君のその存在は、いつだって俺を苛立たせた。

ダメな奴で、モテなくて、なにもかも神から見放されたような人間なんだ。ほっといてくれよ。

そう言えば言うほど、彼女は俺に引っ付いて離れない。
もう、いい加減勘弁してくれよ。

軽い気持ちで、俺は決心した。
明日から、変わろう。
別に、今まで本当に勉強や運動が出来なかったわけではない。
やろうとすれば、俺は人並みを超越する能力を発揮することができるんだ。

次の日、朝遅刻せず1人で登校し、一時間目からの授業では集中的に指されたにもかかわらず、一問一答全て完璧にこなしてみせ、転びそうになった女生徒の腰をさりげなく支えてやったりもしたものだから素晴らしい。

彼女は俺にあまり近付いてこないし、近付いてきても口を開けば文句ばかりだが、以前のように俺より目立つ華やかさで、俺を無意識に深い闇に突き落とすような真似はしなかった。

なにか不自然な心臓の動きを感じ、無性に苛ついた。


そのような日々が何日も続き、彼女はあまり俺に近寄らなくなった。

そんなある日、いつも俺の両脇にいる奴等は、1人はダイナマイトの仕入れ、1人は野球の総合体育大会なんていうものに行ってしまって、無意味に寂しげにひとりきり。

気紛れに任せ、総体のせいであまり人のいない廊下をてくてくと進み、自分の教室に入るなり、彼女を呼び寄せた。

もう放課後になる。

蒸し暑い廊下に再び出て、久しぶりに見るような彼女の赤い顔を見つめた。


「熱でもあるの?」

「…そんなんじゃないっ!」


あ、拗ねた。
なんだよ、お前変わったな。
可愛くなった。
そんなこと、口が裂けても言う気にはならないけれど、心の中では何を思ってもいいんだ。自由って素晴らしい。


「今日、みんな居ないだろ。だから一緒に帰ろう?」


一瞬驚いた顔で固まった彼女は、それはもう取れてしまうのではないかと思わせるほどに、何度も首を縦に動かした。











俺って本当に、意外と何でも出来るヤツみたいだ。

ただ、今まさに隣に居て、無言のまま俯く彼女を何故
「一緒に帰ろう」などと誘ったのかが、いまだによく解明できていない。


「…なんか、久しぶりだね」


言葉を発すると、面白いくらいに跳ね上がる彼女。
俺、君になにかしました?


「…、そ、そうだね、久しぶり………」


そしてまた、静寂が静かに波打つ。

風がぬるく頬を打ち付け、髪を軽くかき上げた。
なんなのだろうか。
今日の、午前中までには確かに感じていた、気持ちの悪い心臓の動きがやんでいる。

トクトクと静かに動くソレは、彼女をそっと見た途端、大きく波打った。
彼女の後ろ髪に、さらりと白いうなじがのぞいた。
波は大きくなるばかりで、おさまることをしらない。
甘い苦しみ。
何かがおかしい。これじゃあまるで、俺が彼女を、


「…ツナ?」


無性に苛ついた。
きっとリップクリームかなにかを塗ったのであろう彼女の唇は、キラキラと輝く。


「…なに塗ったの?」

「え?あぁ、コレ、グロス…ってわかるかな。コレね、蜂蜜の味がするんだよ。」


ふふっと綺麗に笑う彼女。
ずっとつけてたのに、今日初めて気がついたんだね、なんて言われてしまい、記憶を手繰り寄せてみると、たしかに以前、彼女の唇から甘い香りがして、今のように苛ついたことがあったかもしれなかった。








手にした缶コーヒーは冷たく、照り付ける日差しのせいでそれを故意に購入したにもかかわらず俺は小さく「不味い」と零した。

彼女はどうやらしっかりとその言葉を聞いていたようで、微かにくすっと微笑った。

トクトク揺れる心臓。
キラキラ光る唇。

近くにあったゴミ箱にスチール缶を捨て、彼女と並んで歩き出した。


「ツナって案外にぶいよね。」

「…いきなり何言い出すの?」


わらうな、わらうな。
唇はなおも輝く。


「いろんな所がにぶい」


そういった彼女に吸い寄せられるように、俺は彼女の唇に目をやった。
甘い香り。
ぺろりと舐めとると、甘い味がした。

驚愕に身を震わせる彼女。
不思議と早まる甘い苦しみ。
不思議とやんでいく、苦い痛み。

彼女の睫毛が頬に影を落とした。
柔らかく吸い付くたびに、溶けてしまいそうな彼女の唇。
そっと唇を離すと、彼女は寂しそうな表情で、顔を真っ赤に染めていた。
苛立ちが消えるのは、
あぁ、俺、彼女のことが好きなんだな、なんて。
めちゃくちゃにしてやろうか?
彼女の鳴く姿が見たい。


「葵、」



俺、君のことが好きみたい。



そういって、真っ赤に染まった彼女に微笑むと、彼女は更に赤くなった。

キスを繰り返して、君を愛してあげる。
真夏の道の真ん中で
手をとめて
続きがしたいなら、愛の巣に至ってキスをして?


苛立ちの解明は





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