「先生、」

「…」

「先生!」

「…」

「せんせい!!」

「あ、なに、外村さん?」

「もう!」



職員室、常勤教員が居座ることを義務付けられた一角に、小ぎれいなデスクがある。
ブックスタンドは薄い赤色で、並べられた英語の参考書に目が痛い。
ぼうっとした顔つきで3年生の英語の教科書を眺めていた彼は、ススキ色の髪をすこし揺らしてはっと驚いた表情になった。顔を上げたときに、ちいさくきらりと光る瞳の色が、すきだ。


「しゃんとしてくださいよ、つなよし先生!」


ごめんごめん、なんて、謝りながら笑う彼は、今日もまた一段ときれいね!




先生!
(みんなの、憧れの的!)








特編教室、なんていう、教室の半分くらいのスペースしかない部屋がある。
生徒はよく自習用に使うけれど、課外や先生との個別授業なんかに使われるのが一般的だ。
先生にはよく英語の授業をしてもらう。私は外語大に行きたいのだ。そう決めた日から、先生とこの教室には大変お世話になっている。
口数少ない職員室からの道のり。
そそくさと入り込んだ特編教室に教材をそっとおいて、窓を開けると、狭い空間に春の風が吹き込む。
あたたかくて、外は金色の世界で彩られている。(まるで先生みたい。)

「今日はどうしたの?」

「長文読解がうまくいきません!」

「文法?」

「そんなところです。」

「よっし!じゃあはじめますか。」

とたん、朗らかに、弾むようにくりだされる透き通った声。この一声に胸が弾まない日なんてなかった。
白いチョークを手に取るしぐさも、骨ばった長い指も、真剣に参考書を読む横顔も、たまにかける太陽とルビーの色をしたプラスチックフレームの眼鏡、エッジをあげる顔つきすら、全部、全部がいとおしい。
(世界で一番きれいなのは、きっと先生ですよ。)
そっと、目を細めて微笑んでから、参考書を開いた。

あたたかいそよ風の中、黒板の文字を見つめる。きれいな文字。
私はすこし小さな文字でノートに書き写す。黄色のシャープペンシルがかたかたと揺れる、机を打ち鳴らす、チョークをすべらせる。細やかな音が幾重にも重なる。(心地良い空間、)

シャープペンシルをちらりとみると、光に反射してきらりと光った。これだって、彼のいろ。
やたらと暖色が多い授業風景だ。見慣れてしまったステーショナリーだって、先生のいろに変え始めたのは1年生のときだった気がする。あのころは若かったなぁ。
重なる音が音符になって、空中に漂う。捕まえられそうな気さえして、あぁ、なんてすてきな空間!

わたし、初恋は先生だったよ。
みんな先生のことが好きだけれど、わたしだってそのなかのひとり。もしくは、たぶん、それ以上。
最初は気に入らなかった。顔立ちがきれいで、さぞかし生徒にもてるのでしょうね、なんて皮肉を言っていた。でもね、彼は先生である前に一人の人間で、一人の人間である前に先生だった。やたらどっかのお兄ちゃんっぽくて、でもちゃんと先生の顔だって持ってる。(先生、わたし先生のおかげで英語が伸びました!)

いつから意識し始めたのか、いつから本当に好きになったのか。いけないってわかってるけれど、でもこの気持ちはきっと、ほんもの。


「外村さん、わかった?」

「あーもうばっちり!たすかりました!」

「ならいいけど。」


にっこりと微笑んで、それからわたしたちはいつもの合言葉のようなものでしめるんだ。だから彼はチョークを手に取った。赤い、赤い。(ハートを書いて、まんなかに、)


「最後の問題。Love is?」

「…All!」



笑った顔は、たぶん今日の中で一番きれいだった。

愛さえあれば乗り越えられるわ、わたし、きっと大学に受かって、ちょっとばっかり頭の回転をよくしてから、またこの学校に戻ってこようと思うのです。そうしたらわたし、生徒じゃない。先生、まっていてください!

(受験だってなんだって、愛がすべて!)









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -