙げられる。
っていうかはっきり言うと、この獄寺って男子が委員会に参加しないのがほんとに迷惑!


「あのねぇ、あたしたち、今日は花壇の水遣り当番なの。この学校の水遣りって本当に大変なの!あ、でもあんたが来たらあんたと水遣りすることになるのか、やだな。」

「…おいお前、本当にむかつくヤローだな…!」

「でもお願いよ、ろくでもない持田先輩とかと組みたくないの!あいつエロい目でみてくんだもん!しかもちゃんと水遣りしないと風紀委員の雲雀先輩にぶっ殺される…!」

「うわぁー、それめちゃくちゃ大変だよ…!オレの委員会今日は休みだから、手伝おっか?」

「…は?」


ぱっと振り返ると、後ろっていうか、あたしの左側に座ってる。
汗をタオルで拭いて、肩で息をして、整えながら笑ってる。

(い、いつの間に、)


「十代目ぇ!!何を言うんですか、十代目にそんなお仕事させられません!!」

「…っていうか獄寺くんが参加すればいい話なんじゃないの…かな?」

「うっ…」


なんだこれいつの間にこんな状況になってたんだろう。
あたしの右側に座ってる獄寺と、左側に座ってる、そう、例の沢田が、なんだかあたしを挟んで説教したり、されたりしてる。
いつも思うけど沢田って何者?
獄寺が敬語っていうか十代目ってなに。
そして今京子はいなくて、沢田が環境委員を手伝うみたいな話してる。花が、いいやつよ、話してみれば、なんていうのがちょっとだけわかる。
たしかにいいやつっぽい。で、ちゃんと話したことなかったから、隣から声を聞くのが初めてで、妙に緊張した。
いや、獄寺はイケメンだけどアホだし、もうなれちゃったんだけどさ、沢田ってなんか、かわいい顔してんだもん。
直視できない。
これだから顔がいいやつって苦手なんだよなぁ。
「ていうかさ、外村ってよく持田先輩と遅くまで水遣りしてるよね。」

「あ、あぁ、うん。水遣りって2人1組でやるんだけど、…こいつがこないからなんでか持田先輩と組むことになっちゃって。持田先輩ってあんまり仕事してくれなくて、花壇多いから1人でしっかりやるってなると、遅くなっちゃうんだよね。」

「あー、獄寺くん…」

「お、俺ですか…!」

「…今日はしっかり委員会行こ。オレも手伝うからさ。」

「い、いや、悪いよ、さすがに沢田は環境委員じゃないのにさ、」

「いやいや、いいんだってば。今までごめんね、おしつけちゃってて。ホラ、獄寺くん!」

「…わ、…わりぃ。」

「い、いいえ。」

まゆを寄せて苦笑いしてる沢田だけど、めんどくさそうな感じはない。
なんていうか、獄寺の失態はオレの責任でもある!みたいな。ほんと、どーゆー関係なんだかわかんない。
でもなんか、まぁ、いいやつ、かも。
よっくわかんないやつだけど。



体育の授業中の記憶っていったら、なんでか、沢田と話したことしか浮かんでこなかった。
ちゃんと考えれば、今日は自由時間だったとか、体調悪いから休んだとか、獄寺までサボってて委員会のことで言い争いになった、とか。
いろいろあるのに、沢田が口をはさんだときが、何度も頭の中でリピートする。
沢田の口調ってあんなかんじなんだな。
汗かいてたけど、なにやってたのかな。

ていうか沢田に名前呼ばれたの初めてな気がする。
外村、って、あたしのこと、呼ぶんだな。
沢田って、人によって呼び方が違うみたい。
近しい人間でもそうでない人間でも、ばらばら。
どんな基準があるのかわかんない。山本は山本。獄寺は獄寺くん。
京子は京子ちゃんで、花は黒川。
それで、あたしは外村だった。外村さん、だったら、近寄りがたい女子ってことになるのかな。獄寺みたいな。

それに沢田って、聞いてると、呼び方だけじゃなくって口調まで変わるみたい。
たぶん、「その人」ってのにあわせるのがうまいんだろうな。
沢田にも、素のとき…って、あるんだろうか。


ノートのすみに、葵って、書いてみる。
頭の中で、沢田があたしのことをそう呼ぶ声がする。
ばかみたいで、急いで消した。
あたしってば、沢田のことはなんとも思ってなかったくせに。
まさか、ちょっと話しただけで、こんなに沢田のことで頭がいっぱいになるなんて。
ほんとに、ばかだなって思う。

恋愛は、しないって決めてたんじゃなかったの?


(…ばかじゃん、あたし。)


社会の授業で寝ないのは、たぶんこれが初めてだったんじゃないかなって思う。


(そんなわけ、ないじゃん、あたしってば)







チャイムにはっとして、がたがたと席をたつのにあわせて椅子から立ち上がる。
6時間目の前に掃除をして、それから6時間目の委員会活動。
委員会活動が休みのところもあるから、そういうやつらは掃除が終わってすぐに部活に行くか、帰宅。
あたしは委員会で、その後写真部に行く。
写真部だなんて、中学校にあるのがほんとに不思議だけど、ほとんど同好会。
メンバーは少なくって、主に自由行動。写真好きな先生が立ち上げた部活で、ほんとうに趣味部ってかんじ。
今日はお小遣いためてあたらしく買ったフィルムのトイカメラで写真をとりたくって、うずうずしてる。
だから、今日の授業ってほんとに嫌だった。
はやく放課後になんないかなって、ずっと思ってた。

でも、今はとにかく、早く掃除がおわんないかなって思ってる。
早く、6時間目にならないかなって、思ってる。

あたしの掃除場所は中庭だったから、移動がめんどくさくてなんか嫌になる。
本気で草抜きして、さっさと終わらせて、ダッシュで教室に帰る。
委員会なんで、とか言えば掃除抜け出すこともできちゃうから、ちょっとラッキー。
教室に帰る途中で京子に会った。なんか、沢田といない京子を見るのは久々な感じがする。


「京子!帰るの?委員会は?」

「あ、葵ちゃん!うん、私、選挙管理委員だから、今日はないの!」

「あぁ、なるほどね。沢田は?」

「ツナくん?んー、わからないな、ごめんね。」

「あー、うん、ありがと!ごめんね!」

「いまから委員会?がんばって!」

「ありがとー!気をつけて帰ってね!バイバイ!」


にっこりと笑った京子のバイバイを聞いて、なんか安心しちゃった。
沢田はたしか図書委員で、今日は司書さんがいないから委員会がないっぽい。
そのことを知ってるはずの京子が、沢田の居場所がわからなくて先に帰っちゃうっていう状況に、なんか、安心しちゃってる。
はぁー、付き合ってるわけじゃなかったんだなぁー、なんて思っちゃってる。
ゴメンね、京子。まぁ、好き合ってるとは思う、けどさ!

京子の「ツナくん」呼びにどきどきしながら、急いで教室に戻ってかばんをひっつかんで、委員会が開かれる教室に向かう。
まさか委員会教室に沢田がいるわけはないだろうから、と思いながらドアをスライドさせると、獄寺と持田先輩が仏頂面で待っていた。


「…おせぇよ!」

「え、あ、ゴメン!中庭掃除だったんだ…ケド。」


獄寺がちゃんと来ているのには感心した。
けれど、なんで持田先輩がいるの、あいもかわらず。

「女どもがうるせぇから俺は外村と組むはずだろっつったんだよ。でもテメーがいねぇから!おかげで先公にこいつと組まされちまったじゃねぇかっ」

「あ、…そういうことかぁ…。さりげなくモテます宣言されたけどまぁいーよ…ゴメン。先輩もすみません。」

「…いーぜ、獄寺お前はひとりでやれよ!俺は葵とやるからよ!!」

「はぁ!?てめ「あー!!はいはい!わかりました!ゴメンね獄寺、今日は申し訳ないけど!」


あたしだってはぁ!?っていいそうになったけど、なんかこいつともめるとすぐに決闘とか言い出しそうでヤダから黙っとく。
もしそうなったら結構ユカイだけど、持田先輩と獄寺があたしを挟んで決闘、だなんて、オモシロすぎて気持ち悪くなっちゃう。なんであんたらが決闘すんのよ、ってかんじ。
そう考えると、沢田が決闘を引き受けてくれた京子がちょっとうらやましいかも、なんて。

(…はぁ?なんで沢田が決闘引き受けたらうらやましくなんの、わけわかんない。)

そう考えちゃう時点でおかしい。
あたしってばほんとに恋とかしちゃったっての?
ったく、やってらんない。
ムダに心臓どきどきしちゃってる。
もうここまできて、嘘だとか錯覚だとか、言ってらんないのかも。
揺れ動いてんのが、すごくよくわかる。
ダメじゃん。京子がいんのにさ。





いつもどおり、じょうろに水をためて校舎の裏門の端から続く花壇に、ゆっくりと水をあびさせる。
持田先輩はよくわかんないけど、自分の剣道の自慢話。
はーもー、なんでこいつ環境委員なわけ。
そいで、なんであたしにかまってくんの。カンベン。

獄寺は、今頃沢田と水遣りをしてくれてるんだろうか。
ちゃんとゆっくり水をやってくれてるだろうか。
沢田がいるなら大丈夫、かもな。


「おい!持田のヤロー!」

「あぁ!?」


遠く、後ろから聞きなれたむかつく声がする。
なにしてんの獄寺、あんたはあんたで水遣りしなさいよ、
なんて言いたくって、じょうろを水平にしてくるりと振り返る。
にやにやしたツラが、けっこうすぐ近くにいた。


「顧問が呼んでるぜ。委員会はいいから部活こいってな。」

「はぁ!?…すまんな葵、すぐ戻ってくるから。」

「…ゆっくりいってらっしゃい。」


きっとあたしはいますごく怪訝な顔つきをしてる。
獄寺はもうにやにやしてない。
たぶんあれってフレンドリーな笑顔のつもりだったんだろう。
無理やり作ったものではあるけど。


「ナニそれ、伝言?」

「伝言じゃわりぃのか。」

「悪いも何も。あの人がいなくなればあたしはうれしいから。」

「へーそーかい。あ、お前中庭近くで水まいてこい。」

「はぁ?なに、おしつけ?」

「花壇が複雑で水の遣り方がわっかんねーんだよ!いいから行け!お前いつもやってんだろ!」

「そうならそうと初めに言えっての!」

「うるせぇな!沢田さん待ってんだから早く行けよ!」

「…沢田?中庭にいるの?」

「…早く行けっつってんだろ。」


あたしからじょうろを奪い取ったかと思うと、ぷいっと横をむいてしまった獄寺。
…なんか、言葉が優しいのは気のせい、なのかなぁ。
なんだかぶつぶつ文句言いながら水遣りしてるけど、その手つきはすごく慣れてるかんじ。結構こういうの、やったことあるんだろうか。
花壇が複雑で遣り方わかんないなんて、ウソだ。
中庭の花壇は確かに複雑だけど、今見てる限りすごく慣れてるもん、できないわけない。


「…獄寺、気ぃつかってんの?なんで?」

「あー!!うるっせぇなてめーは!!何でもいいから早く行け!!」

「…うわ、あ、あの獄寺、今日来てくれてありがと…!そんで、あの、…ありがと!」


あとでがりがりくんおごるから!
そういったとき、獄寺はばかを見るみたいな目であたしをみて、ちょっとだけ笑った。
あら、いつもそうして笑ってればいいのに。
でも、あたしはなんだかんだいって、沢田のそばにいるときの獄寺の笑顔がいちばん輝いてるなぁって思う。


「…バーカ。十代目が話してぇっておっしゃらなきゃ、こんなことしねーっての」

(…あれ、獄寺なんか言ったかな。)

気のせいかな、なんて思って、かばんをひっつかんでからとにかく走る。
中庭はさっき掃除した場所で、裏門のとこからはちょっと遠い。
掃除のときみんなで草抜きしたから、今日は水遣りだけで大丈夫だな。
かばんなんて教室に置いてきちゃえばよかった。
でも、今日は大事なかわいいカメラが入ってるから、盗まれちゃったりしたら、たまったもんじゃないし。

肩で息をしながら、べったりとはりつくスカートをちょっとだけぱたつかせてから、中庭に足を進める。
すぐにみつけちゃって、心臓がどきんって波打った。
あー、今朝まではこんな風にどきどきしたりしなかったのに。
なんで?たった一日でこんな風になっちゃうの?
一目ぼれってわけじゃない。
最近京子と一緒にいるから、なんとなく気になってただけ。
今日だって、気になってたところにたまたま話しをする場所ができて、そう、あたしは沢田と初めて、ちゃんとしゃべった。
それで、沢田が結構かわいく笑うことを改めて知って、あたしのことを外村って呼ぶことを知った。
なにより、すごく優しいやつだって、はじめて知った。
噂なんて、アテにできない。
ダメツナなんてよばれてて、それでもちゃんとしゃべってみなきゃわからない。
こんなに情が深くて、友達の失敗を自分も一緒に引き受けて。
それで、そう、とってもいいやつ。
接してみて、はじめて、知ったの。
やってみなきゃわかんない。
話してみなきゃわかんない。
結局は、意識してたけど、もし接してみて、印象と違ったらガッカリするから、こわくて接してみようとしなかっただけだ。


「さ、わだ?」

「あ、お疲れ」


にこ、
笑った顔が、中庭の花壇、プランター、みどりたちにきらめいて、反射して。
校舎に挟まれた空間にさしこむ、ほんのちょっとの夕日が、沢田のススキ色の髪をきらきらととかしてく。
うっわー、
こいつ、こんなにやわらかい、雰囲気で、笑うんだなぁ。


「お、お、おつかれ!あの、今日はありがとう。手伝ってくれて。」

「いや、こっちこそ、いままで獄寺くんがごめんね。」

「…沢田ってやさしいんだね。」

「外村も思ってたよりずっとやさしかったんだな。」


にっと笑われてどきっとする。
口調が、京子と接するときとぜんぜん違う気がして、またどきどきした。
手にはじょうろを持っていて、ホラ、獄寺ウソばっか。
あたりの花壇やプランターに生える緑は、もうほとんどきらきらとしずくをたらしている。
ほぼ終わらせてからこっちきたんじゃん。
獄寺って、基本いいやつなんだよなぁ。


「京子ちゃんには、明るくておもしろくて、口調はきついけどまじめで誠実で。美人で多趣味でいっつもいろいろ考えてる、いい子だよっていわれたんだ。」

「…は?」

「確かにって感じだよな。でも、もうそれが大前提になっちゃってるから京子ちゃんはいってなかったけど、やっぱりやさしいんだな。」


また、にこっと笑われる。
今日みたいな暑い日には珍しく、ぽうっとやさしい陽だまり。
木陰にたくさんの太陽を作り出す大きな木が、中庭にひっそりとたたずんでいた。
周りの校舎からは吹奏楽部の練習の音がちらばって聞こえてくる。
話し声とか、笑い声とかもちょっとだけ聞こえて、運動部の掛け声が遠くから響いてる。
中庭には、あたしと沢田しかいなかった。


「さ、沢田、は、花が言うよりぜんぜん、ぜんぜんいいやつだった。」

「ぶはっ!ナニソレ!黒川どんだけオレのことやなやつみたいに言ってんだよー」

「や、逆だよ、いいやつっていってた!女子から人気高いって。」

「ウソつけ黒川ー!」

「ホントだって!それになんか、おもってたより気さくだった。」

「気さく?」

「沢田、人によって口調とか、違うから、あたしにはどんな風にしゃべるんだろって。」


言った瞬間、沢田が目を丸くしちゃって、思わずびっくりした。
あたし、まずいこと言っちゃったかもしれない。
そりゅあそうだよ、人によって口調違うとか、態度違うとか、そういうのってあんまりよくない印象、みたいにならない?
やだ、そんなの。
あたしは、沢田のこと傷つけるつもりなんてなかったのに。



「…ん。やっぱ、外村もそういうやつなんだな。」

「ち、ちが、ごめん沢田、」


ぱっと沢田のほうに顔を上げると、やつはすごくかわいく、きれいに、少年のように、笑ってた。



「違うんだ、オレ、ほんとにそうなんだよ。獄寺くんのことはいまだに獄寺くん、だし、京子ちゃんのことも。びびると口調が引け腰になっちゃうって言うかさ。」

「…沢田、」

「外村、って、よぶのも正直ちょっとびびる。外村さんのがいいかな、とか考えるしさ。普通にしゃべりたいから、他の女子みたいにさん付けしないことにしたり、ナントカだろ、とか言うようにしよう、みたいな。色々考えたんだよ、これでもさー」


でもなんか無理しちゃってるかも。
とか言って、ははっと笑う顔はちょっと赤かった。


「ちょっと、テンパってる。」



どきんって、心臓が鳴った。









「じゃあ、京子と話してるうちにあたしのこと色々聞くようになった、みたいな?」

「そうそう。そしたらなんか、すごく話してみたくなっちゃって。」

「…あたしは、その、京子と話してる沢田をみてたら、話してみたく…なっちゃったんだけど、その、」

「見てたんだ!そこにびっくり。だけど?」

「う、うん。あ、だけど、なんか…京子と仲よさそうだから、邪魔しちゃ悪いなって思って、話しかけないことに。」

「ばかだなー外村。」

「ば、ばかっていうな!」



じょうろに水を汲みなおして、花壇やプランターたちに水をやりつづける。
申し訳ないから、あたしが水遣りをしてて、沢田はその目の前の石段に座ってる。
なんだか、今までどうして話しをしようと思わなかったんだろうってくらい、話のテンポも、雰囲気も、なんだかかみ合っちゃってて、うれしくなっちゃう。
話の流れで、思わず獄寺にするみたいに反抗しちゃってあちゃあ、って思う。
じょうろを水平にして、そろっと沢田のほうに顔を上げると、なんだか、とても優しい目をして、


「ばーか。」


こんなに、優しく、笑うだなんて、知らなかった。
その瞬間、瞳の中で光がきらきら反射したのがわかる。

京子ちゃんは今んとこお兄さんお兄さんだから、オレのこと単に友達としてしかみてないよ。
なんていうもんだから、あれ、沢田ったら失恋?
だなんて失礼なこと考えちゃったけど、沢田は依然としてきらめく笑顔でたたずんでいた。


「恋愛なんてしないっていうか、しちゃいけないっていうか。とにかくオレにはまだまだ早すぎるって思うんだよなぁ。」

「…なんか、わかるかも」

「ね。まぁ、うん。思ってたんだけどさ!」


にこりと笑って、沢田は勢いよく立ち上がった。
花壇を勢いよく飛び越えて、あれ、なんか沢田って、運動神経よくなったよなぁ。
あたしの横をすりぬけて、中庭の中心で伸びをしてる。
思わず目で追ってしまって、じょうろをかたむけすぎて水をこぼす。
あわてて水平に直すと、もう一度沢田を見たときはこっちに振り返っていた。
ちょこっと反射してる夕日に、顔が赤く見える。


「ねぇ、葵って呼んでいいかな!」

「えっ?」

「友達になろうよ!葵!」

「…っ、も、もちろん、…つな、…よし?」


ぱぁ、と、笑った。
すごくすごく真っ赤な頬で、たぶんあたしも同じくらいだけれど、あたしたちは笑った。
夕日はとても赤くて、あったかい色をしている。
そばに置いてあったかばんをひっつかんで、フィルムを確認してから、カメラのシャッターを切った。
何枚も、何枚も。沢田はなにそれ、とか、オレのこととるなよな、とか、色々言ってるけど楽しそう。
何枚も、何枚も。フィルムを使い切るまで、あたしは、光の中を踊る沢田をとった。


あたし、今日ってサイテーにゆううつな一日だって、ずっと思ってた。
でも、シャッターを切るたびに、なんてサイコーに幸せな一日なんだろうって思う。


あたしたちはまだ子供で、なにがゆううつになるかも、なにが幸せになるかも、毎日毎日、移りゆく発展の中で生きてる。

中学生。あたしはすごく普通の、14歳だ。
そして、沢田もソレは変わらないはずだった。


ごう、と音がして、ぬるい風が真上から吹き付けてきた。
おもわず目を閉じそうになると、風に乗って、緑に乗っていたしずくが舞い上がって、光が赤く反射する。


「きっと、もうすこしで、安全な未来になるから、そしたら、守れる、から」


「っ、」


光の中で、ぞくりとするようなきらめきを、瞳にともして、沢田は笑った。




思わず切ったシャッターは、軽い音を立てて瞬間を切り取る。
夕方、いつもより明るい夕日のした、最後の一枚は、あまりに非日常だった。
みたこともない、14歳の光。
何層にも重なって、何度も何度も違う色を帯びる。
沢田は、あまりにうつくしかった。

一瞬だけひろがった色濃い世界に、ぞくりとする。
あたしは、今この一瞬を切り取るためだけに生まれて、こうしてカメラを手にしていたのではないかとすら思う。
からからするのどを唾液でこじあけて、口を開いた。




「…なんて?」


カメラをおろして、もう一度見た沢田は、ただただきらめいていた。


「なんでもない!獄寺くんひろってアイスでも食べに行くか!」

「…あ、あたし獄寺にがりがりくんおごってやんなきゃだ。」

「え、ナニソレ?」

「…獄寺っていいやつだったんだね!」




あたしはすごく笑ってるし、沢田もすごく笑ってる。
でも、沢田はなにかを決意したみたいに、すごくきらめいた目をしてた。
なんだか、その決意があたしにも飛び火するような、そんな予感が、なんとなくする。
それでも、こうして夕日の下で、ばか笑いできるような、そんな明日がなんとなくあたしには見えてしまって、また笑った。





「あたし」はいつも日常にいる。
毎日がおんなじで、退屈だったり、楽しかったり、ちょっとのことで一喜一憂できるところに「あたし」はいる。
今日の授業は退屈で、でもひとつだけ、今日は「あなた」に出会った。
それだけで、「あたし」の日常は大きく色を増してく。

それが、「あなた」にも、あればいいのに。


(もし「あたし」との出会いが「あなた」の世界を灰色でないものにすることができたなら、そうなら、いいのに)

(「あたし」がすこしでも、「あなた」の日常を取り戻す鍵に、なれたらいいのに。)


なぜかは知らないけれど、あたしは、沢田がずっと笑っていられたらいいのに、と、思った。
お願いだから、笑っていてほしい。
あたしとは、違う日常を、沢田は生きている。
そうして、発展していっているんだ。


そんな、ばらばらの中学2年生の夏の日に、あたしは沢田綱吉に出会った。

20100613




中学生って、電流が走ったみたいに、恋をすることがあって、それはもう瞬間的に、刹那的に。家族愛でもいい、仲間愛でもいい。友人愛でもよくて、恋愛でも、いい。それが、「彼ら」のパワーになる。日常に、戻ってこれる。きっと、大切なヒトを巻き込んでしまうだろうけれど、それでも。




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