夜が過ぎたら、朝が来る。
それは子供でも知っている当たり前の事だ。
陽が昇って、この部屋の中にもカーテンを通り抜けてその光と熱を送る。
それに僕は憂欝そうに布団を被り直した。
いくら学校の日だといっても、起きる時間にはまだ早い。
何時も何時も最凶な家庭教師の所為で、今まで無為に過ごしていた時間が減ったんだ。
せめてこれくらいは許して欲しいものだ。
「――!! 今日……、ね!!」
「あ……とう、上――」
「……い!!!」
……あ、今日も無理っぽい。
脳が眠っている事による雑音混じりの言葉を耳に入れ、僕はそんな事をぼんやりと思った。
せっかく眠っているのなら、音なんて拾わなくていいのに。
軽快な鼻歌と共に、弾むように階段を上ってくる足音。そしてよく知っている雰囲気が、これから僕に起こるだろう事を直ぐに理解させた。
後五段……、三段……、一段。
とてとてと軽い足音が階段から僕の部屋へと向かい、ノックもせずに大きな声が響くのだ。
「おっはよー!!! ツナ!!! ほらほら起きて!!!」
それ見た事か。
煩わしいほどの声の主は、僕のベッドのところへ来てせっかく被り直した布団をはぐる。
それに引っ張られるようにして、僕はベッドから転げ落ちた……振りをした。
「おはよ、ツナ!!!」
ぶつけたところを擦るようにしていた僕に顔を近づけて、此処何日と繰り返された挨拶をする。
「お……、おはよ、葵ちゃん。もう、毎日ベッドから落とさないでよ……」
「あら、ツナが早く起きないから悪いのよ?」
溜息交じりの言葉に、彼女は笑って答えた。
毎日のように繰り返されているこの行為を、悪いとは微塵も思っていないようだ。
僕の前でにっこりと微笑んでいる少女の名前を、外村葵。
中学に入ってからお隣に引っ越してきた同級生だ。
しかもこれ、クラスまで一緒ときてる。
僕は学校ではダメツナとしての自分を演じているから、彼女の前でもそれを演じていなきゃならない。
家で自分を曝け出していた頃とは全く違っていて、実はストレスも溜まってたりするのだが、それを言う事もできないので結局はそのまま。
中学に入学してから約二ヵ月。問題は解決されないまま、今に至る。
「ほらほら、早く早く!!!」
僕から取り上げた布団をばたばたと動かして、彼女は僕の行動を急かす。
……何時も思うんだけど、何故こうも朝から元気なのかが解らない。
はぁ……。
ひとつ溜息を吐いて、部屋から彼女を追い出した後、僕はのろのろと制服へと着替え出した。
「おはよ、母さん……」
重い重い溜息を吐きながら、僕はリビングにいる母に挨拶をした。
その隣には、未だ葵が居座っている。
嫌いではない、嫌いではないのだ。
ただ、彼女が近づくだけで何かこう、僕の中に言いようもない感情が溢れる。
落ち着きがなくなるのだ。
だから少しでも離れたいと願うのは、きっと僕の本能だろう。
動物何でも、自分に危険があると解るものを遠巻きにしたくなるものだ。
「おはよう、ツッ君!!!」
何処までも明るい母親に、おはよう、と返す。
この母親が、まさかマフィアの人間だと知っていて父親と恋に堕ちたなんて知ったら、皆びっくりだろう。
外見から、そんな昏い裏の存在と関わりがあるなんて、微塵にも思えないからだ。
そのまま僕たちは朝食を腹の中に掻っ込み、学校へと向かった。
「おはようー」
「おはよー」
「おあよー」
校門近くになると生徒の数も増えてきて、そこかしこで朝の挨拶が交わされる。
まだまだ眠くて呂律が廻っていない者もいるけれど、其処はご愛敬だ。
「おはようございます、沢田さん」
「はよ、ツナ」
「ちゃおっす」
……朝から姿が見えないと思ってたら、こっちにいたのか、リボーンよ……(突っ込みどころは其処じゃない)。
「……じゃあね、ツナ」
一緒に登校してきた葵が、僕の肩を軽く叩いて離れていった。
……少しだけ、僕の空いた右側の温度が下がったような気がした。
「沢田さん、またあいつと一緒に来たんですか?」
「うん。葵ちゃんは母さんも懐いてるし」
獄寺君の警戒するような言葉に、僕は顔に笑みを貼りつけて応えた。
半分本当で半分嘘。
母さんは葵の事を信用してはいるが、僕が嫌なら良いと言っている。
……ただ、その中に含まれていた笑いが解らなかったけれど。
「ふっ……!!」
「……朝っぱらから何するの、リボーン……」
「うむ。躯が鈍っていないか調べてみた」
「一日そこらで鈍るわけないだろ!!!っていうか、昨日の
リボーンの衝撃の所為で躯があちこち痛いんだから……」
久しぶりに、リボーンが銃じゃなくて体術で仕掛けてきた。眉間に繰り出された蹴りに、腕の一番硬いところでガードする。
……因みに、昨日は学校が休みだったので、一日中リボーンの銃乱射から逃げていたりする。
「ふん。一瞬一瞬を大切にしなければ強くはなれないぞ」
「はいはい……」
最近、ずっと言っているリボーンの口癖が耳に残った。
そうやって、愚かな馬鹿し合いの日常は過ぎていくと思っていたんだ。
それから数日後。
あれから少しの間、葵の姿が見えなくなった。
きっと、ダメツナに見切りをつけたんだろう。
彼女も、どうせ周りの人間と同じだったんだ。
「お前もいい加減、ダメツナなんかに関わるなよ……。
あんなダメ人間と一緒にいて、何が楽しんだ?」
通り掛かった裏庭で、そんな言葉が聞こえてきた。
どうやら、僕の事のようだ。
もう少し聞いておこう。
「ダメツナなんかと一緒にいたって、何の得にもなんねえじゃん」
嘲笑うようなその声を、僕はよく知っている。
同じクラスの山田だったか。
獄寺君が来る前は、よく僕をぱしりにしてた奴だ。
山田がいるという事は、その腰巾着の佐藤と鈴木もいるのだろうと判断する。
「あんたたちなんかより、よっぽどマシよ。
馬鹿みたいに粋がってるあんたたちなんか、怖くないんだから」
聞こえてきた声は葵のものだ。
僕は純粋に驚く。
葵がいた事もあるが、それより何より、葵の言葉に、だ。
っていうか、絡まれてたの葵だったのか。
「くそっ、女のくせにかっこつけてんじゃねえよ」
「きゃっ!!」
バシッ、と音がして、葵の小さな悲鳴が聞こえた。校舎の陰から覗いてみると、どうやら軽く叩かれたようで、葵は壁を背にして尻もちをついている。
三人は下卑た笑みを浮かべ、葵に手を伸ばした。
助けようかな、と思った刹那。
「あんたたちに何が解るのよ!!!
ツナはかっこいいんだから!!!
優しくて、優しくて、時々馬鹿みたいな事するけど、あん
たたちより、絶対絶対、かっこいいんだから!!!」
響き渡ったその声に、僕は硬直する。
吠えた葵の言葉に、胸が温かくなるのが解った。
そして、僕が彼女に感じていた違和感の正体も。
(あーあ、気づいちゃった)
僕は片方の口端だけをくすり、と持ち上げ、一歩を踏み出した。
たったそれだけで場面が一気に変わる。
「……なんだ、ダメツナかよ……」
見られたのが僕だと気づいた奴らは、ひどく安心したような顔をする。
ダメツナの僕であればそんな事、できる筈もないと思っているからだろうね。
愚かだな。
「山田君と佐藤君と鈴木君。
……いい加減、その手を離してくれる?
君らみたいな馬鹿が葵に触っていると思うと、吐き気がする……」
瞳に侮蔑を込めて、そうのたまった。
「な……っ!!!」
ほら、やっぱり馬鹿だ。
自分と相手の力量も見極められない者が、強さを誇示する。
今直ぐ、潰そう……。
こいつらには元々かなりの確率でぱしりにされていたし、これくらいの報復は当たり前。
それに何より、葵がこいつらに責められたのだ
から。
向かってきた山田の拳を軽く受け止めていなし、そのまま背後に廻った手を反動をつけて彼の鳩尾へと入れる。
それに逆上した他の二人が向かってくるけれど、振り上げた足で佐藤の顎を捉え、返す足で鈴木の後頭部を捉える。
三秒後には、その場所は僕以外誰も立っていなかった。
葵が僕の顔をじっと見つめている。
ああ、恐がらせてしまったかな。
とりあえず此処から退こうと思って、未だ蹲ったままでいる葵に手を伸ばした。
すると、彼女は突拍子もない事を言い出したのだ。
「……隠してたんじゃ、なかったの?」
は!!??
ようやく気づいた最愛の少女を前にして、僕の思考は一旦停止した。
とりあえず聞いてみると、葵は僕と初めて逢った時から僕の事には薄々感じていたそうだ。
何より、オーラが違う、と言った。
「初めて見た時からね、ああ、この子はこんな子なんだ、って思ったの。
寂しくて哀しくて甘えんぼなのに、自分を曝け出す事のできない、辛いひと……。
だからせめて、私だけはツナの味方になりたかったの」
今はもう、私なんて弱すぎて意味ないんだけどね、とはにかんだ。
それはきっと、リボーンや獄寺君や、山本の事を言っているのだろう。
可愛らしいコンプレックスが、僕の心を波立たせる。
「毎日毎日近づいていく度に、ツナは嫌そうな顔をしてた。
私って嫌われてるんだな、って思って距離をとろうとしたけど、でも、できなかった……」
空を見つめて話す彼女が、不意に陰を落として、こちらを向いた。
その瞳にはきらりと光るものが覗いている。
「私、私ね、ツナの事が――」
言い掛けた彼女の唇に人差し指を当てて、僕は笑む。
そしてゆっくりと、その唇をなぜた。
薄く色づいた頬と唇。
お姫様じゃない、健康的な肌は僕の理想だ。
徐々に顔を近づける。
瞳を逸らさせはしない。
僕だけを見ていればいい。
僕は君だけを見つめるから、君は僕だけを見つめればいい。
絶対に、離さないから……。
「――……」
耳元で唱えた言葉に、驚いて振り仰いだ葵の顔を両手で閉じ込めて、
深く、深く口づけた。
抵抗は、初めはあったけれども直ぐになくなる。
受け容れてくれた事が嬉しくて、離せなくなった。
理性を手離しそうだった僕を止めたのは、獄寺君の悲鳴と、山本の口笛。
そしてリボーンの放った銃声だった。
その頃にはもう葵の息は上がってて、腰は砕け状態。
初めてでやり過ぎたかな、って思うのと同時に、睨み上げられた瞳にまた欲望が蠢き出す。
「絶対絶対、もうツナなんか嫌いなんだからー!!!」
捨て台詞のような彼女の言葉に、失笑しながら、絶対に無理だろう、と思った。
だって、僕が葵を愛するのと同じくらい、
葵も僕を愛しているからね。
手離す気はないよ。
未来永劫、何処までも。
end…
如月礫様からの頂きものです!!!
リクエストでスレツナと注文をさせていただいたのですが…。
ぐっはぁ…っ!
し、死ぬ…。
こんなツナなら、私、殺されてもいい…っ!!!(逝)
ありがとうございました、如月様!!!
もう、私はあなたのことが大好きだぁー!!!!!
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