奇襲


「ぎゃ」と短い悲鳴が聞こえてセオドアが振り返ると、そこにシルビアはいなかった。

「上だ!」

男の声が上がる。
咄嗟に見上げると、シルビアは宙に浮いていた。胴体には長い触手が巻きついている。

「姉さん!」
「なに……これ……!」

飛沫が上がり、複数の触手が彼らを取り囲んだ。水面から覗かせた巨大な目玉がぎょろりとセオドアを捉える。一瞬、息を飲む。

「セオドア!」

呼び掛けにはっとして、セオドアは後方に大きく飛び退いた。直後に触手が降りかかり、水柱が立つ。
すかさず男が斬りかかる。彼の曲刀は間違いなく猛々しい触手を捉えたはずが、致命傷には今一歩至らない。
セオドアも剣を抜き、男の後に続く。シルビアを助けに行きたかったが、触手の猛攻が彼らを阻んだ。

「舐めんじゃないわ!――地の砂に眠りし火の力目覚め 緑なめる赤き舌となれ!……」

【ファイラ】に焼かれた触手は悶え、少女を放り投げるように離した。水上に落下したシルビアめがけて襲いかかる触手を、男が寸でのところで仕留める。ちょうど焼けただれたところに刃が通ったのだった。

「大丈夫か。休んでいる暇はないぞ。走れ!」

その声を皮切りに、二人は彼の背を追い走った。魔物の死角へ回り込み、離れた岩影に身を潜める。

「出口の前に、あんな魔物がいるなんて……。あの触手、厄介だな……」
「けど魔法が効くなら、こっちのものよ」
「そう単純ではないようだぞ」
「え?」
「見ろ」

岩影から顔を覗かせると、セオドアとシルビアは男の指差したほうに目を向けた。

「あれって……」
「さっき、あなたが斬ったはずでは!?」

彼らが見たのは、斬られた先から再生していく触手だった。しばらく鈍い動きをしていたが、僅かな時間で元の形状に戻るようであることが分かる。
幼い二人は息を飲んだ。
あの恐ろしい魔物を乗り越えなければ、この洞窟を抜けることはできない。しかし、何本もの強靭な触手が行く手を阻み、攻撃の隙すら与えてくれないのである。

「……どんな魔物にも攻略の糸口はある」

二人の不安を解くように、彼は言う。

「よく見ろ。触手に囲まれてわかりづらいが、頭部は殆ど動いていないだろう。それに、周りの4本の触手は頭部を守るようにして固まっている。警戒しているんだ。触手の数は、今出ているやつが全てと見て間違いないだろう。つまり、あの8本をいなして頭部を狙えば勝機はある」
「頭なら、再生しないということですか?」
「そうだ」
「……でも、あれを乗り越えるのは難しいのでは」
「そうだ。だからお前だ。シルビア」
「んえっ」

突然名を呼ばれ、シルビアはすっとんきょうな声を返した。

「おまえの黒魔法ならここからでも届くだろう。おまえは本体を狙え。そしてセオドア、俺とおまえは囮だ」
「囮……」
「奴は知能はさほど高くない。俺たちに意識を向けて引き付ける。間違ってもシルビアのほうへ向かわせるな。できるか」
「……はい!」

真っ直ぐな眼差しを向けられ、セオドアは身の引き締まる思いで返事をした。
「行くぞ」という声を合図に、二人は岩影から飛び出た。その一瞬、男が振り返りシルビアと目を合わせた。かちりと合った目線に、シルビアの心臓はどきりと脈打つ。「任せたぞ」と、彼が決して言わないような声を聞いた気がして、ぐっと拳を握りしめた。

彼の言った通り、セオドアと二人で魔物の気を引き付けている間にシルビアは黒魔法を放ち続けた。その度に魔物は悶え鳴き、触手の動きを荒らげる。
何度目か分からない【ファイラ】を放ったとき、魔物の動きが鈍った。触手の襲撃を耐え抜いた二人はその瞬間を見逃さなかった。

「一気に決めるぞ!セオドア!」
「はい!」

セオドアと男は激しく飛沫を上げ、魔物に斬りかかる。急所を突かれた魔物の断末魔が響き渡り、水底へ沈んでいく。
こうして、洞窟は元の静寂を取り戻したのだった。

「ここまで魔物が凶暴化するとは……やはり……」

水流をせき止めるようにして横たわる屍を前に男が呟き、その様子を幼い二人は不安げに見つめた。視線に気づいた男は「行こう」と優しく囁き、その場を後にした。




20160915
詠唱は、FFTより引用しました。
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