故郷


歌が聞こえた。
それは懐かしい旋律だった。記憶なんてほとんどないのに、懐かしいと感じることが無性におかしく、その歌の持ち主が気になった。歌を辿って歩いていくと、そこには見知った姿が星の光に照らされていた。

「……お父様?」

歌うことをやめたシルビアが、歌うように訊ねる。その表情はいつもよりやわらかで、ふいに訪れたぼくを歓迎するかのような笑顔。戦線から離れた彼女は、年相応の少女の顔をする。ぼくは、それがとてもすきだった。

「一人かい?珍しいな」
「そうでもないのよ。あたしだって一人がいいときくらいあるわ」
「はは。それもそうだね」

そうは言うものの、シルビアは座っていたところを少しずらし、どうぞ、という表情をする。せっかくなので彼女のとなりに腰をおろし、丘をえぐったような低い崖に並んで足をぶら下げた。

見知った姿とはいえ、シルビアのことを知ったのはついこの前のことだ。記憶を失い、この世界に呼ばれ、名前も知らない戦士たちと共にたたかう。その内のひとりが、シルビアだった。
シルビアはどうやらぼくを知っているようで、初対面のときからなつかれているような気はしていた。その上、間違って「お父様」と呼ばれたときから、ずっとそのままだ。曰く、「セシル」と呼ぶのは、どうも具合が悪いらしい。
ぼくには我が子はおろか妻の記憶すらないのに――ついでに、子どもを持つような年齢でもないはずなのに――受け入れてしまうのは、彼女の自然な愛らしさが故だろうか。
そして彼女の歌声は、ぼくと同じ世界から来たという話に、より真実味を持たせるのだった。

「でも、あまり一人でいるのはよくないよ。いつカオスの戦士がおそってくるのか、わからないんだから」
「……誰かさんにもおんなじこと言って怒られたわ」
「怒られるって、誰に?」
「もう、わかってるでしょ」
「あ。カインか」

むっつりと眉を寄せるが不機嫌な様子ではないから、カインが心配して言っているのは分かっているみたいだ。しかしシルビアが一人だったら、カインやぼくでなくともそう言ってしまうだろう。シルビアは、なんだか、守ってあげなければならない気持ちにさせる。

「そうやって二人とも、あたしのこと子ども扱いするんだわ」

ぼくらの気持ちとはうらはらに、シルビアはため息をつく。
子どもだろ、とカインなら言うところだが――

「大切だからだよ」
「お父様は優しいのね。カインだったら子どもだってばかにするところだもの」

さすが我が娘。くすくすと悪びれもなく笑うので、つられて笑った。
それからしばらく会話を交わしたあと、シルビアは口を閉ざして遠くを見つめた。その横顔が、ふいに微かな記憶を呼び起こさせる。大切なのに、思い出そうとすると切なくなる記憶。それが何なのか分からない。
ぼんやりと地平線を眺めていると、透き通った歌声がふたたび美しい旋律を奏ではじめる。今度ははっきりと聞き取れた。


一番星またたけば
竜がおどる リラ リラ
青い月がよりそって
うたいましょう リラリ リラ ルラ

光の涙ながれたら
街のむすめ ルラ ルラ
今夜だけは 宙にだかれて
おどりましょう リラリ リラ ルラ……


ふ、と歌が途切れた。何かと思い隣を見ると、シルビアは目を丸くさせてぼくを見ている。

「……どうして泣いているの?」

言われてやっと気づいた。いつのまにか自分の目から涙が流れていることに。

「さっきも歌っていた……故郷の歌なのかな……ずいぶん昔に聞いたことがある気がするんだ。ぼくもどうしてなのか分からない……けれど、少し寂しいような気持ちになって……」

シルビアは、何も言わずにじっとぼくを見る。

「でも、決して悲しくはないよ。きみが歌っているのを聞けて、とてもうれしいんだ」
「……へんなお父様。うれしいのに泣くなんて」
「おかしいことじゃないよ。うれしかったら泣くものさ」
「そうかしら」
「そうさ。もっと大人になったら、分かるよ」
「ああ、ほら、やっぱり子ども扱いして!」

しまった、と思ったけど、言ってしまった言葉は取り消せない。
シルビアは、そっぽを向いてしまったが、ため息まじりに「でも」と言葉を繋げる。

「……なんでお父様なのか、分かったような気がするわ」

彼女の言うことは時々よく分からないのだけど、シルビアは納得したようにまた笑った。



20161123
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