「やめろよくそやろう。」

「はい言葉づかいわる―い。夜酒抜き。」

「心配しなくても今日はのまない。」

「のんでられる心境じゃないもんな。」

「誰のせ―だと思ってんだてめぇ。」

「あれ?誰だっけ?」


とぼけたように笑いながらあたしの髪を撫でる。
手つきが優しい。
(やめろよ。)

任務を言い渡されて、成功したのに殴られた。
いや、平手で軽くかすめられただけだ。でもそれがひどくイラついた。


はじまりも原因も、あたしがその任務についたことがきっかけだ。
任務はとあるマフィアのボスたらしこんで相手の持つ携帯電話をくすねることだった。

このご時世、大事なデータこそいつだって肌身はなさず持ってられる手段なんていくらでもある。
たとえば機密事項を詰め込んだマイクロSDを携帯電話の差し込み口に仕込んどく。すると業界のやつらは、それを普通に一般市民が使うSDとおんなじような価値のもんだとタカくくって見くびる。世間はそんなもんだ。
実際にはマフィア一家滅ぶくらいのアブナい情報が入ってるなんて、気がつきもしない。葉っぱを隠すには森の中。よく言ったもんだと思う。

携帯電話に仕込まれたSDに目をつけたのは言うまでもない、このススキ色の髪の男。
あたしがそれなりの忠誠を誓ってしまうような、大した男だ。それは認めよう。

例のマフィアにボンゴレの同盟ファミリーを潰そうとする連中がいた。
だからそれを食い止めるために、核になる機密事項をかっさらおうってわけだった。


一刻も早く接触したいがために、連中の開催したダンスパーティーなんかに出席することになった。
連中の頭は無類の女好きときたもんだ。
そこで駆り出されたのが、あたし。
それなりにうまく立ち回れて、任務は確実にこなし、女といってもハイリスクかつローリターン。
これほどの適材は他になかったろう。
命令をしたのはリボーンで、明らかに面白がってやがったことを知っている。
だからこそ綱吉は反対した。
でも反対されたからってはいそ―ですね、なんて言ってるようじゃあやってらんない。

そのときはまだ夜の9時で、廊下にはせわしなく仕事に走るやつらが大勢いた。
これはもう内密な調査、なんていうのじゃ済まなそうだった。
ただでさえ言葉で綱吉に噛み付いて、あまつさえ怒らせてしまったという、あ―、こんなつもりではなかったはずなんだよ。
さらりとサイドにゆるく巻いた髪を鎖骨に滑らせて部屋から出た。
黒いエナメルの高いかかとをこつりと響かせて、深くスリットをいれたワンピースドレスのすそをつまんだ。

未だにファミリーの中で、この姿でいるあたしの魅力にやられないやつはいないと自負している。
これは自惚れでも自慢でもない。事実だ。
むすっとキーを渡す綱吉は、たぶん例外。

渡されたキーを受け取ったのは雲雀恭弥だ。
恭弥がアシというと、今日のパーティーは結構な格式の高さなんだろう。
幹部がこういう任務につくときにアシを買うのは決まってまた、幹部だ。そういうときしたっぱは信用ならない。
たまにあるんだ、アシを買ったやつがスパイ、とかは。
そしてそのアシと、車のキーでパーティーのランクが決まる。
受け取ったのはリムジン。恭弥は品のあるパーティーに駆り出される。
一番上は隼人で、そこから恭弥、骸、髑髏、ランボ、あたし、武、了平と続く。
どれにしても品のないパーティーなどはない。
ただ、下にいくほど品より快活な笑顔が求められるのだ。
つまりは敵ファミリーへのけしかけではなく、潜入、査察。
正直なところ、了平がアシのときほど心休まるときはない。
やつがいると大抵うまく潜り込めるのだ。
ちなみに隼人が一番上なのは何故かというなら、やつは見栄えする上に結構な常識人であるからと、答えるより他はないだろう。

さりげなく舌打ちをしたボスにため息をつく恭弥のあとを追って、もう30分はたつ。
そろそろつくだろうという頃合いにするりと車がとまった。
紳士なエスコートを待って、シンデレラの階段をゆっくりとのぼる。
あたしが入っちまえばあとは紛れて、恭弥はまた車に戻る。いつもそうだ。
そうしたらあとはあたしの世界。


ふわりと微笑んで、グラス片手にかかとを響かせると、ほら見ろ。男なんざみんなこんなもんだ。
ほうけた顔で固まるやつらの間を縫って例のボスとやらに甘く声をかけると案の定、色を帯びた目尻で肩に手をかけた。

あたしはよく覚えてる。
野郎の右手が腹をなで、にきびに赤くなるツラににやりと笑われ、恭弥とはまったく異なるエスコートで軽くステップを踏む。
際どく撫でくる右手が、気持ち悪かった。
(耐えろ。)
微笑む唇の内側で、きしみそうになるほど強く歯を合わせた。

ダンスの体制のままなるべく目立たないような隅のほうに誘導すると、腰に手をかけた。
暑くなってきたという野郎にすり寄って、瞳を見つめながらお持ちしますわ、と言って笑うと、野郎の目尻はまた垂れ下がった。
(また案の定、野郎はなんの警戒もなく渡してきて、)
カモフラージュを過信しすぎたのだろう、そっくりそのまま、小型の連絡用機器が内ポケットに、あった。


指を伸ばした、直後だ。

腕にかけた野郎の上着ごと、強くあたしの手首をつかみ、限りなく乱雑に、唇にかみついた男。
(うっ、)

吐き気は唇からしたたる鉄の味で増長され、思わず突き放すと、にたりと笑われた。








「私の印だよ、ねぇ。」

「気持ちがわるい。」

「ほんとうに。そんなヤツにみすみす奪われちゃってさ。」

「だまれよ。任務は完了したんだ。文句ないだろ。」

「うん、ご苦労さま。でもね、俺としては文句ありありなんだけど。」


我ながら任務は完璧だ。胸くそ悪い思いをして唇に傷を負っても、公私は混同してはならない。
携帯電話のメモリーや本命のSDの中身は、いまバックアップしているはずだ。
車の中で、厳しい目つきで唇の血を拭ったアイツがパソコンと向き合う姿が想像できた。(変な心配させちまった。)


「ほんとう、いいかげんにしてくれよな。身がもたない。」

「そりゃいいや。そのままぶっ倒れちまえ。」

「ねぇ、俺怒ってるのわかるよね?」


言いながら、またさらりと髪を撫でる。
たしかに帰ってきた直後はほんのかるい平手をくらったが、それはあたしを苛立たせただけであって、この男が苛立っているような雰囲気はまるで感じられなかった。
頬をかすめた瞬間のヤツの顔は、笑っていたからだ。
そして現に髪を撫でる手つきがとんでもなく優しい。
(怒ってる様子が見えねぇよ。)


「…やめろ」

「やめない。」

「せめて着替えさせろ。」

「やだよ、じっくり見てたいんだから。」

「なにそこらへんの男みてぇなこと言ってんだ。」

「俺だってそこらへんの男だよ。ねぇ、」


消毒してあげよっか。



ふと、影が瞼に落ちて、腰掛けていたソファーが柔らかくきしんだ。
にこりと笑う顔がきれいだと思う。
頬におちる髪がくすぐったい。見上げる形に、息をのんだ。(頭が痛い。)

やさしく、やわらかく、本当に愛おしそうにみつめる琥珀の瞳に、くずれてしまいそうな感覚を覚えた。(怒ってるとか言ってたくせに、)

唇の傷がずくりと痛んだ。鈍い、痛みだ。
(そんなにやさしい目をするな。)

しゃらりと、音をたて揺れる繊細なガラスのモニュメント。

そんな形容はみてくれにしか応用されないとふんでいた。
それなのにコイツは、あたしのくだらない反論も、行動も。
この瞳は、あたしの心すらそういった形容でとらえている。
(畜生、)

こわすまいと優しくみつめるくせに、それがかえって心をこわしてしまいそうになる。
ヤツはきっと、そのことをわかっていないだろう。

(畜生。慣れてねぇんだよ。)


あたしに臆することなく近づいて限りなく甘く口付けるコイツは、たぶんそこらへんのとは違う。頭が、わりぃんだ、ダメ綱吉。


(っくそ、)






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