ずっと昔から、雨は、一度降ったら一日中降っているものだと思っていた。


だから、雨が降る日には予定はいれないし、雨の中、わざわざ外に出てまで何かをしようという気にもなれない。
雨の日は、家の中とかの室内で過ごすものだって、勝手に決めつけてた。
子どもの時からずっとそうだったもんだから、雨の日は読書の日、とかって決めておいて、一日中物語の世界に入り込んで気がついたら夕方、なんてのもよくあった。
それは今でも変わらなくって、まぁ、仕事がはいらない限り、雨の日は部屋で書類と葛藤、もしくはやっぱり読書に興じてみたりして。

第、三章が終わる、きわのページをめくる。
ストーリーに雨音が邪魔をして、はっと活字から目を離すと、やっぱり外は雨模様。
わかってて本を読んではいるんだけれど、雨の日の静寂さとか、特有の匂いってのはすこし気になってしまうものだ。
窓辺のしずくを目で追ってからテーブル上のティーポットに目をうつすと、紅茶の葉が踊るのが見えた。

(なにかお茶菓子でも見繕ってくればよかったかな)

すこし、口さびしい。
ため息をついてから本に視線を戻すけれど、もう集中できそうになかった。
いったん気が散ってしまうと、しばらくは本を追うことができなくなる。
これだから、隊長にはいつもしかられてばかり。
理論指導からすべてをたたきこもうとする私の所属する隊の隊長は、「もっと集中力を養ってから出直してこい!」と、いつもいつも私をしかるのだ。
それですこし落ち込みそうになるところを、別隊の隊長様方によく励ましてもらって、浮上する。
とくに女性の味方とも言わんばかりに励ましてくれる別隊隊長様は、やはり女性からの支持が厚い。
いやしかし、私の隊の隊長が悪い人なわけではないのだ。少しだけ、不器用な人、らしいから。

…せっかくのオフの日に雨が降ると、こういったことをよく考える。
やることがないからか、いらぬことを考えて、沈んでは浮上する。
晴れて下積みから守護者の方々の隊に正式に所属することがかなったというのに、私はまだまだ修行が足りなくて、隊長についていくのさえやっとなのだ。
うまくいかないことばかりで心労もたえないというところに、追い討ちをかけるような雨。

雨は時にうっとうしくも感じられる。
しかし、それもここ、ボンゴレにきて、雨の守護者とうたわれる方と出会ってからは、ずいぶんと考えが変わったものではあるのだ。
あのように温かな雨も存在するのだな、と、心から感じたのは確かなのだ。
それでも、こうも長引く雨は、一日中私の心を沈ませる。


「…はぁ…」


思わずため息もこぼれるというものだ。
蛍光灯の光がうっとうしくて、電気を消した。
変わりに白熱灯のやさしいオレンジをともして、ちょっとだけ目を細める。
このまま色々考えて、そうして今日は早めに寝てしまおう。
それが、雨の日の上手なやり過ごし方だ。

しかし、やはり雨は一日中続くものである。
朝からこの調子で、いつやむのかなぁなどと考えるような隙をあたえてはくれない。

茶葉が沈んできたポットを手にとり、ガラスのカップに注ぎ、白熱灯にすかしてみる。
きれいな琥珀をしていた。
ふと、心が温まる。

(この色、好きだなぁ。)

なにやらふわりと透明で、落ち着く色合いである。
この色は、いつだったか私が隊長にしかられて落ち込んでいるときに、私を慰めてくださった、あの色に、よく似ている。

と、窓の外をもう一度見ると、部屋から見下ろせる範囲内、庭の端で何かが動いた。

(…、)


客…というわけではなさそうである。
良い意味でも、悪い意味でも。
しかし薄暗くてよく見えない。
人、ではあるが、こんな雨の中、傘もささずに出歩くような人はいるのだろうか。
私からしたら考えられないが。
まぁ、個人の問題で外に出なければならなかったのかも知れないし、関わるべきことでもないだろうと思って、窓から視線をはずした。
紅茶のポットはあたたかくて、カップからも湯気がたえない。

(やっぱりお茶菓子でももらってこようかな。)


ガタンッ!!

「!!」


、びっくり、してしまった。

急に音がするものだから、カップを取り落としそうになる。
はっと、窓のほうに視線を戻すと、なにやらみたことがある琥珀が、すこしだけ情けない笑顔を浮かべて、窓枠にしゃがみこんでいる。


「…じゅう、だいめ…!!」

「あ、やぁ。そっか、ここって葵のへやなんだねー!」

「ちょ、葵のへやなんだねー…じゃぁないですよ…!なにをなさっているのですか!」

「あーあーもう話しはあと!ちょっとかくまってくんないかな。やっかいなお友達に追いかけられててさー」

「え、お、お友達?って、じゅうだいめ!そんな濡れたかっこで」

「しっ!!」

「…。」


なにがなんだかわからないうえにボンゴレのボスであるはずの信じられないくらいに尊いお人が私の部屋に、雨とともに、はいりこんできた。
鋭い静止の空気音とともに、濡れた手のひらが肩をつかみ、しゃがみこませる。

遠くではあろうことか隊長、…獄寺隊長の声が響いていた。
お友達というのは、まぁなんですか、昔なじみの頼れる相方のことを言っておられるので?
パーティーの仕度がどうとかって聞こえる気がするから、もしかして十代目はお仕事を抜け出して来なすった…なんて。十代目ともあろうお方がそのようなことをするはずがないか。


間接照明をともしただけの室内で、呼吸がふたつ。
雨空の暗さと、ぼんやりとした明るさが混ざり合って、輪郭をうすくする。
幾度かは話したことのある方ではあるが、こうして向かい合うのははじめてで、とてつもなく緊張する。
同じ日本人だということでとても親しみやすくあったが、やはりこの方はなにか、そういった雰囲気をもっていて、違うと、感じさせる。
オレンジの光に透けて、ススキ色の髪がより透明に、はちみつ色にみえた。


「…ごめんね。ちょっとの間たすけてよ。ね?」


いたずらっぽくウインクするその姿は、子どもっぽいとも言えるのになにか大人びていて、妙な気持ちにさせた。








「で、さぁ。今夜のパーティーって本当は俺行かなくてもよかったんだ。なのに隼人ったら、いや、行っておいたほうが今後の交流関係のためには…とかなんとかいってさ。せっかく今日は書類が早くあがって息抜きしようと思ってたってのに。」

「…は…はぁ…」

「あ、ごめんね。君の隊長なのに。あれでけっこう優しくっていい人なんだよ?」

「あ、あははは…」


閉じた窓のあとには、雨の匂いが色濃く残っていた。
十代目には風邪を召されては困るので、タオルを渡してジャケットは脱いでもらって。
窓の外からは見えないような位置に置いてあるベッドの上。
そこに、憧れの十代目が座っておられる。どうしよう、たいくつな雨の日になんていうプレゼント。
始めは隊長を困らせまいと十代目を隊長のところへ連れて行こうと考えたが、十代目のお話しを聞いていると、なんとも、かわいそうな十代目である。
せっかくのお休みを奪われそうだというからには一大事だ。


「って言っても、すぐに出てったら連れてかれるし、あとから出てったら怒られるだろうし。どうしたもんかね。」


あはは、と苦笑する瞳は琥珀色。
あぁ、この色が好きだなって、心の底から思える。
いつだったかに励ましてくださった、彼と言う人のあたたかな琥珀色にどれほど勇気付けられたかを、彼はきっと知らないのだろう。
思わず笑みがこぼれる。
雨の日って、こんなミラクルがおきてしまうものだったのか。


「お、笑ったね。」

「…え、」

「笑ってるほうが、ずっと綺麗だ。」

「じょ、…冗談、を!からかわないでいただきたい…です。」

「冗談じゃないよ。せっかくの美人が、雨にしけってちゃあもったいない。」

「な…!!」


なんという困った人だろうか!
そう思った顔はきっととてもアツくて、真っ赤に染まっていたんだと思う。
十代目は、ちょっと意外そうな顔をしてから、目を細めて笑った。

(あぁ、…きれいな、いろだなぁ、)



雨音がすこし、弱まった気がしていた。

いや、単に私の心音が大きかったために、外界の音が聞きとりにくくなっていたのかも知れない。でも、目の前でベッドに腰かける十代目の息遣いは、繊細に、しっとりと細やかに、こちらに伝わってくるのだ。
気が気ではない。
このような、憧れの、美しい人と一緒にいたら、おかしくなってしまいそうだ。
いつもそばにいる隊長殿はやはりすばらしい精神力をもっているのだな。
先ほどから、十代目はなにも言わない。
雨の中、奇跡の人が目の前にいるミラクル。
外界と隔離されたような異質な空気が、アツい。
彼がすこし目を細めるたびに、瞳に涙が溜まっていっているような気がする。


「あ!」

「!!」


はっと思い出したように瞳を大きくする十代目に、私もつられて心臓を跳ね上がらせた。
オレンジ色の光の中で、彼はまた笑う。


「雨が上がったらすこしお茶しにいこうよ!」

「…え?」

「今日は葵と色々話すって決めた。どうせだからかわいいお店連れてってあげる。」

「い、いや、そんな、」

「イヤかな?」


優しげに、細められる瞳は、あくまであたたかくて、本当に涙が出そうになる。
分不相応だとか、そういった私の暗いものをすべて包みこんでないものとしてしまう。
ただ純粋に、お前と話しがしたいと、言っているような空気。
何も言えずに首を横にふると、心底嬉しそうな、あたたかな笑みを咲かせる。
こちらまで心がきゅうと、心地良く、あたたかくなる。

(あぁ、この人が私たちのボスなのだな。)

そう思うと、じわじわとこみ上げてくるものがあった。



「あ…、でも雨なんか、…あがらないんじゃ…」

「いや、そろそろあがるはずなんだ。空が変わり始めてるから。」


は、と、十代目を見つめる。
彼は、大空の守護者、なのだ。
なるほど包みこむ空気がある、あたたかい人だ。
隊長が敬愛する理由がよくわかってくる。




空は幾重にも色を重ねて、姿から意味合いも変えて行くものであって、今日、私は初めて雨の上がる瞬間を見た。
このような日があっていいものなのだろうか、なんて思いはしたけれど、それからというもの、雨の日にも笑顔でいれる時間が増えたことは言うまでもなくって、
それがどこのどちら様のおかげかなんていうことも、あえて言う必要はないと思うのだけれど。


100329


(雨の日が、書きたかっただけなんだけど!)





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -