変わったわね、彼は。


5・6年程前、私よりも背が低くて

勉強も、運動もできなくて

顔も普通で

気が小さくて

いつもおどおどしていた彼に


こんな思いをさせられる日が来るとは、思いもしなかった。




*flinch-たじたじ-




彼に付いてイタリアにきたのは、きっと私が少なからず彼に惹かれていたからよ。

きっぱりと言える事実の裏、私はその想いを明確に把握してから早6年。

私はいまだ、彼にこの気持ちを伝える事をできないでいる。

彼はドン・ボンゴレで、私は彼の部下。
数年前までは普通に話し、笑いあっていたというのに、今はもう顔を合わせる事すら少ない。

武術が出来て、戦うセンスが良いらしい私は、リボーンに誘われるまま、
『なんとなく』ボンゴレに入り、
『なんとなく』イタリアに来て、
『なんとなく』、人を傷つける。


流されるままに今まできた人生。
後悔は、していない。


昔、学校の近くの橋から飛び下りようとした。

私は、耐えられなかった。

だって、両親に捨てられたの。


まさに飛び下りる寸前、私を引き止めたのは、沢田綱吉だった。

同じ学年の、たまたま隣りのクラスにいた彼に、助けられた。


無感情に『なにかお返しをしなくちゃ』と、そう思った。

私は彼の命を守る事を決めた。

ただの道具として、感情を作りあげて、ひそかに影で暗躍すれば良い。

そう、思っていた。


実際、そう上手くはいかなかったけれど。



私は日に日に彼を目で追うようになった。

私は彼に、初めて『恋』を教えて貰った。


大切、だから。


ずっと、大切だから、


私は、彼に想いを伝えなかった。



彼には好きな人がいたし、もしかしたら今でも好きかもしれない。

知っている?

歴史上の『綱吉』は、それは結構な女ったらしだったんだって。


綱吉は、そこまではいかないが、
ある程度の愛人は居るようだし、

出会う人全てを魅了する、天然タラシだったりしているのであって。



「ますます、伝えられないなぁ…。」


なんて。




平凡で、

なにも変わらなくて、

人生を淡々と過ごしている私の


たった一つの、


光。




私、外村葵は、悩んでおります。

あなたに会えない日が続いて、


こんなにも、苦しい。


近くに居るのに


手の、届かない、もどかしさ。





「おう、葵。」

目の前に現れたのは獄寺隼人。
相も変わらず整った顔立ち。
ただ、昔よりは随分と落ち着いた。

「なに、隼人。」

「十代目がよ、1人で部屋に来いってよ。」


目の前が、眩んだ。


「…いつ?いますぐ?」

「見つけたらすぐにつれて来いっつってたぜ。」


まさか。


まさか。


「…私、なにも、してないよ、ね?
日本に、送られちゃったりして…?」

上手く、声が出たかはわからない。

ただ、私の脳内では、最近の任務についてがぐるぐるまわる。

近頃、私、あまり任務が入ってない。

見捨て、られ…?


「まぁ、それはねーとは思うが…。」

「…?なにか、言った?」

「いや。とにかく早くいってこい」

私は、頷く事しかできない。


久しぶりに顔を合わせる。

これって嬉しい事のはずなのに

私の身体は、凍ってしまったように、固くなっていた。




扉を開け、できた隙間から身体をねじこむ。
静かに扉を閉じたはずなのに、その音がやけに大きく聞こえた。


「………なにか、…?」



久しぶりに見た。
ススキ色に、陽の光を受ける。
透き通るソレは、キラキラと美しく、儚い。

ぎしりときしむ身体。

カリカリ、ペタン。

カリカリ、ペタン。

同じリズムを刻む、規則的な音の流れ。


「…10、代目……?」

カリカリ、ペタン。

カリカリ、ペタン。

「…。10代目…?」

カリカリ、ペタン。

カリカリ、ペタン。

「……沢田、さん…?」

カリカリ、ペタン。

カリカリカリ…。

パタン…。


びくりと身体をこわばらせる。

目の前の人は、開いていたファイルを閉じ、すっと顔をあげた。


「…、どうか、しましたか。」


もっと、いいたいことがあったはずだ。
それなのに、出てくるのは、問いかけばかりの、軽い言葉。


「…10代、「葵。」


さえぎられた言葉。

久しぶりに聞いた言葉は、心なしか、随分と大人びていた。


「何故、名前で呼ばないの。」


話し方も、随分と変わった。
いや、そんなに変わらないのだろうか?
ただ、本当に落ち着いていて。
私は、軽くたしなめられた気分になる。

「…あなたは、ここの、ボスですから。」

「何故。そんなことは関係ないよ?

それと、空いている時間、なんで隼人や武に誘われても、ハルやビアンキに誘われても、誰に誘われても、
俺の部屋に、来ようとしないの?」


問いかけられ、息が詰まった。


「そ、れは…。」

「それは?」

「………っ」





しばらく、居心地の悪い静寂が部屋を漂った。
目の前には、眉を寄せて、口をぐいっと機嫌悪く曲げた彼。

随分、時間がたっただろうか。
いや、まだ、30秒もたっていないだろうか。
なにはどうであれ、私にとっては、とても長い沈黙。

はぁ…。

彼が、大きくため息をついた。
少しはなれたデスクに座っている彼は、おもむろに立ち上がる。

おもわず、後ずさりをしてしまった。

彼は、背も高くなった。
瞳は、色濃く、深くなった。
綺麗に、なった。

ゆっくりと、私に近づく。

こつりと響く靴底は、磨き上げられたフロアに薄く影を残す。

うつむいた顔に、儚く髪がかかる。


「…。

誰かに、見られている感じは?」



は?



そう思った瞬間、彼はうつむき気味にしていた顔を、すっと持ち上げた。


「君には、教えられなかった。
教えられなかったけど、言うよ。」


こちらを見据える顔に、表情はなかった。


「君宛に、何万本ものバラが、毎日門前に送られるんだ。『愛してる』っていうメッセージカードは1日に何枚も。
さすがにこれは危険だね、なんて、話してた矢先だ。」

不意に、険しい表情を作る。


「チューベローズが、送られてきた。」

いうなれば。

「…ストーカー…?」

「そうだね。

ねぇ、知ってる?

チューベローズの花言葉。」




危険な、快楽。





「…、なにも、されてない、よね?」


目の前で、ゆるやかに安堵の笑みをたたえる彼は、一体誰なんだろう。

先ほどまでの、緊迫した感覚は、なんだったのだろう。


「…は、い。」



一応、

心配してくれてたって、こと?




コトリと置かれたカップの中身。
ゆらめいた湯気を放つソレは、きっと私の好きなアップルティー。


「最近さ、君に付きまとう影が耐えなくって。
君の仕事減らして、屋敷に軽く軟禁したつもりだったんだけど、気づいてた?」

ふるふると首を横に振る。

なんだ。

そんなことが理由で、仕事が減ってたんだ。

別に、見放されたわけじゃなかったんだ。

安堵の気持ちが、口をつけたアップルティーと共にじわりと心に広がってゆく。


「葵になにかあったら、俺、絶対正気でいられる自信ないからさ。」

ははっと笑う彼は、今、なんていったの?

「安心していいよ。
今日中には、その危ないストーカーも社会的に抹消されるようにしたげるから。」

さらりととんでもないことを言うのね。

そんなことを思いながら、彼の唇をぼんやりと見つめる。

あの、やわらかそうな、形の良い薄い唇。

もし、私のソレと重なったならば、どんなに、


「…どうしたの?」


問いかけられた声によって、はっと我にかえった。


「な、なんでもない!…です。」


「そう…?

ねぇ、葵。

昔みたいに、名前で呼んでよ。

昔みたいに、笑って?

今の葵は、初めて会ったときの…

今から死のうとしていたときの君と、おんなじだ。」


真剣にこちらを見る瞳。

耐え切れない。
そらしたい。
そらせないのは、きっと、その瞳が、

やわらかく、「あの感情」を含んでいるように、見えるかららだ。

ありえない。

そんなの。


頭からその邪念を振り払おうと、目を固く閉じ、数秒後にゆっくりと開いた。
その瞬間。


「…。笑ってくれないなら、笑うまで、こうしてるからね。」


目の前には、彼の顔。

笑みをたたえたその顔。

驚いて、私は身を引こうとする。

しかし、彼の大きな手が、私の腰をしっかり固定していて、身を引くことができない。


「っ、じゅ、じゅうだいめ、顔、近いです!」

「名前で呼んでくれたら遠くしてあげなくもないけど?」

「さ、沢田君!!」

「なまえ。」

「…っ、」

耳元で、しゃべらないで。

私の肩口にそっと顔を持っていった彼。
低くなった声が、鼓膜を刺激して、頬が赤くなるのが分かる。

「どうしたの、葵?」

くつくつと笑う声が聞こえる。

ねぇ、ちょっと。

彼って、こんなにもいじめっこ体質だったかしら?

すくなくとも、私の目にはそうは映らなかったのだけど?


「…葵。」


ふぅ、と、熱い吐息を耳に吹きかけられ、ぞくりと身体がうずいた。


「…、つっ、つな…っ!」


これで、こんな羞恥心から、もう、解放、され、


「…。やっぱ、もう、無理だなぁ。

ごめんね、葵。」


そっと私の目の前に顔を戻す彼。

一瞬の間に、

私は、彼に口づけをされた。


「っ!!」

おどろくも、なにも。

彼が、私に、今、

今。



触れ合うようなキスが続く。

それだけでもう、私の脳内は、なにも考えることができないくらいに。


あぁ、今分かった。

お茶を入れてきた彼が、部屋の鍵を閉めた理由。



「…、つ、つな、あの、」

「君は、綺麗だ。」

キスの合間に、彼は口にした。


「君は、綺麗で

何人もの男が君を見ていて

何人もの男が

頭の中で

君とこんな風にしてるんだって

わかる。

でも

そんな君を

俺が今

こんな風にしてるってことが

すごい、」


すでに、真っ赤になっている私の顔をそっと見つめる彼。

ゆるやかに私の顎を持ち上げ、そっと唇を開かせていることが分かる。


「すごい、嬉しい。」


柔らかな微笑みと共に

彼は、私に

深く、深く、

口付けを落とした。



「君が、


ずっと、


好き。」




ちゅくりと響く音が恥ずかしいし

彼の気持ちが嬉しすぎて恥ずかしいし

なにもかも、羞恥心で出来上がってしまっているけど

わたしはキスの合間に

かれにそっと、

好きだということを、告げた。



告げた直後、彼は目を見開いて、驚いた顔をした。


「…。ほんとう、に?」


上がってしまった息を整えて、私は彼に頷いた。


「…、だ、だって、俺、こんなことして、このあと、君と一生口聞けないかもなんて、考え…、」

驚いた表情を、次第に笑みの形へと持っていく。


「…や、った…!
おれ、…、ほんとに?俺、」


ぎゅっと、抱きしめられた身体は、熱を帯びて、熱かった。


「愛してる。」


微笑をたたえてもう一度、


私にキスを繰り返すあなたは、

なんて綺麗なヒトなのかしら。




「っ、ふ、ぅ…っ、」

押し倒されたからだ。

深く、深くキスを繰り返す。

吸い取られた感覚。

舌が、絡んで、吸い上げられるだけで、

私の意識は、とんでしまいそう。


「つ、…、」

苦しくなって、講義を申し立てようとしても、またすぐに唇をふさがれる。

途中、なんども繰り返される愛の言葉は、

けっして、彼の口から出てくるとは、思えないような、

素晴らしく、恥ずかしい言葉で。






それから、何日もたって。


私は、彼の部屋によく立ち寄るようになった。

皆でお茶を飲んで、

皆で雑談をして、

ツナと、キスを繰り返す。


あぁ、このままだと、そう遠くないうちに身体まで彼に奪われそうだわ。

なんて。

彼って意外とキスが上手で。

いや、意外と、なんてレベルじゃなくて、半端なく上手で。

その甘いマスクと甘い声で、

私はいつだって陶酔状態で。


それも、

ずっと、ずっと前から、
私が望んでいたことなのだけれど、ね。





思わなかったの。


彼に、こんなにたじたじさせられてしまう日がくるなんて。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -