笹川京子ちゃんは、女である私から見てもとっても可愛くて、気がきいて、優しくて…。
まさに、「理想の女の子」だった。

そして、この学校でおそらく一番どんくさくて、人気のない沢田綱吉が、彼女の事を好いているということは一目瞭然だった。

彼女もまた、彼に惹かれている事は、私の目から見てすぐにわかった。

でも
それでも

夏休み真っ最中の今、沢田綱吉と一緒にいるのは、笹川京子ちゃんでもなく、獄寺隼人でも、山本武でもなく、

この、私だった。



乱反射



「…だからさぁ、聞いてるの?」

窓枠に足をかけた姿勢のまま「あ?」と、こちらを見るのはまぎれもなく沢田綱吉。
いつもは学校にいて、おどおどと一日を過ごす小さな身体。
それが、今、私の家の自室にある結構大きな窓から、片足だけ自室に踏み入れているという、なんとも不可思議な光景。

「何回言えば気が済むの!窓から入ってこないで!しかも勝手に!!」

「だってこっちのほうが近いから。」

「そういう問題じゃないの!!」

開いていた数学のテキストをぱたりと閉じ、机の上を整理する。
完全にこちら側へ入り込んでしまった、ひとりの男の子。
そう、貴方は「男の子」なの。
いくら幼馴染だからって、もう中学二年生の「女の子」の部屋に、入ってこないでほしいの。
わかる?この気持ち!

なんて恥ずかしい事、彼を前にして、絶対にいえない。


「ねぇ、葵、CD返しにきたんだけど、いらないの?」

「い、いります!いるよ、わかってるよ、返しにきてくれたんでしょ!ありがと!」

あぁもう、相手は私のことを絶対に女だとは思ってない!
こんな彼の姿を京子ちゃん達が見たらどうなるだろう。
この、猫かぶってない、彼の素顔を。


私の家は、沢田家とは仲が良い。
昔からの親友同士だそうで、親のつながりからか、私も綱吉とは昔からのお友達であり、もちろん、しょっちゅうこうして顔を合わせているため、彼の交友関係や、生活環境、彼のおかれている状況まで、よく知っている。
彼の素顔を知る、数少ない人間の中のひとりが、私である。

そうそう、高校を卒業したら、私は綱吉たちと一緒にイタリアへ行く事になっている。
半ば強制に、リボーンに決められたのだが。
だから、実は、余計に困るんだ。

私は、沢田綱吉が好き。

それなのに、彼はマフィアのボスになるし、私はその部下だから、ちょっと困るんです。

まぁ、そんなことは関係なくしても綱吉が京子ちゃんではなく、私を女の子として見てくれる確率はかなり低いから、そんなのは高望みにすぎないのだけれど。

ベッドに腰掛ける綱吉を横目で見て、私はちょっとため息をついてから、コンポにMDを差し込んだ。







「おお、これ、くるりじゃん。買ったの?」

「うん、こないだ買った。」

「ねぇ、あれかけて、ワンダーフォーゲル。」




ゆるやかに時が流れる。
なんだか眠くなってきてしまった。

「ねぇツナ、こっち座っていいからそこどいて。」

「寝るの?」

「うん。」

こちらを見ながら立ち上がる綱吉。
私はそれを横目で見て、するりとベッドへもぐりこんだ。
睡魔は突然やってくるものである。
私はそれに抗う気もないまま、ふっとまぶたを閉じた。




「…コイツ、絶対俺の事男として見てないよなぁ…」

かわいらしい顔で眠る葵の頬を軽くつまむ。
ふにふにとやわらかいそれは、紛れもなく女の子の持ち得るものだった。

「我慢してるこっちの身にもなってよ。」

ねぇ、葵。


呼びかけに、返事は、ない。

ことりと寝返りを打つ彼女。
さらりと長い黒髪が、頬にかかった。
それをはらってやると、軽く身じろぎする。

彼女は美しい顔立ちをしている。
そのため、よって来る輩は多かったが、彼女は頑として誰ともつきあったことがなかった。
唯一、彼女と会話を成立させることができるのは、「幼馴染の」俺だけだった。

「幼馴染ってとこ…
ちょっと余計だよなぁ…」

まぁ、そのおかげで俺は今こうして愛しい彼女の寝顔すら見ることができるし、役得っていえば、それはそうなんだけれども。

すぅ、と寝息を立てる彼女。
唇が半分開いているのが、なんともいえないんですけど。

「…いいかな、」


そっと、彼女に近付いて、


それでも



唇は、触れることなく、離れた。












なんだかおかしな夢を見た。
綱吉が私にキスする夢なんて、

どうにかしてしまっている。




頭がぐるぐるいってる。
あんな夢見たせいだ。

眠ったのは朝だったから、起きてもまだ昼間だった。
今日は両親とも仕事でいなくて、私だけ休みだから、昼食などは自分で何とかしなくてはならない。
そこで、あることに気がついた。

「…ツナは……?」

「呼んだ?」

「わぁあ!」

呟いた瞬間、ひょっこりとドアから上半身をのぞかせる綱吉。

「…何脅いてんの?」

くすくすと笑う彼の「口元」。

「―――っ!」

あぁ、絶対今顔赤くなった。
恥ずかしい、恥ずかしい、ちょっと勘弁してください。
あんな夢見たからだ!

「ねぇ、俺のとこも母さん友達と出かけちゃっていないんだ。
どっか食べに行く?コンビニ弁当とかでもいいけど。」

「あ、うん、行く…。」

ツナが窓から沢田家へと戻り、自室の扉を閉めたことを確認してから、財布の中身を確認し、私は階段を下りていった。

外に出ると、むわっと熱い空気が押し寄せた。

「「うっわ、あつ…」」

各玄関前にて、2人の若者が、同時に声を出した。

「…ファミレス行こう、ファミレス。
これはなんでも暑すぎる…。」

「うん…」

こちらへと近付く綱吉をかすかに見上げ、私は頷いた。

真夏の昼間の太陽というのは、私達の頬を熱く照らす。
子供達の元気な声が、楽しげに響いた。
他愛のない話に花を咲かせ、だらだらと歩く。
綱吉の言う冗談に対して思わず笑ってしまった拍子に、ネックレスがちゃらりとゆれ、鎖骨のあたりに溜まったのがわかる。
髪が首筋に張り付くのは気持ちが悪いが、たまに吹く風がとても気持ち良い。
並木道にはいると、青々とした木の葉が揺れるのがわかった。
近くの公園では、子供達の声がする。
楽しそうな笑顔を見たとたん、何故だかわからないけど、頭の中にかわいらしい笑顔が浮かんだ。
たぶん、つい最近こんな感じの天気の日に京子ちゃんと遊びに行ったからだわ。
だから、私は綱吉に京子ちゃんの話題を持ちかけた。
そして、いつも学校で綱吉にやっているように、綱吉の心の中へと、土足で足を踏み入れた。



「ツナは、京子ちゃんが好きなんだよね?」




固まる綱吉の顔。

あれ、おかしい。
学校とかで、ダメツナにこの話題を出すと、真っ赤になって慌てふためくのに。
素に戻ると、こんなにも対応が違うのか。

「…ツナ?」

足を止めてしまった綱吉。少し先へと歩みを出してしまった私は、慌てて足を止めた。

「……綱吉、どうかしたの?」

ミンミンゼミが鼓膜に張り付いたように騒がしく音を奏でる。
熱気のせいで、空気が、景色が、曲がって見える。
硬いアスファルトが、なんだかふわふわと柔らかいような感じがして、気持ち悪くなった。

「つな、「無邪気な笑顔より、」

搾り出した声は、低く、かすれた声によってかき消された。


「無邪気な笑顔より、俺は、

切ない寝顔のほうが、好き。」


固まったままであった表情に、ゆるやかに、笑顔が付け加えられたみたいで、

私は思わず、息を呑んで、固まってしまった。



今までに、聞いたことのない声。
今までに、見たことのない表情。



向けられた先は

笹川京子ちゃんでもなく、

獄寺隼人でも、山本武でもなく、

三浦ハルちゃんでもなくって、

世界中のどんな子でもなくて、



私だった。











「…つ、な……?」

ふわりと微笑まれる。
見慣れたはずの、見慣れない表情。
なんとなく、不安が心をうめつくす感覚。

少し目を瞑ると、その間に、私のそばに風が通った感じがした。
開いたときには、ツナはいない。
ぱっと反射的に後ろを振り向くと、少しはなれたところで大きく手を広げる綱吉の姿。

「…何、してるの?」

眉をひそめると、彼はにっこりと笑う。

「ねぇ、選んで!」


風が、身体を包んだ。

並木道の静かな風が顔に吹きつけた。

木漏れ日が、キラキラ光る。


「ひとつ!

俺がこのままダメツナやって、

笹川京子を好きっていうことにするか!」


「え、ちょ、まって、え!?」


「ふたつ!

俺がもうダメツナやめて、

外村葵を、



好き、って」



告白、するか。





ふわりと微笑む綱吉。


後ろから吹く風に、


私は、そっと、涙を零した。








だって、何で、

いま、なんて?





「ねぇ、どっちがいい?」


遠くのほうから、声が響く。

訳もわからなく涙が出て、混乱する。

どこかへふわふわと飛んでいってしまいそうな感覚。

後ろから吹きつける風に、ブラウスがふわりと揺れた。


「そりゃあ、

京子ちゃんは可愛いし、

綱吉は京子ちゃんが、え?」


混乱している。混乱している。
嫌だわ、平衡感覚が、なくなってきてる。
ふわふわ、ふわふわ、足元が浮く。


「綱吉は素敵だし、ダメツナやめちゃったらみんなが綱吉を好きになっちゃうじゃない、それは嫌だし、でもでも、綱吉が素敵だって皆にわかってもらいたいし、学校の中でも綱吉に勉強教えてもらえれば最高だし、でも綱吉が皆の人気者になっちゃうのは嫌だし、え、え、でもでも、

でも!」


涙が溢れてきて、顔が熱くなって、心臓がいたい。


「…そんな風に思ってたの?」


少し驚いたように笑う綱吉。
それに、また顔が熱くなった。


「ねぇ、それってさ、後者を選んだって考えて、いいの?」


両手を大きく広げたまま、私に近付く綱吉。

てくてくと歩く姿は、なんだかとてもきらきらと輝いて見えた。

「あー、その、なん…」

なんだか恥ずかしくなってきて、そっと視線をそらした。
そのとたん、
ふわりと、
綱吉の香りがした。


心臓が、いたい。


ぎゅうっと抱きしめられて、


耳元で囁かれると


どうしようもない感覚に、陥る。




「やっと、だよ。」



ずっと、我慢してたんだから。




そっと、頬に添えられる指先



少しはなれた綱吉が、間近で微笑むのがわかる。



私はそっと目を閉じて




唇が、

やわらかく、ふれた。











一秒の価値を答えるのは

とても難しいと思っていたけど

今の私にとっては

とても簡単



「一秒」あれば



綱吉と、キスが出来るっていうこと。





暑い八月の並木道。

とても美しく見える景色

貴方と並んで見るだけで

こんなにも、きらめく。




のんびりとした時間が続いた。

私と綱吉は、その日以来、前よりももっと一緒にいるようになったし、私のほうから綱吉の部屋に遊びに行く事も多々あった。

あぁ、幸せ。

将来を考えても、私はリボーンに気に入られてるみたいだから、イタリアへもついていくし、離れることはない。

元、幼馴染の絆の深さ、なめんなよ。




「文具とかそろってる?」

「毎日綱吉に勉強しごかれてれば、文具きらすなんて自殺行為よ…。」

「まぁ、それもそうか。」


明日からは新学期。

今は、私の部屋で、明日の持ち物確認。
綱吉の部屋はちっちゃい子がいっぱいいるからダメなんだよねぇ。(とくにランボ)

「ねぇ、明日、一緒に行こうね?」

「―――っ!」

何年ぶりかの、

一緒に登校、ってやつ、かしら。


「う、うん!いこう!いきましょう!」

大きく頷くと、綱吉はそっと笑って、キスをした。

あぁ、まだなれない。

恥ずかしさと、嬉しさが、奇妙に入り混じっている。






ちょっとどきどきしながら登校をした。

だって、綱吉が今こうして私と、つ、つきあってるってことは、

綱吉が、ダメツナを、やめるってことだ。





「ねぇ、なんかいわれてるけど、大丈夫?」

「当たり前。こんなのでダメージくらってたら俺じゃない。」

そうはいっても…。

聞こえてくるのは、様々な悪口。

「なんでダメツナが外村と歩いてるんだ」

とか

「ダメツナはダメツナらしくおとなしくしてろよ!」

とか。

なんで私が綱吉と歩いてはいけないのかがよく分からないが、これはなんでも、ひどい。
綱吉に対して、こんなことを言うのが、何故だか、許せない。


「…ねぇ、綱吉、ダメツナ、やめちゃうんだよね…?」

「ン、そのつもり。ってことで。」


綱吉は辺りを見回す。

私と、なんだかいつもと雰囲気の違う、堂々とした綱吉が並んで歩いているのに興味を持っているらしく、大抵の人はこちらを見ているようだ。

私が綱吉に習って辺りを見回すと、急に、綱吉が言葉を放った。

「こっち向いて。」

くるり。


ちゅっ。


「―――――っ!!」


「ってワケだから、

葵にちょっかい出したら、それがてめぇの最後だと思えよ。」


わけもわからないうちに、私は綱吉にキスをされて、綱吉は全校生徒に向かって、威嚇。


し…、信じられない…。



真っ赤になる私の手を軽く引いて、綱吉と私は、昇降口へと向かった。


それからというもの、

ことあるごとに、私は友人や身知らぬ人にからかわれることが多くなり、また、羨望の眼差しでも見られた。

なぜかって?

そりゃあ、もう、だって、ねぇ?

沢田綱吉はダメツナをやめて、素のままで学校に来ている。
やわらかい雰囲気で、いつでも余裕たっぷりな彼は、勉強でも、スポーツでも、芸術面でも。
何をやらせても、素晴らしく出来が良く。
才色兼備とはこのことかしら。
彼は元々整った顔立ちをしているから、毎日のようにきゃあきゃあと騒がれているのだ。

それでも、

帰るとき、たまに一緒に帰れなくても、彼は必ず、私の部屋まで侵入しては、キスを繰り返すの。

甘い、甘い時間の流れ。


私の気持ちは 乱反射して どこへも逃げることのない 奇跡。











「何か用ですか、10代目?」

「用がなかったら呼んじゃいけないの?」

「まっさか!そんなこと、あるわけないじゃない。」


くすくすと笑いが響くのは


イタリア某所にある、某マフィア10代目ボスの執務室。



「で、ですね。そんな夢を見たのよ。」

「あったね、そんなこと。」

懐かしいなー、と、紅茶をすする彼は、やはり美しい。

「ねぇ葵?」

「なに、綱吉。」

「愛してるよ。」

「………。」

「真っ赤になっちゃった。可愛いね。」

「うるさい!


ねぇ、綱吉?」



愛してる、よ?




きっと永遠に続く楽園。


私が願うのは


どうか、このまま


私を、愛していて?






fin




41000HITthanks!まりか様へ捧ぐ、「スレツナ甘々夢」

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