話す


目覚めてすぐ、正気を失いかけた。
なぜだか身が軽いかと思えば、身につけていた装備がまるで変わっていた。鎧がない。籠手がない。竜を象った兜がない。代わりに柔らかい布地の衣服に、頭にはターバンが巻かれている。いかにも旅人の装いだ。
辛うじて残っていた槍を除けば、自分の見ぐるみは一切変わってしまったのだ。
俺はまだ夢を見ているのだろうか?
仮眠のつもりが思いのほか熟睡してしまっていて、未だその最中にいるのではないか。
そもそも、この世界に降り立ったこと自体が夢のようではないか。
そうは思うものの、顔を合わせた仲間たちの反応に現実だと痛感せざるを得ない。
セシルとローザはともかく、他の奴らは俺だと気づきもしなかった。無理もない話ではあるが、エッジに顔を顰められた時はさすがに堪えた。
「なんでそんな格好してんだよ」の一言に、俺は「わからん」と返すほかない。
しかし、ただの一人だけ、奇妙な反応を見せる人物がいた。

「ふふ……うふふ……」

すぐ横で笑いを堪えているのはシルビアと名乗る少女だった。まだ十五にも満たない娘だが、黒魔道士としての実力には目を見張るものがあり、妙に泰然としているのだった。
この世界で出会った時にも、記憶がほとんどないというくせに、あっけらかんと世界に順応してみせた。
俺のことを知っているようだったが、俺は彼女に見覚えはない。俺どころか、セシルやローザ、エッジ、リディアに至るまで、彼女は知っていても誰も彼女を知らなかった。
しかしそれを気にする風でもなく、ごく自然に関わり、年相応のわがままを言い、強烈な黒魔法を振るう。それがシルビアだった。
俺がこの異様な風貌になっても、変わらず──どころか、これまで以上に引っ付いてくるのだ。
こうして、今岩場に並んで座っているというわけである。

「そんなにおかしいか」
「え?──いや、そういうわけじゃないの」

俺の問いに首を振り、人懐っこい笑顔を見せる。

「気を悪くさせたなら謝るわ。ほんとうに似合ってると思っているのよ。セシルとローザは笑っているけど、あたしはその格好のほうがしっくりくるもの」
「それは……」

お前の過去と関係があるのか。
そう続けようとして、口を噤む。聞いたところで、覚えていないと言うに決まっている。
故郷のことも、家族のことも、生きてきたことの全てを思い出せないという。だと言うのに、初めて会ったはずの俺の名を迷うことなく呼んだのだ。
断片的な記憶がそうさせているのか、本当は覚えているのか、俺にはわからない。
問いただす気もない。この世界において忘れているというのは意味があり、彼女が言わないとすれば理由があるのだろう。
シルビアは投げ出した足をブラブラと揺らし、離れたところにいる仲間たちを眺めている。妙に機嫌が良いようだ。

「戻れないなら仕方ないじゃない。しばらく旅人気分でいるのも悪くないと思うよ。顔がちゃんと見えて素敵って誰かが言ってたわ」
「人ごとだと思って適当なことを言うな」
「ふふ、ほら、みんなもう行くみたい。立って立って」

ふいに左手を引っ張られ、無理やり立ち上がる。
細く白い指が腕に巻かれた布を掴み、速く速くとまくしたてた。
「よせ」と腕を引き返すと、シルビアの体は難なくひるがえり、驚いたような顔を向ける。目を丸くさせたシルビアと視線が交わること暫し、ふっと笑って口を開いた。

「今確信したんだけど、カインってもうちょっと歳をとったほうがいい男になると思うわ」
「……お前の話はいつも一貫性がないな」



20200122
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