指南


「【ブリザガ】!」
「──に続けて【ブリザガ】!!!」

静寂に包まれただだ広い月面の片隅に降り注いだ。凍てつく壁は魔物たちを容赦なく襲い、断末魔を聴く暇もなく辺りを一掃する。
ふう、と小さく息を吐いた男のすぐ横で、小柄な少女が満足げに頷いた。男の隣では誰でも小柄になってしまうが、その少女はとりわけ華奢で年端もいかないバロンの王女だった。先ほどから浅黒い巨漢の側をついて周り、魔物と遭遇するたびに、彼に合わせて強力な黒魔法を放つ。
月の民の血を引く彼──ゴルベーザはその巨躯に似合わず優れた魔道士だった。
月に蔓延る魔物を消し去るたびに、かつての魔人の片鱗を見せたが、無垢の象徴を後ろにつけた姿はさながら動物の親子を思わせる。レオノーラは、彼らを見るたびにトロイアのチョコボを思い出していた。
周りからの評価など意に介さず、シルビアは伯父の腰巾着となり、ゴルベーザはもはや諦めていた。この娘に何を言っても無駄なのだと。

「ねえ、伯父様。あたしトルネドが苦手なの。どうしたら伯父様のようにできる?」

しかし彼は娘の一挙一動にほとほと困り果てていた。
ついて来るのは良い。
話しかけるのもまだ良い。
だが、教えを請うのはどういうことか。
屈託のない笑顔を向けられると居た堪れなくなり、彼は視線を逸らすほかない。
まとわりつく少女を無下に扱うこともできず、抑揚を抑えた低い声色で静かに諭す。

「黒魔法なら他に聞ける者がいるだろう」
「パロム?パロムはなんかえらそうにするから嫌だわ」
「おい聞こえてるぞ」

偶然近くにいたパロムが思わず口を挟むと、シルビアは意地悪く目を細めて返した。わざと聞こえるように言ったのを隠そうともしない。
そばにいたレオノーラがくすくすと笑うのを、パロムは不機嫌そうに嗜める。
二人を横目に、シルビアはゴルベーザの太ましい腕を引いて強請った。

「あたしは伯父様に教わりたいわ」
「わたしに教えることなどない」
「なぜ?伯父様はどんな魔法も素晴らしいじゃない」
「わたしの黒魔法は我流だ」
「それが?」

真っ直ぐな視線を向けるので、一瞬言葉に詰まる。疑うということを知らない子どもの瞳だと彼は思った。

「……到底教えられるものではない。魔法は邪道で覚えてはならん」
「あら、あたし【ファイア】の次に覚えたのは【トード】だったわ。基本なんてこの際どうでもいいのよ。ね、伯父様」
「そ、そんなことはないです!」

声高らかに割って入ったのはレオノーラだった。驚いて顔を向ける二人の視線にたじろぎながらも続ける。

「ま、魔法は基礎が大事だと、パロムは言っていました!……言ってましたよね、パロム?」
「口出ししといて、自信なくすなよ……」
「そ、そんなことはありません!」
「つーか三大魔法の前に【トード】って、バロンの魔法体系どうなってんだよ」
「あたしは優秀なの!」
「……俺がゴルベーザでも、お前に教えるなんて絶対やりたくねえ」

パロムがぼやくのを聞いて、ポロムは思わず笑みをこぼす。双子である彼女は、幼いパロムが基礎練習を嫌い傲慢だった頃をよく知っていた。ミシディアの天才児と謳われた彼も、憧れを抱いてからは地道に修練を重ね、今では人に黒魔法を指南するまでになっている。彼女としては、微笑ましくも誇らしくもあった。
ふいに双子の視線を感じてポロムは唇を固く結ぶ。不服そうな顔を見せるパロムだったが、何も言い返さなかった。
シルビアはというと、言い訳をする子供のように口を尖らせる。伯父にだけ聞こえるよう、できるだけ声を潜めた。

「べつに、基本をないがしろにしているんじゃないのよ」

どうでもいい、と言ったのはシルビアではなかったか。そう思ったが、黙って耳を傾ける。

「ちゃんと基本は抑えたし、修練も積んだ。その上で伯父様にうかがっているのよ。ぜんぶを真似しようとはしてない。あたしは今、強くなりたいだけなの」

それが悪いことかしら、と訴えかける幼い娘は、きっと父親のことを考えているのだろう。澄んだベビーブルーの瞳は切なさを孕み、男に視線を向けつつもどこか遠くを見つめている。
ゴルベーザが口を閉ざしたままなので、シルビアはとうとう俯いた。腕に添えられた手は、二人を唯一繋ぎ止めるものであるかのように、頑なに離れようとしなかった。

「【トルネド】が不得意と言ったな」

ふいに発せられた伯父の言葉にシルビアは勢いよく顔を上げた。
眉を険しくさせるだけの男は、相変わらずの表情を固めたまま続ける。

「次に敵と遭遇した際に一度見せてやるが、あまり期待はするな」

そう言ったきり、ゴルベーザは再び口を噤んだ。
対して、シルビアは頬を紅潮させ飛び上がらんばかりに喜んだ。

「ほんとう!?やったあ!素敵だわ!はやく敵が出てこないかしら!」

厄介なことを言うなよ、という周囲の思いとは裏腹に、つかの間の休息は終わりを迎える。
そして二人ぶんの巨大な竜巻が月の片隅に生まれるのだった。

20200212
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