部屋に戻ってからいつも通りに紅茶を淹れて、手軽な菓子を用意してまっていれば、そのうちきっと彼女がこの部屋にやってくるだろう。
今日はなににしようかな。アップルティーなんていいかもしれない。冷蔵庫にはたしかベージュとこげ茶のぐるぐるクッキーなんかがあったはずだ。市松模様もあったかな。今日も喜んでくれるだろうか。

「…また、」

いつの間にか、彼女がここに来ることに慣れてしまっていた。
自分が用意した品々に囲まれて談話し、彼女がそっと微笑んでくれることに喜びを感じる。
そんな日常は、彼女にはありえなかったのに。

幼いころから彼女と一緒にいた自分。いわゆる幼馴染だった彼女。
自分の汚いところも、嘘や偽りも、作った笑顔も、悲しくもない涙すら見破ることができる貴重な存在。
心が強くて、ちょっとやそっとじゃ折れたりしないような精神を持っている。
それでもどこか繊細で、人より少しだけ涙もろい。
なによりも、かけがえのないものだ。

きっと今のこの瞬間も、本当は自分ひとりだったに違いない。
夕暮れのちょっとした楽しみなんて、本当はなかったかもしれない。彼女が自分についてきたことで、この国になじんでしまっていることで、来るべき残酷な未来は、ほんの少しでも暖かい日差しを受けたに違いない。
彼女は、自分の健やかな未来を犠牲にすることで俺に大きな救いを与えてくれたのだと、いつも思う。

それなのに、その彼女がいま、弱々しくノックした扉をそろりと押し開けて、いまにも泣きそうな顔で立っているのは何でだろう。


「…葵?」

「…つなよし、」

こういうことにはなかなか慣れない。
京子はとぼけていても強い子だ。不安な要素は自分で解決する。
ハルはすぐに泣くけれど、意志がとても強いから、解決はしなくても強くいられる。
それに対して葵は、たしかに心は強いけれど涙もろい。それなのにプライドが高いから、なかなか泣くことを許そうとしない。深く考え込んで、溝にはまりしばらく抜け出せないが、それでもいつの間にかは物事を解決する子だ。
なんだか難しい。
そんなことは昔から知っていたが、今日のように今にも泣きそうな顔でいきなりオレの前に現れるようなことはなかった。
よほど悲しい出来事があったのだと考えられる。

「…どうかした?」

「……わたし、」


どうもしない、よ。
そう途切れ途切れに言って、部屋の端、扉の前でまた深くうつむいた。
女の子がつらい姿を見せているのはなんだか心苦しい。
葵ならなおさらだ。

自分にはなにか、できることがあるだろうか。

手にしていたクッキーの箱をそっとガラスの机に置き、紅茶の香りが強くなったティーポットからこぽこぽとアップルティーをカップに注ぐ。
執務用とは別に備えた白色のソファーにぼすんと音を立て腰掛けて手を広げて、


「おいで。」


この白い世界の上で、いつかの淡い夢を見るように。
そろそろと腕の中に納まった彼女がじわりと心を暖めて、俺だけの胸で涙してくれさえすれば、それでいいと思った。




08/02/17







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