わたしがあの人を見つけたのはとある日、サークル室でのミーティングを行ったいっとき。
それまでにわたしはその人を見かける事がなかったというか、おそらく見かけていても気にも留めなかったのだろうと思う。
なぜあの日にあの人の方へと目線がくぎづけになり、そらすことができなかったのかは、いまだに分からない。
それでも、視線を感じて顔を向けてみたところに居たのがあの人で、その刹那に照れを隠すかのような動作で顔をそむけた事が、心に残って仕方がないから、そういったことだと思う。


「なんていう名前なんだろうね。」

「誰の事?」

「あの、お隣のサークルの、かわいらしい顔の人。」

「男の人?」

「うん。」

「…めずらしい。葵が男の人に興味を持つなんて。」

「うるさいなぁ。」


少しふてくされてみせると、どくろといういかめしい愛称からは想像もできない様な、かわいらしい顔で、凪は笑った。

夏は始まったばかりだというのに、吹き上がる風はむせ返るほどにアツい。
ベンチに腰掛けて、ほんとうにめずらしくも、ひっそりとあの人の事を想う。
あの日に目線がかち合ってからというもの、なかなかお目にかかれないあの人のことを想うことが多くなった気がする。
こういったことを世間ではなんと言うのか知らないが、なんとなくじわりとあたたかな想いである事は確かで、なんだかちょっとだけ嬉しくなった。

どくろがそっとその場を離れたのを見送ってから、目を閉じて、ほんの少し息を吐く。
そっとベンチに横たわり、靴を放って仰向けになる。
ゆっくりと、ゆっくりと息を吸って、吐いた。
風が髪を巻き上げる感覚にくすぐったさを感じ、ほんの少し眠気をさそう。

なんとなく、横を誰かが通った気がした。
柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。
どこの誰なのだろうと気になったところで、まぶたはうまく開いてくれない。
きっともう通り過ぎてしまったのであろう存在の、その香りだけを小さく追って、また静かに息を吐いた。


「お疲れさまです。」


真上から、声が降ってくる感覚。
聞いた事のない声だ。
どことなく甘くて、適度に低いのにすんなりと、やわらかく鼓膜をノックする。

まどろむ体をすこしひねって、なんとかしてまぶたを押し上げる。目線を真上に固定すると、そこにはりんと立つ青い空。
不思議に思って、先程の香りがすぎていった方向に首をかしげると、その先にかすかに、
(確かに、かすかにわたしは見た。)


ススキ色の、甘い髪色と、見覚えのあるシルエットを、わたしは見たのだ。




(あぁ、なんで、どうしよう、あぁ、)
(あぁ、わたしは、)




090724

大学生のふたりと、恋の始まり、ということ。



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