「ねぇっ!アルティスタの綱吉さんと知り合いって本当!?」
「えっ?」
「ねぇ―なんでぇ!?」
「え、えぇ?」
昼、昼食を食べてすぐ。
隣のクラスのギャル系女子だ。見覚えのある顔につめよられて、かなり戸惑った。
アルティスタって何?バリスタ?あ、違う?
あっでも綱吉さんってあたしの知るかぎりあの人しかいない。
「綱吉さんっていったらウチの卒業生代表するくらいカッコイイのよっ!雑誌モデルにスカウトされたり!歌だって、メジャーデビューいつだろうねってくらいの評判なの!!」
「は、はぁ。」
「ねぇまじ、どんな手使ったの!」
「は?」
「こんなのに引っかかって、綱吉さんも隼人さんも、武まで…!」
「え、…ちょっと、」
「…困ってるわ。…やめて。」
ふっと、横から聞きなれた声がした。
びっくりした顔で、隣のクラスの女子は下を向いて、そろっと離れていく。
「…あ、りがとう、髑髏。」
「…ん。…私、」
「ん?」
「あなたのことが好き。だから、」
「えっ!?」
「いじめるの、嫌よ。」
「あ、…あり、がとう。」
思わず顔が赤くなった。
するりとどこかへ行ってしまった髑髏。
彼女は高校に入ってできた友達で、なにかと一緒に行動をとる仲だ。
とは言っても彼女は結構一匹狼的な雰囲気をもっているので、単独で行動することも少なくない。
彼女はミステリアスで通っている。
かなりステキな彼女のことをやっかむ人もいたけれど、同じくしてやっかまれていたあたしたちは、共にいろんな場面をくぐり抜けてきた。
そうこうしているとやっぱりアツい友情以上のものが心に浮かんでくるものだ。
そして髑髏は、表現のしかたがストレートすぎて、あたしはときどき戸惑った。
ふと思い出すと、あたしが赤面するときは大抵綱吉さん絡みのことが多い気がして、また頬がアツくなった。
「アルティスタ、ですかぁ。」
「うん。芸術家って意味。」
「英語じゃないですね。」
「イタリア語、だよ。」
「イタリア…!」
なぜだかいつもより早い時間に、駅でばったりとはち合わせたあたしたち。
例によってやっぱりスタバで。
タゾチャイティーのショートをしゃらんと揺らして、円順列に綱吉さんの隣に座った。
どうやら昼間に聞いたアルティスタとは、彼のバンド、というか、アーティスト特有の名前らしい。(なんで知らなかったんだろう。)
「えと…、あたし、座らせていただいて、よかったんですか?あの、向かいの…」
「あぁ、いいよ、大丈夫。…たぶん、」
綱吉さんの向かいには、女の子がよく使うスクールバッグが置いてあった。見たことがある気がしたけれど、このラインのバッグは誰もが愛用するものだから、たぶん気にすることはないのだろうと、思っていた。
「…なんかさ、」
「はい?」
「友達の家にね、居候してる女の子がいてさ。」
「…はい。」
「その子にいきなり呼び出されて。…たぶん怒ってたから、説教、なんだよね…」
「は、はぁ…」
思いきりため息をついて店内にある照明を見上げた。
(わぁ、すてき。)
彼の口ぶりは本当に友達に対してのものか、そういうことがわかるほど、綱吉さんと時間を共有していない。
だから、彼の、好きな、子。
その子に対しての口調なんて、知らない。
(だから、今から来るであろう子に対しての、綱吉さんの感情は、わからない。)
ちょっと心がざわざわするのは、仕方のないこと?
あたしは嫉妬している?ヤキモチ?ツラいの?(ツラくなんか、ない、よ。ね。)
「…どうかした?」
下を向こうとすると、ふわりと、横から笑顔が向けられる。
あたたかい口調も、全て、まだ付き合いの浅いあたしが知る限りの、あたしの、知っている、綱吉さんだ。
「…なんでも、ないんですよ?」
「無理が体に悪いって知ってる?」
「あ、…はは、あ、はい、
…はい。ありがとう、ございます。」
それでも、あたしの知っている笑顔でにこりと笑う彼は、きれいだ。
「あ、だぁ…きた…、」
「なに、…その言い方、ひどい。」
「…え?」
後ろから聞こえた涼やかな声に、ほわりと心があたたかくなった。
見覚えのあるシルエットに、微笑み。
(え、綱吉さんの言う、友達の居候って、髑髏だったんだ。)
髑髏があたしより先に綱吉さんを知っていたこととか、あたしが綱吉さんとであったこととか、なんだか偶然にしてはできすぎている気がした。(これを運命と、そう、いうんですか?)
「…偶然?」
あたしたちを見やってぽつりと呟いた髑髏に、綱吉さんが頷く。
「えっ、ていうか知り合い?」
「トモダチ、なの。」
「え、うっそ、」
知らなかった、と、呟く綱吉さんを見てから、あたしを見やる。
髑髏は少し悲しい顔をして俯いた。
「…やっぱり、綱吉くんの、せいだったのね。」
「…え、ちょ、なに?」
髑髏がいきなり切り出したその言葉に、綱吉さんは戸惑う様子をみせた。
「…なにか、あった?」
「あ、…え?」
本当に困った様子でまじまじとあたしを見て、すとんと、髑髏が椅子に座った音を聞いてから前をむいた。
その表情は、やはり困っている。
「綱吉くんが…なれなれしくしすぎた、せいで、いろんな子に、嫉妬されてたの。」
「ど、髑髏?」
「だから、好きなのは…わかるけど、…傷つけるようなこと、するんだったら、近付いちゃ、だめなの。」
淡々と、綱吉さんをしっかりと見据えながら繰り出す言葉は、怒るというよりは、お願いに聞こえる
「大切、なの。」
ずいぶんと深刻に話す髑髏。
奇妙に続く無言の間。
あたしとしては、髑髏の口振りはわかっても、話している内容がわからなくて困った。
じっと見つめる綱吉さんの目も、限りなく真剣に見えて、戸惑う。
「大切だよ、…俺も。」
「…そう。…よかった。」
静かに笑った髑髏はとんでもなくきれいで、すこしどきりとした。
「…なん、ですか、今のは、あの、」
「嫁と―」
「姑の、会話。」
「は、…はぁ…。」
しばらく話をきくと、髑髏はあたしが綱吉さんと出会ったことを骸さんづてに聞いて、知っていたらしい。
あたしは髑髏が居候をしていて、居候先の方が骸さんということくらいは知っていた。会ったことだってある。そのことを言ったら、綱吉さんは苦い顔をして、あぶね―…。と呟いたことも、今日の謎のひとつだ。
そしてそこで今日のようなことがあり、綱吉さんにちょっと言ってやろうと思って呼び出した。
一回会ってちょっとお手洗いに行っている間に、あたしがきていた、と。
確信をもった髑髏は強かった。
そしてそれより、あたしのため、に、わざわざ綱吉さんの所にまで行く髑髏が、愛おしくて仕方なかった。
ありがとう、と、つぶやいた瞬間、もともと赤い頬を更に赤くして、髑髏は走っていってしまった。
(あぁ、あの子っていつもそうだ。かわいくて、)
「…あたしは嬉しかったけど、ごめんなさい、なんだか。」
「いや、こっちこそごめんなさい。…髑髏にはむしろ感謝しなきゃね。」
「え?」
「…守ってくれたのと、気付かせてくれたの。」
「…はぁ…。」
小首を傾げると、にこりと笑った。
真意はわからなかったけれど、綱吉さんは納得しているようだから、きっとそれでいいんだろう。
あたしが知ることじゃ、ないんだと思った。
「それにしても、今日は偶然が重なる日ですね。髑髏のことだって…、こんな時間から会えたり。」
「あぁ、今日会えたのは必然だよ。」
「え?」
「織り姫と彦星は、今日なら必ず会えるんでしょ?」
にこりと笑った彼が、ひどく輝いてみえて、戸惑った。
(雲がでている。)
(それでも今日だけ、雲の上でなら必ず、彼らは会えるって、そういうことだ。)
アルティスタとしての彼は、夜空の下できらきらとまぶしい。
微笑んで空を見上げると、彼の声がつくるメロディーが、さらさらと流れるような感覚に、どきりとした。