ローマ字のお名前を入れてからどうぞ。





なんとなく華奢な取っ手を引っ張っためずらしくもないつくりの古風なカウンターバー。
広さはほとんど無いけれど、全体的に繊細なつくりの洒落た雰囲気が少し好きだった。
灯された明かりがオレンジ色で、なんだかきれいだ。

なんの意図もなく裏路地をふらついていたらば、なにやら心惹かれる立看板があったものだから入ってみたものの、狭い店内にはすでに2、3人客がいる。
こぢんまりとしつつ存在感のある店の空気に酔う。
珍しく頼んだシャンディー・ガフをグラスに揺らして、伸びきった前髪をかきまぜる。


「あんた、どこのひとだい?」

「…え、あ、ああ。」


いきなりふたつ隣に座っていた男に声をかけられたかと思うと、そいつは無遠慮にも隣を陣取る。
右手に揺らしていたグラスをこんっと置くと、男は少し機嫌よさそうに笑った。なにやらちょっと酔っているようだが、深い緑の眼光が座っている。


「近場に住んでいるだけの人ですよ。」

「そうか。おれはねぇ、ちょっとしたマフィアに入ってる。ちいせぇところだけどな。」

「…へぇ。それはどうも。」

「このまちにボンゴレっていう大きなマフィアのファミリーがあってね。そこのボスに、届けモンがあるんだ。うちのボスからのラブレターさ。」

「ラブレターねぇ。」

「あぁそうだ。うちのボスはボンゴレに惚れ込んでやがる。なにが気に入ったんだかは知らねぇがね、なんでも噂じゃ美少年だそうだよ。うちのボスはきれいなモンを見抜く力はある。宝石でもそうだ。あんた、ボンゴレを見たことあるかい?」

「いいえ。」

「磨けばもっと光るだろうに、ちょっとばかし、くすんでるのはまちの治安が最近よくねぇからじゃねえかってね。それでうちを下請けに使わないかってつらつらと恋文を書きやがる。」

「使ってくれないか、の間違いじゃないですか?」

「ああそうさ。頼むから使って頂戴よってな。」


よくしゃべる男だ。こいつは俺がボンゴレだとわかっていて話しているんじゃないかと思うくらい、なかなかうまく聞き込ませてくる。
小さいファミリーなんてのはいずれつぶされるのがオチだ。
うちだって俺の前の代までは、弱小をかたっぱしからつぶして無闇に権力を拡大していった。
いまでこそそんな野暮なことはしないけれど、そうしなくったって、そのうちボンゴレの力に圧されて自滅するファミリーも少なくない。
つぶれるならこちらにゴマをすってでも取り入るのが賢明な策略というものだ。

男の話を聞きながら、グラスの中の気泡がしゅわしゅわと消えていくのをなんとなく見つめていた。
店内に心地よく響くジャズがなかなかに心を落ち着かせる。
マスターは結構なセンスの持ち主だと思い、ちらりとカウンターの先をのぞくと、やはり女だ。
店内に入ってきたときから思っていたけれど、ここはマスターが男でなく、女。
センスの良い店内も、髪を上に束ねた女も、雰囲気が甘くて不思議な心持になる。


「でもおれはよ、案外いやでもねぇんだ。うちのボスが言うならボンゴレの十代目はいかれた奴なんかではねぇし、治安の悪いまちを女房に歩かせるわけにもいかねぇ。」

「は、」

「だからよぉ、」


不意にちりんとグラス同士を合わせられて、深い緑がより濃く細められる。


「ボンゴレに会いに行くのが楽しみでもあるのさ。」



男はにっと笑ってからグラスを一気にあおると、おもむろにハットを手にとってマスターに軽く挨拶をして、華奢な扉を押して出て行った。
カウンターの上に数枚の紙幣が置かれていて、枚数から奢られてしまったと悟る。
まったく、明日の朝奴が本当にうちにきたならば、どんな顔をするのだろうと思って、紙幣をたたんでポケットにつっこんだ。
ちょっといい気分なんだから、ここは俺に奢らせてくれたっていいと思うんだ。

グラスをあおって、財布からふたりぶんの勘定をマスターに差し出すと、にこりと笑われた。


「まったく、人がいいんですね、ボンゴレ。」







何も言わずに酒を飲ませてくれる店がある。
市内を裏路地沿いに少し歩いて、石畳の坂を上った先、オレンジ色の光と看板を今日も見つける。
華奢な扉をくぐると、すこし無愛想な女のマスターが注文した酒を用意して、先に居た客、後から来た客とすこしだけ話をする。
客はどこから来たのか良くわからなかったり、旅の人だったりまちの人だったり、男だったり女だったりする。
オレンジ色の光とジャズが心地よく、酒と会話を楽しませる。
店を出る際にはマスターとも少し話をした。
何も言わず、深入りせず、ただ心地よい空間と美味い酒を用意してくれた。
華奢な扉を出るときには、すこし無愛想だが笑顔がかわいらしいマスターがちょっと微笑んでくれる。
その瞬間が、いつからか、たまらなく好きになっていた。

そこはまちの片隅、「aoi」。
仕事に疲れた夜中にこっそり、酒と会話と女マスターの微笑みが恋しくなって通うようになった、そんなカウンターバーだ。




091105




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