崩壊


月日は遡り、混乱のバロン王国である。
シドとローザがエンタープライズに乗り込むのを見計り、シルビアは来た道を引き返した。目指すはひとり戦う父の元へ。何と言われようと王女は共に戦うつもりだった。
尊敬する父親を守るために。あるいは自分の意志を貫くために。
幾多の魔物や死骸を乗り越え、たどり着いたときには手遅れだった。シルビアの眼に映ったのは、地に伏したまま微動だにしない父親の姿と、見知らぬ少女、そして幻獣神バハムートである。
一瞬、迷いが生じた。一刻も早く父親のもとへ駆けつけたいシルビアだったが、本能が警鐘を鳴らす。幻獣の頂点に君臨するバハムートが、この地に降り立つことからしてただごとではなく、名も知らぬ少女に追従する様は正気とは言えない。向こう見ずに飛び出せば、とるに足りない小さな命などひとたまりもないだろう。
幻獣神を従えた少女は横たわるセシルを見下したまま、じっと動かない。その冷ややかな瞳が恐ろしく、シルビアは立ち竦んだ。

どれほどの時間が経っただろうか。おもむろに立ち上がったセシルは、かつての優しい面立ちではなく、その瞳からは生気が感じられなかった。
ふと、鋭い視線を向けられシルビアは身を竦める。見つかれば無事では済まない。彼女の心情は、不安から恐怖へと変わる。
あれはわたしの知っているお父様ではない――そう思うと、ひどく哀しくもあった。

シルビアはしばらく身を潜め、城内の様子を窺った。
かつての活気を失ったバロン城は死の臭いがただよい、虚ろな表情の兵士たちは「ご命令を」と口々に呟いては亡霊のように徘徊する。倒れていた兵士が次々に起き上がるのを見たとき、シルビアは恐怖に震えた。
見つかってはいけない。
隠れていないといけない。
しかし隙を見つけなければならない。
セシルを元に戻すための、決定的な何かをつかまなければ――絶望の募るだけの日々は、セオドアとカインが潜入するまで続く。
そのとき、シルビアはついにバロンを脱出することを決めたのだった。




シルビアの目に映ったのは、セシルに対して刃を向けるセオドアの姿である。

「剣をおさめて、父さん……!」

たどたどしい言葉で紡がれる光景は、にわかには信じがたかった。たとえ、その相手が父親の皮を被った何者かだったとしても、こんなことはあってはならない。

「父に剣をむけるか、セオドア!」

カインと対峙していたセシルは、セオドアへと向き直る。冷たい眼光にとらえられ、セオドアの身体は凍りついたように動かない。

「……だが、おまえは利口だよ、シルビア。おまえは最後まで私に刃を向けなかった」
「え?」
「窮地に陥っても逃げずに留まった……さすがは我が娘だ。……まさかカインと共に行くとは思わなかったが」
「き、気づいていたの……?」

うっすらと浮かぶ微笑にシルビアは青ざめる。彼は身を潜めるシルビアの存在に気づいていてなお、何もしなかった。始末しようと思えば、いつでもできたのだ。

「それとも私に歯向かうか、シルビア?」
「あたしは……」

目の前の王をセシルだと認めなければ、答えは簡単なのに、それだけはできない。
父親を信じたかった。彼は誰よりも強く優しく、誇り高い英雄なのだから。
ふと、シルビアの瞳に少女の姿が映る。セシルの背後に立つ緑の髪の少女は紛れもなく、魔物襲来の日、父親に接触した少女である。あれから、父親は変わり果てたのだ。

「……おまえ」

シルビアはじっと少女を見据えた。少女は乏しい表情のまま、冷たい視線を向ける。

「おまえが元凶でしょう!いい加減にして!はやく、お父様を、返しなさい!さもないと──」

シルビアは詠唱の体勢をとる。セシルの鋭い眼光がシルビアを捉えたのをセオドアは見逃さなかった。

「だめだ、姉さん、下がって……!」
「セオ――」
「姉を庇うか!見上げた心がけだ!」

叫ぶセシルが素早く踏み込み、大剣を振り上げる。セオドアは咄嗟にシルビアを突き飛ばし紙一重で王の一刀を避けた。シルビア共々地面に転がる。

「うっ、父、さん」
「どうした!この程度か!」
「……セオドア!」

倒れた二人の子どもに容赦なく斬りかかるセシルをカインが迎え撃った。続いて、ローザやシドが応戦する。ローザの詠唱によって彼らは青く目映い光に包まれ、保護魔法【プロテス】がかかる。
セシルは嘲笑った。

「本気か……ならば私も本気でいこう!」

一瞬の静寂の中に爪音が響き、次第に轟音となる。雷鳴とともに嘶く猛々しい馬上には、荘厳たる甲冑の騎士の姿があった。

「オーディン……!」




20161130
20170205 加筆修正
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