たぶんよくわかってなかった。
彼がどんな人かもわからなくて、だからあたしは意地はって、出来もしないことを引き受けて。
彼は何でも出来るから、負けない、とか言って。


「…弱音はだめだ、しっかり!」


半ば言い聞かせるようにしてあたしはまた丸をつける。
そう、ばかみたいに。





ニードレストゥセイ




小テストはノートに書かれた数字の羅列。言うまでもなくあたしの手は疲れきっている。
そうね、なぜならあたしが虚勢張って「丸つけなら日直のあたしがひとりで出来るわ、ちょろいちょろい!」なんて言ってしまったから。

ばかみたい。
素直に手伝ってくださいっていえばいいのに。
もう一人の日直は今たぶん友人と一緒に下校中。
彼ってば、こないだの黒曜事件の次の日からなんだかがらりと性格が変わっちゃって。
なんにも出来なかったくせに、なんでも出来る人になっちゃって。
何かあったのかしら、彼の身に。
あたしは幼稚園からの付き合いだけど、彼のあんな姿は見たことがないわ。
あたしと彼はただの同期で、深い関わりなんてこれっぽっちもないけれど、それだけはわかるわよ。

でも、変わらないのは優しいところだと思う。
今日だって日直の仕事を半分以上はやってくれたわ。
感謝ね。
でも肝心な時にいないのはどうかと思うわよ。
まぁ、この場に彼が居てもあたしはきっと頼らないけど。


「よりによってなんで数学なの。
漢字テストとかだったらすぐ終わるのに。」


軽く悪態をついてまた丸をつける。
どんなに量が多くても、集中してやればほら、ノートはもうあと3冊よ。
がんばれあたし。終わったらこのハンパない量のノートを2階の職員室に運ばなくちゃならないんだから。ちなみにここは3階よ。

しゃっと綺麗な音が響いて、ラスト1冊の最後の問題まで丸をつけてからあたしは大きく伸びをした。


「…おわった…!」


やりきった達成感が妙に嬉しくて、思わず笑った。
でも待って、これを運ばなくちゃ。

たぶんすごく重い。
バランスを崩したら一気になだれおちる。


深くため息をついて、あたしはそっと、ノートの山を持ち上げた。






女子生徒の大きな声が廊下に響いて、驚いたら膝ががくりと曲がった。

持ち前の身体能力は自慢できるくらい発達したものじゃなかったけれど、ないよりはマシだ。
とっさにもう片方の足を出せたあたしに拍手。


でもやっぱり、よろけてしまうのは止めることが出来なくて。

よろりとした瞬間、心臓は不整脈を奏でた。
目の前は階段で、ノートが崩れたらたぶん有り得ないくらいに散らばる。
ヘタしたらあたしも共に。

あぁ、せっかく頑張ってここまで運んだのに。



「なにしてんだよ、葵。」



静かに廊下に響いた声は、たぶんもう一人の日直の声じゃないかな。





横からノートをおさえて、あたしの肩を強く掴む彼は沢田綱吉だとわかる。
あれ、なんでここにいるんだ。
しかもなんか怒っている気がするわ。あたしあなたに何かした?


「そんな重いの運ぶな。呼べば運びに来たのに。」

「…え、あ…沢田くん、帰ったんじゃ…」

「居たよ。俺、言ったでしょ。先生に呼ばれてるからちょっと行ってくるって。」


あきらかに原因はあたし。
目の前の彼が肩を更に強くつかんで、ノートから手を離す。
目元がすわってるのは気のせいなんかじゃないわ。


「…葵はさ、いつもそうだよね。
友達に頼まれたら断れない。全部自分でできるって顔して背負い込むね。
小さいときから全然変わんないよ。」

「え、ちょ、どういう意味よ、それ…」

「自分勝手なんだよ。」


冷たくそう言われて、頭が一緒白くなった。
肩を離して、ノートをひょいと取り上げる彼。今あなたはあたしになんて言ったのですか?


「…うるさいな、あたしの、勝手じゃない。」

「それが自分勝手なんだよ。よかれと思ってやってるんだろうけど、自分追い込んでまで人の役にたってなんになるの?」

「うる、さいな!あんたは関係ないじゃない!あたしのこと知りもしないくせに勝手なこと言わないでよ!」

「…俺さ、ちょっとむかついてんだ、葵のこと。」


ノートの山を軽く持ち上げる彼は、まっすぐにあたしを見て笑った。
なにがおきてるんだろう。
なんで彼はこんなにも挑発的なんだろう。
あたしの、図星ついては笑って、しまいにはむかつくって、なによ。

頭が混乱してきて、なんとなく、涙が出た。


「…泣くなよ。」

「…誰のせいよ。」


そう言ってあたしがノートごと軽く突き飛ばすと、彼はまた笑って。


「…教えてあげようか。俺があんたの何にむかついてるか。」


ちょっと近づいて、あたしは壁際に追い詰められて、まさに雲雀さんに追い詰められた草食動物たちはこんな気分なんだと思った。
こわい。

ふとまた笑って、彼はあたしの髪を、片方の手で撫でた。
ノートを片手で支えることの出来る彼は男の子だから。




「なにかを押し付けられてもへらへら笑ってるとこ。
自分から進んでめんどくさいこと引き受けるとこ。
そのせいで自分を追い詰めるとこ。
自分を大切にしないとこ。
小さい時から全く変わんないとこ。

ぜんぶむかつく。」


笑った彼の瞳は暖かくて。



「見てたんだよ、気付いてないだろうけどね。」


彼の瞳はあたしに向いていたということなのだろうか。
ノートを軽々と持ち上げて階段を降りていく彼の後ろ姿は、今までにおそらく見たことがないくらいに凛としていて、伸びた背筋がやけに綺麗だった。





彼が帰ってくるまであたしはその場を動かず、たぶん帰ってきた彼はちょっと呆れて笑ったんだと思う。

「…先に帰っててもいいのに。」

「…いいの。」

「…葵、変わんないね。小学校の時もよく誰かのこと待ってたし。」

「…うん。」


あたたかい風は、3階の廊下を吹き抜けて髪を揺らした。


「…さっきさ。」


ゆっくりと言った彼は廊下の先をみつめて、横顔はやけに美しくて。


「葵が転びそうになったとき、心臓止まるかと思った。」



ふわりとこちらを見て、絡む視線はあたたかくて。




(もう無茶するなよ。意味ない去勢はってどうすんの、変わんないなぁ。)


(…そうだね、綱吉くん。)




THANKS!

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