たぶんきっと、あたしはこのクラスメイトとは1年間も、そのあと3年になって卒業しても、もし高校が同じになっても、一度だってしゃべらないという確信があった。
なぜなら彼の瞳にあたしがうつっていないし
あたしもそこまで彼に興味があるというわけではないから。
(たぶんあたしが笹川さんとかと仲良くなったりしたら、しゃべる事だってあるだろうけれど。)
冴えないとか、そんな噂で、ダメツナとかっていっつも言われてる彼にあたしが何故今こんなに焦点をあてているかと言うと、理由は明確だった。
並盛の事件簿そのいくつか目。
以前もダイナマイトが爆発するとか図書室が半壊してたとか、変な人が周りをうろついたり、夜中戦闘が起きてたり、日本刀をもった人が笑顔で素振りしてたりっていう、ありもしないような噂は耐える事がなかったけれど、今回はちょっと違う。
目の前で、現物がうごめく。
観察対象はあたしの斜め前にすわっていた女子生徒に向かって声をかけた。
いやらしい声で、いやらしい顔つきで、言葉を吐くのはどう見ても他中生。
いわゆる不良という奴だろう、教職員が総員で学校から追い出そうとするもの、なんせ人数がめちゃくちゃ多いのでどうにも。
だからあたし、黒曜中には入りたくなかったんだ。
良かった、並盛にして。
あぁでも、ブレザーの色はクリーム色で学ランの色は濃緑色だから、なんというか白と黒ではっきり分かれていて、ちょっと楽しいかもしれない。
そんな事を思っていると、なんということだろうか、開け放たれた窓から吹く風が頬に張り付いて、あたしがちょっと目を閉じたら、開けた瞬間に目の前にライターがあるってどういうことなんだろう。
「…あー、と……」
「てめぇら財布だしとけよ、この女の髪が燃える前にな!」
と、いわれても、何故あたしが標的になっているのかわからない。
ただ単にシャープペンシルをノートに走らせて教科書に目をやって、せっせと問題を解いておいただけだというのに。
はぁ、と、小さくため息をついて顔をしかめると、あたしの横の席に未だ座っている彼、そう、沢田綱吉の口元がちょっと笑みの形にもっていかれたから。
だからあたしは長ったらしく沢田綱吉について語っていたのだけれど。
何故この状況で笑うのかがわからなくて、彼はたぶんそんなに肝の座ったキャラじゃなかったはずだから、あたしは少なからず困惑した。
というより、熱い。
熱い、顔が。
火のついたライターがとても近くにあって、このガラの悪い人は本当にあたしの髪を燃やす気なんじゃないだろうか。
あたしは結構冷静だけれど回りはそうもいかなくて、女子生徒はきゃあきゃあと叫ぶ。
他中生はぎゃあぎゃあと、財布を出せだのなんだのとうるさくて、あたしは思わず、思いっきり顔をしかめた。
あぁ、運が悪かったわね、まさかその顔を他中生に見られるなんて。
「てめぇ、なんか文句でもあんのかコラ!」
「…いや、強いて言うなら離してほしいかなぁ、なんて…」
「、調子にのってんじゃねぇぞこの女!」
間近にライターがあって、あぁ、いまチリって音がした。
ちょっと長かった前髪がなんとなく焦げた感じがした。
ひぃっ、と、同じクラスやらなんやらの男子生徒の声がするけれど、あたしはそんな事よりこの前髪のほうが気になる。
せっかく伸ばしたのにな。
「…やめてくれません、そういうこと。お金ならあげますから。」
「っこのクソアマ、なめたこと言ってんじゃねぇぞ!」
「あたしはいたって真剣ですよ、これ以上あたしの前髪を燃やさないでください。」
そういった瞬間、長く伸ばした後ろ髪が掴まれ、一気に、首の後ろで何かが燃える音がした。
あぁ、せっかくのばしたのに!
「てめぇ、それ以上言ったら顔ごと燃やしてやるからな!?」
「顔はやめていただきたいですね、あなたみたく芸術的な顔ではありませんので。」
「こ、の…!!」
手が振り上げられて、女生徒の甲高い叫び声が聞こえて。
頬に、指が当たると思ったのに。
「はい、そこまで。」
凛と、涼やかな声が鼓膜をノックした。
にこりと微笑みながら他中生のこぶしを受け止める彼、後姿はいつもの小さくおどおどしたものじゃない気がする。
教室の外から獄寺君と山本君の声が聞こえて、あぁ、彼らは教室の外の他中生を片付けて回っていたのかしら、だとしたらとっても頼もしいんだけれど。
「…沢田…くん……。」
「あぁ、もうやんなっちゃうねぇ。黒曜には知り合いがいるからどーにでもなるかって思って見てたけどさ、女の子の髪燃やすなんて、どういう神経してんの、全く。」
はっきりとした口調で、あざけるかのように他中生に言ってのける彼。
あれ、こんなにも彼は堂々としていたかしら。
「骸は今いないんだよね。
だったらさぁ、犬と千種と、髑髏あたりに伝えておいてもいいんだよ、お前らの下っ端が他中荒らしてるってさ。」
どうなるか、わかってるよねぇ。
そう言って笑った顔は、あたしからは良く見えなかったけれど、首のあたりで半分溶け落ちてしまっている髪をなんとなく気にしながら、あたしは彼を信じられない気持ちで見つめた。
彼とはなにか交流を持つことなんて、一切ないと思っていた。
はじめての交流がこんな形で、しかもなにか、彼の雰囲気がまるきり異なっていて、これって、本当に奇跡に近いのかもしれない。
骸、犬、千種、髑髏。
たぶん固有名詞であろうその単語を聞いた瞬間、先程まであたしの髪をもてあそび、顔面に殴りかかろうとしていた他中生は顔を青くして、早足で逃げ帰った。
あたしはなんとなく許せない気持ちで、それを追って廊下に小走りして、また驚いたわ。
廊下に多数伸びる、他中生の群れ。
獄寺君がその背中を蹴り飛ばして、山本君がその顔に向かって謝っていて。
並盛最強と謳われる雲雀恭弥先輩はまた、トンファーを他中生にあびせ、この中学校でも有名な笹川さんのお兄さんは本気で殴りかかって「極限!」と叫ぶ。
あたしだって、呆然とするしかないわ。
こんな光景、はじめて見たもの。
でも、更に驚くのは、そのあとの彼らの反応。
「十代目、殲滅しましたよ、やりました!」
「殲滅って言い方もひでぇな!」
「綱吉、君も派手なことしたみたいだけど、いいわけ?」
「というより!沢田ぁ!もっと強い輩はおらんのかー!!」
多種多様の言葉の中に、気になる言葉はいくつかあって。
「お疲れさま、みんな。
このあとアイスくらいはおごるよ。
早く帰ろう。」
真後ろから聞こえる声に、あたしは身を固くした。
半分溶けた髪を気にして、なぜか知らないけれど、彼の瞳にそれがうつらないように手で覆い隠した。
けれど、その手がやわらかく掴まれるのは何故なんだろうと、思う。
「この子の髪も切りにいかなきゃならないからね。」
驚いて、勢いよく振り向いた先に、綺麗な微笑み。
あぁ、この人は、こんなにも綺麗な人だったかしら。
おどおどした様子も見れなくて、他の女子生徒だって、彼を信じられないものを見るかのような目で見ておきながら、頬を赤くする。
「外村さんの髪そんなになっちゃったの、俺らの責任でもあるからね。」
そう言って、担任に早退を告げ、彼はあたしの教材を鞄に詰めて自分の鞄と一緒に持ち上げた。
なんだろう、一切、これからも絶対に交流を持ち得ないはずの彼が、あたしの鞄を持つのは何故?
そして、あたしの背を軽く押して、廊下の他中生を避けながら進ませるのは何故?
「ねぇ外村さん、髪切ったらさ、一緒にみんなで遊ぼう。
まだ昼だしさ、退屈しちゃうといけないでしょ。」
「…あ、…の、………はい…。」
頷かざるを得ないその微笑みは、一体誰のもの?
そうして髪は長かったのに、短く、ボブにまでされてしまって、前髪はかなり短くなってしまって。
でもまぁ、これも運命なのかな、と、
風の入り込む短い髪を、そっと撫でた。
仮面の下に隠れた棘のある華、彼ってそんな人間だとは知らなかった。
数年後、あたしが海外の、しかもかなり大きな屋敷で、立派な椅子に座って仕事に追われている彼の隣で、スケジュール管理をする事になるだなんて、
今のあたしには想像もできない世界が、これからのあたしに、両手を広げて待ち構えているだなんて。
変ね、あたしの予定では、彼とは一生、一切会話をしないはずだったのに。
「外村さん、似合うねぇ。
さ、いこっか。」
そう言って、あたしの手を引いた彼にデジャヴ。
「葵、コーヒー淹れてもらっていい?」
そう言って、疲れた表情を見せる彼が、まぶたの裏で笑った。