日に焼けて、焦げたにおいがした。
大粒の小雨がぱたぱたと頬をたたくのがわかって、そっと目を開けるとまつげにしずくが引っかかる。
リアルな雨の音に、思わずすこしだけ首をもたげる。
(葵、まだこないよなぁ。)
噴水の前で軽い雨に打たれる。うつむいた首をほんの少し横に向けて周りを見渡すと、街の人は皆軒下に駆け込むか傘をぱっと広げてる。あいにく俺には傘なんてものはないし、べつにしのぎたくなるほど強い雨じゃないからこのままでいい。
フードをぱさりとかぶって、ちょっとだけ首を上に向けると、薄い灰色の空に白い粒がさらさらと流れる。
(雪、みたいだけど、目の錯覚かな。)
マフィアに公休なんてのはないけれど、がんばって書類へのハンコ押しをした成果だ。今日は1日、終日フリー。何ヶ月かぶりのまっとうな休み。
だからほんとうに久々に、仕事以外で彼女と会おうと思ってわざわざ彼女の休みを今日にさせたってのに、この雨だ。
スーツ姿じゃなくて、それなりに悩んで決めた服を身にまとってきたってのに、まったく。
「つな!」
「あ。」
ボブっぽい頭がゆれるのを見て、ちょっと心が躍った。わー、走ってきたんだ。雨の中。傘差さないで。
「ごめん、待たせた!」
「あ、大丈夫。」
「わー優しさ!」
「なんだそれ。いこっか、風邪引くし。」
「あ、うん!」
にこりと笑った彼女はなんだか、薄暗い街の中でかすかにかがやいてみてる。気のせいだろうか。
楽しみだったんだー、なんて、弾む声も雨音をすり抜けて鼓膜をノックして、あれ、なんかくすぐったい。
いつも仕事場では「沢田さん」なんて硬い声で言う彼女も、今日ばかりは砕けた感じで名前を呼ぶ。
なんか反則だ。昔に戻ったみたいで、懐かしくなるから。
(あー、俺、すっかりこっち色にそまっちゃったんだな)
灰色の空にも、こんなふうに石畳の上を歩くのも、ふるさととは違う街並みに生きることに慣れちゃったんだ。
たぶん、それは彼女も一緒だけれど。(そうじゃなかったら、仕事場であんなにいけしゃあしゃあと沢田さん、仕事しないとお茶入れませんよなんて言えないんじゃないかねェ。)「つな、どうかした?」
「ん、なんでもないよ。さ、どこいくんだっけ?」
「春ものを購入しに!」
「はい、はい。」
笑いながら手を引く。いつもは書類を渡される恐怖の手のひらも、今日ばっかりは特別で、あったかい。
(今日ばっかりはちょっとだけ、いとおしい気持ちに浸らせて。)