DcM2491




 白昼に暗雲が立ち込めている。山奥に閉ざされたようなこの村は、独特な閉塞感と奇妙な違和感のある場所であった。比良境にある、村の規模に似つかわしくない真新しい病棟には今日も百に近い負傷兵が運ばれていく。砂埃と、血液。そしてすえた臭いと阿鼻叫喚に包まれたそこは、混沌と絶望を混ぜ合わせた本能的な恐怖を思わせる場所であった。所々に残る引っ掻き傷は、老いも若きも関係なく兵士が自らの苦痛を和らげるためにつけられた痛みの具現である。それは、ささくれて血の滲んでいる木の壁だけではなくて、窓ガラスにまで及んでいた。遠い景色をうつすためのものは白くかすんで、今はいくつもの放物線を並べているだけだ。

 兵士の顔には薄汚れた不潔な包帯を何重も巻かれ、息も満足に出来ず視界は暗闇に覆われている。だが、膝から赤黒い肉と黄ばんだ白の骨の断面がむき出しになったそこは、手当てもなにもないまま放置されているようだった。ただ、白衣を着た男だけが傍に佇んで、呻く兵士を見ては、にやりと口角を上げている。
「苦しいのか?」
そう呟くと、傍に医者がいることに気付いた兵士がわめきたてる。そんなことをしても、この男には通じなかった。肺、ひいては自分が疲れるばかりでちっとも利口な判断ではない。痛みも苦しみも、まぎれるわけがないのに。淀んだ瞳を兵士の瞳にあたる部分に留めてみる。その少し下で、灰色の綿の塊が奇怪に蠢いていた。情けない様子につい笑みが零れてしまう。
「ああ、治して欲しいのか・・・信じるものはお前達に死ねと言っているのにな」
抑えきれない笑みがつい声にも表れる。しかし、兵士には十分この愉快さが伝わったらしく、やがて屍のように動かなくなってしまった。いくらでも反撃の余地はあるだろう、隙を残してやったというのに。浅く荒い息遣いが極小さな繊維の穴を通り抜ける耳障りな音になって、男の愉快な気持ちはあっという間に取り払われた。不機嫌で投げやりな気持ちは、兵士の露出したグロテスクな傷口を少し指で抉ることでほんの少しだけ緩む。

「うう・・・もう、聞きたくない」
 まもなく暑くなろうかという日。肌には汗が滲んで、黒に染まった空の寂しさだけが安らかな虚無を運ぶ。土砂降りが怨恨を掻き消して、しかし、消えることのない哀しみが胸を劈くのだった。






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