蒼穹


真上に昇る太陽を背に、巨大な翼を広げたズーが飛んだ。
ギャアギャアと喚くその遥か下に、三人の人影がある。およそ人の足場ではない、断崖であった。
爪も皮膚もぼろぼろになった指で、突出した岩壁を確かに掴む。体重を支えるには心もとない岩ばかりが命を繋いでいた。
ジリジリと照りつける太陽が容赦なく肌を焦がし、額からは汗が吹き出るのを感じる。拭いきれずにいると、頬、顎へと伝いやがて落ちていった。
煩わしい。しかし、雨が降っていては登ることなどできなかっただろう。今は地獄のような快晴に生かされているのだった。
シルビアが顔をあげると、すぐ近くにセオドア、少し進んだところに男の姿が見えた。おそらく、この距離はひらいていくばかりなのだろう。そう思って、彼女は唇を噛む。セオドアのほうがずっと重い装備を纏っているというのに。
せめて足手まといにはなるまいと、がむしゃらに登る。痛む腕を必死に伸ばして、重くなっていく身体に鞭を打った。
諦めたらそれまで。落ちて終わりなのだと、自分に言い聞かせる。


シルビアの瞳に青空が映った。
登りきるまで僅か数十センチと迫っているというのに、彼女の腕は上げられないでいる。
あと数回手をかければいい。しかし、それができない。両腕に力が入らない。額に滲んだ汗が眼に染みる。煩わしい。諦めてはいけないと分かっているのに、こんなこと止めてしまいたいと思っている自分に苛立った。
随分前に登りきっていた男が手を差しのべるのを見て、シルビアはやはり苦い顔を浮かべた。
ここで手を借りるのは、嫌だった。さんざんわがままを言ってついてきたというのに、結局自力で登りきることすらできないなんて。そう思うと無性に悔しい。

「届くか」

痺れを切らしたのか、男が問いかける。
しばらく渋っていたシルビアだったが、意を決して男の手を取った。シルビアの身体は難なく引き上げられ 、久々の地面を踏み締めた。頂上はまだ先だというのに、疲労感が身体を侵食している。

「……少し休んだら、行くぞ」
「いえ、……ううん。そうね……」

否定しかけた言葉を、すんでのところで飲み込む。
意地を張っている場合ではないのだ。
固い地面に膝をついて、呼吸を整える。そばにいるセオドアの様子をうかがうと、彼もまた、疲労の色を隠せないでいた。
男の言葉は、気遣いや思いやりなどではないのだろう。少しでも効率的に進むための助言をしているに過ぎない。幼い王女は、そう思った。彼にとって、自分たちは足手まといでしかないのだから。





やがて、上空を舞うズーが標的を定めた。
補食対象となった三人の人間を目指して、落下するように滑空する。
ギャア、という咆哮に男が先頭体制をとった直後、青空に鋭い雷公が走った。雷鳴も、稲光も一瞬だったが、雷撃はたしかに大鳥を撃ち抜いた。

「……行くぞ」

気の立っていた少女を横目に、男が溜め息混じりに呟いた。




20150505
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