幕間


目を開けると、知らない天井があった。
起き上がろうと動いたシルビアに合わせて、目の前の透明なカバーが開く。まだぼんやりとした目をこすりながら周りを見渡すと、見慣れない壁や扉が映り、はっと息を飲んだ。
ここは、故郷の星ではないと思い出したのだ。
ゴルベーザが呼び出した巨大な宇宙船の中に、シルビアはいた。魔導船と呼ばれるその船は数多の飛空艇を凌駕するほどの大きさで、彼女の座るカプセル状のベッドのような形をしていた。床や壁がどんな素材から作られているのか、シルビアには見当もつかないが、故郷の星のものではないことは確かだった。そもそも何をエネルギーとして動いているのかすら、誰にも分からない。
唯一分かっているのは、魔導船は月へ向かっているということである。クリスタルを持って消えた少女を追って、彼らは最後の戦いの場を目指したのだった。
ベッドから這い出ると、カバーが自動的に閉まる。
一体どういう原理なのかとシルビアは不思議に思ったが、すぐに考えるのをやめた。シルビアには到底分かり得ない技術である。
静まり返った部屋を抜け出し、魔導船の中心部へ向かう。そこにはずっと会いたくて堪らなかった父親が眠っている。
長い眠りである。
オーディンの力によって気絶したセシルは、魔導船に運び込まれてからも懇々と眠り続けた。もう二度と目覚めないのではないかとすら思われたが、幾度めかのローザの呼びかけに応えたのだった。
しかし、それは彼らが望んだセシルではなかった。
かつての英雄の、あられもない姿。虚ろな目で虚空を見つめるばかりの彼に、誰もが言葉を失った。
セシルさえ無事でいれば、どんな境地も乗り越えられる──そんなことを、知らずのうちに心のどこかで思っていたのだと痛感する。
シルビアもまた絶望した。誰よりも優しく、誰よりも強い父親ならば、無事にこの窮地を脱するはずだという希望がいとも簡単に失われてしまった。
再び眠りにつくセシルを前に、ただ一言「きっと大丈夫よ」と零したのは、ローザだった。
セシルの側には、ずっとローザが付き添っていた。
眠り続けるセシルの顔を覗き込み、髪や手に優しく触れる。時おり哀しげな表情を零すものの、それはほんの一瞬で、彼女は凛としていた。
その様子を、シルビアは部屋の外から見つめる。セシルの側で泰然と待ち続ける母は、初めて見る表情をしていた。
人の気配に振り返ると、すぐそばにカインが立っていた。

「……びっくりしたわ」
「近くに行かないのか」
「あたしがそばに行って、お父様が目覚めるなら、行くけど」

目覚めないでしょ、と平然と言うのでカインは苦笑する。その表情があまりに自然なので、シルビアは訝しげに目を細めた。
名を名乗らなかったころは無表情を氷で固めたような男だったというのに。ずいぶん変わったように思うのは、その風貌だけではない。
同時に、シルビアは心にぽっかりと穴が空いたように思った。
長い付き合いではないが、短いというほどでもない。バロンを抜けてから四六時中行動を共にしてきた男の、知らない部分──竜騎士カインを、周りはさも当然のように受け入れたことが不思議でならなかった。同じ境遇であるはずのセオドアですら、彼の復活を素直に喜んでいる。
──べつに、嬉しくないわけじゃない。
一人だけ心の整理がつかない自分に、焦りを覚えているのかもしれない。シルビアはそう結論づけた。

「どうした」
「別に……何か、印象変わったなと思って」
「……ああ、まだ慣れないな。この姿は」
「そういうことじゃ──いや、そうね。ぜんぜん似合ってないと思う」

あまりに悪びれもなく言うので、カインは呆れたように笑うのだった。


20181222
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