DcM-005
生まれた頃から、ずっと一人だったかもしれない。いや、一人でいなくてはならなかった。
「今日も頼んだぞ」 白衣を着た男は、薄暗い地下室でたたずむ女に話しかける。それは、体をちいさくうずめて顔は見えないが、眠ってはいなかった。男は女のその態度が気に入らない。少し歩み寄って、彼女の長い黒髪を強引に掴みあげると、ようやく力の無い瞳が合わさった。
女はこの男が強がりを見せる小心者に思えてしょうがない。今も声を荒げて激昂しているのだが、語尾は震え、汗をかいて、瞳には不思議と悲しみが混じっていた。女は、こんな男を哀れと思って慈愛すら芽生えるのだ。彼は恐れている。あの家に生まれながら、汚れる仕事など出来ないと、なすべきことを忌み子に託した。片血が流れる女こそ向いているのだと思い込んでいた。 「お前が悪いんだ。存在するからいけないんだ。お前がやるんだ・・・やるんだ・・・」 うわ言のように呟いて、何度も何度も言い聞かせたら、何かを振り切るように、女の頭を床へうちつけた。
男は光差す階段を一段、一段、ゆっくり登っていく。女の眼にも入ったその白い光は男と共に消えてしまった。眼球には黒がじわりと広がって、闇があたりを支配したのだということが痛いくらいにわかる。 「朝が来たのね」 底深く、窓一つ無い地下の生活の目覚ましはあまりにヒステリックであった。ぐいと一つ伸びをして、女は立ち上がる。
自分が人に知られてはいけない人間と自覚したのは随分と前のことであった。ここに閉じ込められて、まともに学校も通えなかった。たまに来る求道女だけが外界の繋がりで、 また信じるものを刻み込む因果だったのだ。日もわからぬ午後三時、求道女は光と笑みを湛えてやってくる。間違いを犯した父の、せめてもの償いなのだろうか。
「名無し、あいつが全て背負えばいいんだ、業も、罪も」
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