彼はとくにすてきで、でも学校では誰だって彼のみりょくには気が付かなかった。
それなのに彼は自分でそのみりょくを解き放ってしまって、私はひとりで取り残された。
ぐんぐんとまたすてきになってゆく。
何でもさらりとこなしてしまう彼に、わたしはただ不安な感情を向けて、なんとなく悔しくなって、だからこうして一生懸命に何に対しても取り組んできた。


小さいころからおんなじ学校で

よく一緒に帰ってたりして

むかしはおんなじだったんだけどな。




でも、私は彼の何でもないから


それを止めることはできない






リアルエゴイスティック!
(さっきまだ雨がふってたのにね。こんなに晴れてるから、君の顔がよく見える。もうすぐおわかれなんだよ。)














「まけない。」

「勝手にやってろ。」

「…綱吉くんには言わないでよ山本。と、獄寺。」

「俺はいわねーよ!」

「俺ついでかよ!!」






これが毎日の会話だった。


私はその会話の後に行った小テストの結果を見て、ため息を付くんだ。


あぁ、また勝てなかったな。


彼の足元にも及ばない。














梅の香りがする。

つい先ほどまで雨が降り、つめたかった空。

大きな雲の間に見えたのは金色の光。

それに、同じ空間にいた、彼の、ススキ色の髪が同じ色にすけた。


小さい時から彼は結構顔立ちがよくって、それなのに私と一緒にいた。

それでも私が女の子たちにやっかまれなかったのは、彼が演技をしていて、わざと「ダメツナ」なんていう役をやっていたからだと、そう思う。


そんなことを、わたしは遠くの席から彼を見つめて、そっと思った。










「葵、お願い、これ資料室にもってってくれない?
あたし用事あってさ…」

「あ、あぁ、うん、いいよ!わかった!」




高校三年生はもうほとんどが大学受験を終えていて、自由登校というすてきな響きの期間中のため、大半は学校にきていない。

でも、わたしや山本、獄寺、そして、彼も、

今もこうしてなじんだクラスに入り浸って、おしゃべりして、笑って、たまには真剣に課題に取り組んだりして。



そんな日常はもうすぐ幕を閉じるというのに



私たちは、現実から目をそらすように、こうしてまた笑う。











友人に頼まれたものを資料室にもって行こうと奮闘してみたが、これはなんだかとっても重い。
中身がわからないまま、ちょっと大きな箱を抱えて、私はまた歩きだす。






「…ねぇ、それ、重いんじゃないの?」







ちょっとはなれたところから、少し低くなった声が響いた。

進路の延長線上に、窓からの光を受ける彼がたっている。
逆光になっていて顔が見えない。

近付いてきて、ひょいと私の抱えていた箱を取り上げてしまう。



「で、これ、どこにもってくの?」





そういって微笑う。



沢田綱吉はそんな人だ。









「…ありがとう、綱吉くん。」

「いいえ。たいした事じゃないしね。」







資料室の扉をばたりと閉じると、音を立てて鍵を閉める。
彼の指先でくるりと回る何の変哲もない鍵。
光が反射して、まぶしく光った。






彼と二人で歩くのはたまにある事で、今日みたいに雨の降った日はよくこうなる。
雨の日以外はあまりそんなことないのに、雨が降れば彼は私の横に並んで歩く。

はてのない疑問だ。
雨の日には何かあるのだろうか。





「そういえば綱吉くん、イタリアの大学受けたんだよね。
すごいなぁやっぱり。」

「すごくなんかないよ、…ただの留学。」

「でも、イタリアだよ?イタリア語なんて私話せないよ。」

「勉強、勉強。」

「…うん。
私もイタリア語、勉強してみる。」

「………うん。」





くすぐったそうにわらったあと、彼はなんだか、とても寂しそうに、またわらった。





光がなんとなく彼の瞳を反射しているようで、だから、私には、彼が泣いているように見えた。










「ねぇ、屋上いこう!
もうすぐ、…卒業なんだしさ、記念に!」

「え、でも鍵しまってるよ!」

「大丈夫、ちょっと先にいってるから!」

「ちょ、綱吉くん!?」


かけていった彼。
その後に私は屋上へと向かったけれど、扉はあいていた。

彼は、鍵をもっていなかった。











「葵はさ、卒業式の後、どうするの?」

「私は、そうだなぁ…。
まだ決めてないや。綱吉くんは?」

「俺はすぐにむこういっちゃうんだ。」


「…すぐ、に?」









ひんやりと、雨上がりの風は重量もないように、私たちの髪を揺らす。


ススキ色の髪に隠れて、彼の瞳が見えない。

かろうじて見える口元は笑みの形に保たれたまま、動こうとしない。









「葵、俺さ、葵のこと、忘れないと思うんだよね。」








そういって、彼は私の肩に手を置いた。





フェンスによりかかったまま、手だけを動かして、彼は私のほうをみようともせずに、肩に、手を、置いた。










シャツの襟がはためいて、彼はそっとわらい、こちらを向いて、こう、




そう、かれは、こう、いったのだ。












「一生会えないけど




一生わすれないから





葵、






きみだけは、わらって生きて。」
















式に、彼は出席しなかった。




彼だけではない。






山本も、獄寺も、






彼らは音もなく去っていって








私に別れの言葉も告げさせてはくれない















私は今まで生きてきた中で、一度だって、目標の先に彼を見据えなかったことはない。




彼が到達点で、






彼以外は全てが邪道だった。








勉強だって、運動だって、なんだって、わたしは頑張ってきた。




彼の隣にたちたかった。






願望だった。









何のとりえもない私のそばに唯一むかしからいてくれた彼。





彼はいつだって私の何歩も先にたっていて、所詮は無理だったのかもしれない、彼の隣にたつなんて!








無理だったんだ。






無理だった。








だから彼は私を置いて、遠い、遠い所へ行ってしまった。









(そばに、いたかったのにな。)















「十代目、いいんですか?」


「…なんのはなし?」


「葵の事に決まってんだろ、ツナ、お前、「いいんだ。」







車の外はもう見慣れた町なんかをとっくに越していた。


通いなれた学校には、屋上で彼女と話した日から一度もいっていない。


自宅でスパルタリボーンの授業をこなし、全てのマナーを網羅し、頭が痛くなるまで勉強をし、そしてぼろぼろになるまで戦った。


身に纏った黒色のスーツ。


暗い赤色のネクタイを緩め、シャツの襟を開く。





ため息を付いて考えるのは、やはり彼女の事だけだった。


毎日のように彼女を想った。



彼女が大切だった。



いつしか知らない想いが芽生えていて、俺は彼女を手放せないと悟っていたのは確かだ。




でも、だからこそ、手放さなければならない。




彼女には将来があって、夢があって、なによりこちらの一線を越えてはいない。




関与させてしまっては、いけないのだと、毎夜自分に言い聞かせた結果がこれだから、どうしようもない。








昨日は雨が降った。

水溜りに浮かぶ花弁が、とても美しく見えた。

水滴は風に乗りどこまでもきらめく。

こもった空気をどうにかしようと、俺はスイッチをおして、車の窓を開けた。


髪を揺らす風は、春のにおいがした。













「いいんだよ。」


















ねぇ葵。

俺、知ってたんだ。


葵が俺のために頑張って勉強してたの。


葵が俺を必死で捕まえてくれてたの。




愛おしくて、どうしようもない存在だったんだ。






だから君に告げます。




愛していると。












(さようなら、俺の愛しい人。
次に会う事はおそらくないけれど、
どうか元気で過ごしてくれよ。

雨の日に君の隣にいたのは、
おっちょこちょいな君が
廊下で滑っても大丈夫なようにっていう、
俺からの、せめてもの愛情だったんだよ。)








Fin


thanks茉莉さま!
back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -