少女


「さがって、お父様!」

そのとき、その場にいる全員が動きを止めたように思う。少なくとも、ぼくは動けなかった。自分の姿形をしたイミテーションを前にして、情けないことに、気をとられてしまった。
その直後、勢いよく吹き荒れる炎によって沈黙は破られたのだった。
名前を呼ぼうとして「おかあさん」と言ってしまうというのは聞いたことがあるが、「お父様」というのは初耳だった。

声の主の【ファイア】によって窮地は免れたが、振り返ると彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。目を大きく見開き、中途半端に開かれた口は二の句を告げないでいる。
ジタンとバッツが爆笑しているのを除けば、周りは無反応か苦笑しているくらいだった。――いや、一人、無反応を装って薄く笑っている。ほとんど兜に隠れているというのに、唯一さらけ出している口元を手でおおっている彼は確実に笑っている。親友のぼくには分かる。もっとも、最近思い出したことなのだが。

「……ありがとう」
「う、る、さいっ!」

彼女のもとへ駆け寄り、助けてもらった礼を告げたが、彼女は怒鳴りながら走り去ってしまった。うるさいというのは、ぼくに対してかバッツやジタンに対してなのかはもはや知るよしもない。

「なに笑っているんだよ」
「……笑っていない」

口元にあった手を放し、腕を組み直したカインはフッと笑って言う。とんでもない矛盾だ。

「お父様だって。家族の記憶があるのかな。間違って呼んじゃうくらい似てたのかな」
「……あながち、間違いではないのかもしれんぞ」
「え?」

彼はあくまでまじめに続ける。

「ジェクトが言っていた。自分の息子がこの世界にいると。自分の知る息子の歳ではないが、とも」
「待って、待ってくれよ!」

じゃあおまえは、あの子がぼくの子どもだっていうのか!?
思わず興奮気味に食って掛かると、苦笑したカインに「まあ、まて」とたしなめられた。

「そう決まったわけではないだろう。仮定、の話だ」

それもそうだが。なんとなく釈然としないのは、目の前の親友が「楽しんでいる」ように見えるからかもしれない。はからずも「お父様」と呼ばれたぼくをからかっているのだ。
ぼくよりもちょっとだけ記憶のある彼は、「セシル・ハーヴィ」をことごとくからかう。「相変わらず寝起きが悪い」とか「悩みごとなんておまえらしくもない」とか――「ぼくらしいぼく」を知っているのは、このぼくよりもカインのほうらしい。
ふと考える。
もしかして、カインは知っているのだろうか。

「……おまえには記憶があるのか?」
「何?」
「ぼくはあの子――シルビアが、そもそも、同じ世界からきたのかすら知らないんだけど、おまえは」
「いや……」

カインは暫し考え込むように言い淀んだ。なんとなく、言葉を選んでいるようだった。

「――知らないな。ただ、あいつがそんなことを呟いていた気もするが……むしろおまえの子だとして、おまえのようなやつと結婚する女のほうが気になるな」
「ああ、それはぼくもだ」

思わず笑うと、カインも顔を綻ばせた。

やはり、あの子に悪いことをしてしまったかもしれない。彼女に対して非があったわけではないし、あの時礼を言う以外に良い対応があったとも思えないが、彼女がまたいつもと同じように笑ってくれるだろうかと、それだけが気がかりだった。
次に会ったとき謝ろう。そう言うと、親友は「おまえが悪いわけではないだろう」と呆れたように笑うのだった。



「お父様。あたし、あっちのひずみに行こうと思うのだけど」

ぼくの予想に反して、シルビアは積極的に絡んできた。
「一緒に来てよ」と誘うシルビア。行動を共にすることも以前に増して多くなったし、相変わらず 「お父様」と呼ぶ彼女は半ばやけくそなのかもしれない。


「いいよ。シルビアがいるなら百人力だ」
「ふふ、援護はまかせて」

にっと歯を見せて笑うシルビアはとてもかわいらしい。
彼女がどんな存在であれ――どのような呼び方であれ――親しんでくれているならそれでいいような気もする。
「はやく、はやく!」と急かすシルビア。 出発の準備は万全らしい。
長い髪をなびかせる「娘」に手を引かれるがまま、ぼくは風を切った。
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