「メールなし。着信なし。手紙なし。」




はぁ、と、いつもの日課を難なくこなしては意味ありげにため息を付いて。

窓はやわらかい光を反射して、少し開けられたそれから吹く風に、よけられたカーテンがなびいた。


あれから一年がたつ。
沢田綱吉という人がいて、あたしはその人の事が大好きで、家も近くって、彼の秘密は結構知っていて、彼の事はあたしが一番良く理解してると思ってた。

なのにあたしがイタリアに、ボンゴレにつれてかれなかったのは、たぶん、そういうことなんだろうと思う。

優しい彼の残酷な決断、神よりも重い存在感を持つ彼からの言葉は、死刑宣告よりもあたしにダメージを与えた。


なんの音沙汰もないの。

なんのしらせも。

ちゃんと寝てる、とか、ボスは大変だ、とか、生きてる、とか。



「…あたしは、……忘れられちゃったんだろうね…。」




でもあたしが彼を忘れられないのは、彼が好きだからなんだよ。











「綱吉、招待状が届いてるぞ。」


「招待状?なんの?」




開け放った窓から吹く風はなんとなく暖かくて、少し眠い。
1年前はあまり慣れなかったこの空気のにおいも、今ではすっかり馴染んでしまった。
伸ばした髪を風に泳がせ、俺はリボーンに目線をあてがう。


「誰から?同盟のパーティーはこないだ終わったろ。」


「ジャッポーネからだな。見てみろ。」


「…日本……?」




なにもいわずに、おいてきた日本。

慣れ親しんだ部屋にも、学校にも、光にも、風にも、無言で別れを遂げたあの場所。

あそこでおこった事、あそこで過ごした日々が、ずいぶんと遠くに感じる。


リボーンから受け取った紙を裏返すと、見慣れた文字が記されてあって。

見慣れた名前、見慣れた住所。

出そうと思って出さずに終わっている封筒には、この住所が記されているが、それは今目の前にある机の引き出し、一番下の奥の奥に詰め込まれている。
たぶんもう、かなりの枚数になった。
捨てられないのは、それなりの理由があるからで。




「……で?
…なんの招待状なの、これ。」


「結婚式、だそうだぞ。」







(リボーン、今度の出張先、日本行きのやつ誰に回したっけ。)

(山本だぞ。まぁ、ここの事は任せろよ、ボス?)

(そう。)









ピンクのシャープペンシルは、ちょうど2年前に彼にもらったものだ。
愛用していて、とても大切に使っているから愛着がある。
買い換えられるはずもない。

大学生というのはかなり忙しくて、勉強はもちろんのこと、自宅から通っているあたしは車の免許を一刻も早く取得するために、また勉強を重ねる。

校則なんてないに等しいから、基本的には何をしても良いし、文房具だって何を使っても良いのだから、この薄いピンク色のシャープペンシルにこだわる必要はないのだけれど、高校時代秀才だった彼にもらった物なのでなんとなくご利益がありそうだから、そこも手放せない理由のひとつとなっている。

彼は数学が得意だったな。

完全に文系だったあたしとは正反対で、でも彼は理系だといいつつ文系の科目だって難なくこなしていた。

あぁ、変だね。
中学校の時は、彼は勉強なんてなにひとつできなかったというのに。




(しょうがないのよ、だって彼は現役マフィアの10代目ボスなの。
あたしみたいな凡人とは比べ物になんかならない。)





彼はむこうでも女性にモテるんだろうか。

そんな事を考えながら、シャープペンシルを走らせた。

なんとなく、目が熱くなった。











濃いピンク色の、限りなく赤に近いネックレスがあった。

彼女が誕生日にくれたもので、その時彼女の事を馬鹿にして、ピンク色のネックレスなんて死んでも付けないなんて、軽口をたたいたのを覚えている。

それを身に付けて、まさか今、君に会いに行くなんて。












ばん、と、大きな音をたてて、家の扉は開いた。
今日は土曜日でまだ昼ごろだから、弟が学校から帰ってきたんだろうと思って、あたしはなにげなくお帰りと大きな声を出した。

ジーンズにキャミソールでパソコンをいじる。
春先の気温はなんとなく肌寒いけれど、部屋に暖房を入れているから、そんなの気にもならない。
まったく、今現在深刻化している環境問題を考慮しようともしていない。

弟の部屋はあたしの部屋の先にあって、自慢の弟は必ず部屋の扉の前に立って、声をかけるかそれを開けて笑顔でただいまと言うはずだ。
それくらいの優男に育ってしまったのは、たぶんとなりの家に住んでいた彼のせいだと思うわ。

大学2年生になってからというもの、課題が増えるだけ増えてしまったので、今の内に片付けておこうと思うのだけれど、なかなかはかどらないので弟になにか気の休まる話しでもしてもらおうと思っていたのだけれど、なぜだろう。


あたしの部屋をノックもせずに開いて

顔を上げる前に腕を掴んで

ベッドに放り投げたのは、誰?





「ちょっとあんたなに…、て、え、………え?」



「やぁ葵、1年ぶり。」




ススキ色の髪が、額にふれた。










どういうことだろう、なんの音沙汰もなくて、あたしのことなんてたぶん忘れたはずの人。


今、なんでこういう状態になっているのかがわからない。





「ねぇ、わざわざ招待状ありがとう、そういえば明日は式場に行かないといけないんだったね。
こんなことしてる場合じゃないか。
で?相手の顔くらい教えてくれるよね、幼馴染だもんな。」


「…は………」


「はいはい。とぼけなくってもいいよ、だって招待状送ってきたのお前だろ、全部しってんだよ。」



1年ぶりにあって、なんでこうもケンカ腰なんだろうか、彼は今にも噛み付きそうな勢いで話して、こちらを冷ややかな目で見下ろして。

綺麗な顔立ちはさらにすてきに仕上がってきていて、でもその綺麗な顔立ちのせいでよけいに恐ろしい。
すいません、今すぐ逃げ出したいです。


「…沢田、あんた、なに、いってんの、」


「沢田なんて随分よそよそしいね。
自分が他の男と結婚するからって、昔からの馴染みはもう無視?過去は捨てるってか。ほんとう、よくやってくれるよね。」


「け…、っちょ、綱吉。
わかったわよ、綱吉くん、ちょっと待って、どいて、結婚ってなに?」


「だからとぼけるなっていってるだろ、リボーンに聞いた、結婚するんだってな。招待状だって届いたんだよ。」



彼は子供に騙されるような人だったのか、相手があのリボーンちゃんであったとしても、まさか、そんな、そんな!





「…ちょっと、綱吉。
弟が、帰ってくるから、ドア閉めてくれない。」


「自分で閉めればいいよ。」


「閉めれないから言ってるんでしょう、綱吉、どいてよ!」


「なんでどかなきゃいけないんだよ、なに、あれか。
もう結婚相手とそーゆー関係になってるから俺みたいなのに押し倒されても鼻で笑えるってやつか。
随分と大人になったもんだねぇ、葵も。」


「そういうこといわないでくれない!
結婚なんてしないわよ、綱吉以外となんかキスだってしたくない!!」


「………は?」




正直に言っておく。
うっかりと口を滑らせてしまった。

まさかあたしが彼に対してこんな事を、こうもさらりと言えるものだとは思いもしなくて、あたしは。



「…ちょっと、お前今なんていった?
もう1回言ってみてよ。」

「うるさいわね、なんで2回も言わなきゃならないのよ、もう、…もう、綱吉なんて大嫌い!!」


「…俺、嫌いなんていわれるようなことした覚えないけど。」


「今してるじゃない、どいてっていってるでしょ、もう!」


恥ずかしさで涙がこみ上げてくる。

至近距離であたしの顔を真上から見下ろす彼の顔は、なんとなく拍子抜けたみたいに、そうね、間抜けな顔をしていたわ。

結婚なんて言う単語を思いっきり否定して、彼がようやくあたしを起き上がらせてくれるまでに、それから15分はかかった。

15分をなめてはいけない。

いまにもキス出来そうな距離で、身の危険を感じながら、たまに眉間にしわを寄せる彼に15分対峙するのには相当の勇気が必要だった。

よく頑張ったわね、あたし。

そんなことを思いながら、春にはなかなかみられないまっすぐな晴天を、窓から見上げてため息を付いた。








「なんで日本に、帰ってきたの、綱吉。」


「結婚式をぶち壊しに、なんていったらどうすんの。」


「………そう。」




落ち着いて、あたしのもってきたオレンジジュースに口を付けて、なんとなく呆けてあたしのベッドに腰掛ける彼。

目線はドアノブに固定されていて、ちょっとだけ虚ろだ。
たぶん眠いんじゃないだろうか、この人は。


「…綱吉。」


「………なんだよ。」


「…もってたの、それ。」



細い首筋からちゃらりと小さな音をたてて覗くピンク色のトップ、モチーフは王冠。
あたしが昔彼にプレゼントしたもので、その時は絶対につけない、なんていって馬鹿にしてたくせに。


「…なくすわけないだろ。お前こそ、シャーペン。」


「…使い心地いいのよね、ノートとる時にいつも使ってるわ。」



しばらくの沈黙はなんとなく気まずくて、静かで、なにもしゃべらなくて、

でも、空気がやわらかく感じるのはなぜだろう。


「…1年ぶりに、いきなり帰ってきて、いきなり怒鳴りつけられるとは、思わなかったわよ。」


「しょうがないだろ、本気でお前が結婚するんだと思ってた。」


「…ほんとに結婚するんだったら、綱吉、どうしてた?」




「なにがなんでもイタリアに引っ張っていったね。」







(そういって、綺麗に、本当に綺麗に笑って、彼はぼすんと音をたててベッドに横になる。
あぁ、なんて綺麗な人。すてきな人。)








綱吉はしばらくあたしのベッドで仮眠をとったら、自分の家に顔を出しにいった。

なによ、お母さんに顔見せる前にあたしのとこに来たって言うの、まったく、彼はそんな人だったかしら。








「…ねぇ、綱吉、帰ってきてるわよ。」


「知ってるよ、さっき会って思いっきり抱き付いてきたから。」


「…あたしの弟でありながらも随分なことをするわね、まったく。」


「姉さんの弟だから、じゃないの?」


「……ねぇ、あたしが結婚するとか言ったら、あんたどうする?」



「死んでも止めに行くよ。
相手が綱吉さんだったら泣いて拍手するけどね。」








弟は綱吉に似ている。

そんな弟が唯一認める彼だから、たぶんあたしは彼が好きなんだろうな、なんて、そんな事を思って、あたしは部屋の電気を消した。

隣の家、彼の部屋には、1年ぶりに明かりが灯った。

なんとなく、よく眠れそうな感じがした。














「…で、綱吉くん、また挨拶もなしに帰っちゃうわけね。」




翌朝、結構早起きをして彼の家のチャイムを押したけれど、出てきたのはお母様で、綱吉の姿はなかった。

一マフィアのボスはたぶん忙しいんだ、そうだよ、そうじゃなきゃやってらんないわ。

もう、ほんとうに、嵐のようにやってきて、去っていく彼。



ため息をつきながら家に戻り、部屋に入りベッドに勢いよく寝転がる。

なんとなく、彼の匂いがして、ちょっと恥ずかしくなった。



「…あぁもう。なんで、一言も、なにもいわないで…」



同時にむなしくなったのは言うまでもないわ。
そうね、ただ唯一救いとなるものが、素敵なプレゼントとしておいてあったのだけれど、あたしが机の上のそれに気づいたのはそれから2時間もあとの事。




「…また、1年後…ねぇ………」




眠るあたし、やわらかく頬にキスをするその写真、まさかこれ、弟が協力して撮ったんじゃないでしょうね。





空は腹が立つほど澄んでいて、ぬるく頬を打ち付ける風が窓から吹いた。

この輝く太陽、きらめく空、月夜の晩の頬の影。
あなたと同じものの下で、あたしはいつだって待つわ、そう、わかってるんでしょう?


シャープペンシルのモチーフが王冠だって、あたしは知っていたから、

濃淡ピンク、あなたとあたしのつながりのひとつ。


(健気だと思わない、美しき旅人よ!)







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