片隅


「シルビア、大丈夫?」

振り返ると、声の主はアーシュラだった。
シルビアよりも一つ年上の彼女はファブール国の王女である。大僧正ヤンの一人娘である彼女は、真紅の闘着を纏い、自らの拳で戦う。腕っ節の強さとは裏腹に礼儀正しく淑やかな娘だった。我の強いシルビアとは真逆のようで、父を尊敬し血筋を重んじるところには、意志を同じくしている。
未だ意識の戻らないセシルや仲間たちとは離れ、魔導船の片隅に一人でいるシルビアを見つけて、堪らずアーシュラは声をかけた。
しかし返ってきた言葉はそっけなく、その表情は冴えない。

「うん、まあ」
「セオドアに聞いたよ。お城を出てカインさんたちと旅を行動してたんだって。……大変だったね」
「そうかな……大変だったけど……」

煮え切らない返事をするシルビアに、アーシュラは首を傾げる。普段はハッキリとものを言い堂々としているというのに、今は覇気がまるでなかった。
無理もない。父親と国のことを思えば、王女とはいえ年端もいかない少女には相当な重圧であることは、容易に想像
がついた。
しかし、セシルのそばにいるでもなく、一人
体調が悪いのか、どこか怪我でもしたのかと案じたが、シルビアは「そうじゃない」と首を振った。

「怪我なんかしてないけど……あたし、足手まといだったし……」
「足手まとい?シルビアが?」

頷きはしないものの、シルビアは俯きがちに目をそらす。
珍しい表情だとアーシュラは思った。
両親の血を誇りに思い、自分の意志をしっかりと持つ彼女に親近感を覚えると同時に、尊敬をしていた。血筋を重さに悩む双子の弟の傍ら、彼女はいつだってバロンの王女であろうとした。
その王女が、今は、まるで叱られた幼い子どものようにしょんぼりと肩を落としている。
理由を促すように真剣に見つめると、シルビアは躊躇いながらも重く閉ざされた口を開いた。

「もっと力になれると思ったのに。崖を登るのも、砂漠を越えるのも、足を引っ張ってばかりだった。向かってくる兵士を倒すのも躊躇ってしまった。お父様を助けることだって……」
「崖……」

どうやら相当に過酷な旅だったらしい。
普段から鍛錬を受けているアーシュラやセオドアならともかく、魔法以外は一般的な少女にとって試練の連続だったことは想像に難くない。その上、祖国の異常や父親の変貌は弱った心にどれほどの負担となっただろう。アーシュラは少女の気持ちを推しはかり、心を痛める。
しかし、だからと言って足手まといだったと自嘲するのはあまりに早計だった。どんな困難にも挫けず、彼女はここまでたどり着いたのだ。それはカインやセオドアの支えがあってこそかもしれないが、彼女の持つ力だって二人の力になっていたはずだとアーシュラは思う。
すっかり意気消沈したシルビアに、今度はアーシュラが首を振った。

「セオドアや、カインさんがそんなこと言っていたの?」
「言わないよ。カインはともかく、セオドアはそんなこと言わないわ」
「カインさんだって、本当に足手まといだって思ってたらシルビアをここまで連れて来ないよ」
「そうかしら……」

これは、ずいぶん参っているのではないか。アーシュラは友人の初めて見る姿に、いよいよ戸惑う。
同時に、その場限りの優しいだけの言葉は気やすめにしかならないのだと悟った。

「……そうね。カインさんやセオドアがどう思ってるか──なんて、本当のところわからない。たとえ、シルビアが言うようだったとしても、これからみんなの助けになればいいの。シルビアは──わたしだって──そのためにここまで来たのよ。落ち込んでばかりじゃ、きっと前に進めない。でも、シルビアがつらくて、どうしても前を向けないと言うなら、わたしがシルビアの助けになる。シルビアが立ち直れるまで、きっと支えになってみせる。だから、焦らなくていいのよ」

そう言って、にっこりと微笑む。

「シルビア。セシル様はよくなる。きっとよ」

アーシュラの言葉に、シルビアは少しだけ顔を歪ませて、微笑んだ。

20190719
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