そう、あたしわかってた。
あんたがいつだって唐突にいつだって大胆に変わっていっちゃうことくらい結構前からわかってた。
昔々のちびすけじゃなくって、いつの間にかひとりの男に成長しちゃってたこともわかってた。
知ってた。理解してた。
でも認めたくなかった。
追い越されたことに気づきたくなかった。
いつもあたしが一歩リードしてなきゃ気がすまなかった。
それがたとえ恋人だったとしても、どこかで意地を張っていた。
「葵、それってさ、」
「…なによ。」
「なによじゃないでしょーよ。それ、いままでなかったよな。」
「だからなに。」
「なにぶーたれた声だしてんの。見せて。」
「嫌よ。」
「……じゃあ、書類。」
「…。」
こつりとかかとをふみだして、手に持っていた数枚の書類を提出しに来ていたという本来の目的をようやく思い出す。
なんとなく、罪悪感で心臓が痛い。
ちょっと冷えた瞳でふぅん。とじろじろ耳元を見ながら、受け取った書類にハンコを押す姿に、なんだか背中がぞくりとした。
うわぁ。さすがにちょっと、まずかったかもしんない。
思わず気弱になるような鋭い眼光。
琥珀がゆらりと揺れる。
数日ぶりに会ったということもあるけれど、相変わらず儚い雰囲気でいるなぁと思った。
これだからあたしはこいつに負けたくなくなって、こんな飾りにも手を出してしまうのだろうとも思った。
じゃあ失礼しますときびすを返そうとしたところで、手首にアツいものが触れて、痛いほどに圧迫される。
「んっ、」
「まぁ待て待て。お願い、よく見せて。」
「…嫌だってば。痛い。離して。」
「愛の痛みです。たえろ。」
「ばかじゃないの。」
「ばかだよどうせ。ほら見せて。」
「…」
「…」
「…」
「…葵。」
「…わ、かったよもう、」
「やった。はい、おいで。」
じわりと痛む手首をさすりながら、デスクの向こう側へと足を運ぶ。
かがんで髪をかきあげると、そこにきらりと光る透明な石があるはずだった。
じぃと見つめる様子に目を伏せて、ちょっとため息をつく。
あぁはいはい、どうせ似合わないですよ。どうせちょっと背伸びしちゃいましたよ。
「よし決めた。俺も空けよう。」
「はぁ?」
「で、今度お揃いのやつ買ってこよう。」
「何言ってんの?」
「かわいいんだもん。」
「ばかなこと言わないでよ。」
「どうせ、俺にないもので対抗しようとか、そんなとこだろ。だから俺も空ける。」
「…綱吉、あんた…、」
「かわいいなぁ。ほんと、毎度のことながら。」
「…むかつく。あんたむかつく!!」
「むかつけば。俺は愛してるよ。」
「な、にを、」
にこりと微笑んで、おくびもせずにそういうことをいうんだ。この男。
伸びた腕、指先でさらりと髪をすくわれる。
ちょっと引き寄せられたかと思ったら、耳元でリップ音。
こいつ。
「かわいい。」
いつもそう、いつだってそう。
あたしがあんたよりリードしたくっても、いっつもその上を行く柔らかな微笑みで、あたしの思惑をふわりと包みこんで、溶かしてっちゃう。
もう、なんだってこんなにあったかいんだか。
できればそのあったかい両腕であたしのわがままな気持ちごと抱きしめてほしいんだけど。
(はい、どうせかまってほしいだけですよ。)
きらりとひかったピアスに、ちょっとだけ、綱吉が笑った気がした。
090830