小娘


声が聞こえる。
それは我が名である。
しかし、何と言っているかは分からない。声はとても近いところから聞こえるというのに、なぜだかくぐもってはっきりとしない。聞き取ろうとすると、かすかに外の気配を感じた。
私は閉じ込められているのだ。深い闇が私を包み、放さない。
声は一層強く響く。たが、聞こえない。
ちゃんと聞きたい。
己が名を、己が為に。
全神経を集中させる。魔力が高まり、髪は逆立つ。
ようやく聞き取れた、その名――

――我が名は、バルバリシア。

突如、闇に亀裂が入り風が入り込む。これは私の風だ。私の纏う風。
外気が肌に触れ、私の身体が解放されていくのが分かる。手足を伸ばすと風が呼応するように流れた。
辺りを覆っていた闇は消え去り、明るい日の下にただ一人、小娘が立っている。娘は阿呆面で私を見上げる。此奴が私を呼んだというのか。

「ほっほっほほほ……この私を呼んだのはおまえか」
「え?……ええ、そうよ。あなた、バルバリシアね」

さらに間抜け面を浮かべた娘は、再び名を呼ぶ。間違いなく、先ほどの呼び声である。
しかし、なんと心地のわるいことか。このような小娘に呼ばれて易々と出てくるなど、このバルバリシア、不覚であった。

「なれなれしく呼ぶでない。きさまのせいで、眠りが妨げられた」
「なあに、こんなちっちゃな石の中に閉じ込められて、満足してるというの?ゴルベーザ四天王の一人が、聞いて呆れるわね!」

なんだと?

「娘、ゴルベーザさまを知っているのか」
「知ってるも何も、仲良しだもの」

娘はにいと笑い、呆けた顔を一層崩した。
ゴルベーザさまを知っているというが、私はこの娘を知らない。はったりか――そうでなくても、ゴルベーザさまを利用するなんて、なかなか肝が据わっているようではある。
辺りを見回すと、見覚えのない平原が広がっている。
恐らく、ここは以前いた世界ではない。しかし、なぜこの世界にいて石の中に閉じ込められていたのかは検討もつかなかった。
ゴルベーザさまがいるというなら、何か知っておられるだろうか。
娘はわざとらしく咳払いをした。偉そうに腕を組み、言う。

「……まあ、そんなことはいいの。バルバリシア、あなたの力を貸して」
「私がお前に従う道理がどこにある?今ここでお前を八つ裂きにしても良いのだぞ」
「それは困るわ!あなたを倒さなくちゃならないでしょう!」

なんと、身のほどを知らぬ娘だろうか!

「ほっほっほほほ!このバルバリシアを倒すだと?小娘が、大層な自信ではないか!」

辺りを見回すが、娘のほかに人影は見当たらない。近くに仲間がいるわけではないようである。たった一人で、このバルバリシアと対等でいるつもりらしい。
あからさまに不機嫌そうな表情がそれを物語っている。
この娘、ただの命知らずか、それとも――。

「では問おう。我が力を得て、おまえは何を成す?」
「あたしを小馬鹿にするカオスのくそったれ共に目にもの見せてやるわ。それと――」

一呼吸置いて、娘は言う。

「このふざけた世界をブッ壊してやるの」

ぎらぎらに野心に満ちた瞳。実に良い。
このような表情をする者は好きだ。人間と言えど、何をしでかすかわからない危うさを孕んでいる。

「あなただって、閉じ籠っているより、あたしといたほうがずっとおもしろいと思うわ」

多少鼻につく傲慢で自信過剰な態度も、こうなってくるとおもしろいものだ 。知らぬ世界の、知らぬ娘で楽しむのもまた一興か。

「……よかろう。少しなら面倒をみてやってもいい」
「やったあ!」

大袈裟に喜び、再び元の間抜け面を浮かべる。そして、「よろしくね」とはにかむ姿は、やはりただの小娘なのだった。




20160321
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