前も言ったが、人間が三人程こちらに向かっているのは分かっていた。また、その三人が私の後方十メートルぐらいに到着したのも。
だが、タイミングがあまり宜しくなかった。私が吸血鬼を刺した直後だったのだ。もう少し詳しく言えば、再び起き上がるかと警戒しながら振り返った直後。そして彼らが動いたのが、私が不死身じゃないのかと気を緩めたほんの一瞬の隙だ。人間にしちゃあ早いなと首に当てられた刀の先を視界に捉えて感心しつつ、三人をチラリと見た。
後ろのお兄さんは見えないが、前から警戒心全開で刀を此方に向けているのはポニーテールの少年。人間と吸血鬼の死体を調べているのはセミロングの髪をハーフアップにしているお兄さん。そのセミロングのお兄さんが、死体から目を上げると私の方を見て意味深に笑った。
「コレ、全部君がやったの?」
人間が同じ人間をコレと言うのか、とくだらないことを頭によぎらせながら、まさかと返す。
「私が殺ったのはお前が今羽織を脱がせている奴だけだ。それ以外の人間は私が着いた時には既に、」
「死んでいた」
「…そうだ」
「ふーん。じゃあさ、君…
"見た"の?」
何を、なんて聞き返す余地はなかった。どうやらこの質問に対する答えは純粋なる怪訝な反応だったらしい。だから、あのことか?なんて表情に過ぎらせた私は不合格なワケで。急に跳ね上がった三人の殺気と向かって来た刀を見て、自分の失態を知る。取り敢えず、後ろのお兄さんの刀を左の人差し指で抑え、正面から突き出された刀を同じく左の足で止める。それに目を見開いて驚いた二人の死角から真っ直ぐに私の心臓を狙った三人目の刀を、少年の刀に掛けた足はそのままに、右足で地面を軽く蹴って跳ね上がって避けると、その三人目ーセミロングのお兄さんの後ろへ着地した。
大抵、人間は自分の理解を超える動きを見ると、思考と共に動きも止まる。その隙に逃げれば良いと思っていたのだが、この人間共は少し普通じゃなかったらしい。
「終わり、なワケ…ないでしょっ!」
特にこのセミロングのお兄さんは。そう言って繰り出された剣は最初の勢いより劣るどころか、それより速く逆にコッチが驚いたぐらいだった。
「わ。元気だねぇ」
「当然。なんなら朝まで寝かせないケド?」
「あはは。年寄りには辛いな」
「!!」
驚かされて黙ってスルー出来る質でもないので、彼が死なない程度にそっくり、でもより速く同じ技を返してやった。目を一杯に見開いていたので驚いていたのだろうが、髪の毛を掠める程度で交わされた。
「よう、避けはったなぁ。お姉さん結構頑張ったんだけど」
「君もね。まさか女の子に僕の剣が避けられるとは思ってなかったよ」
そりゃあ、死神だからね。見た目と中身は大分違う。と、言っても通じるワケもないのでニッコリと笑いを返しておいた。今私達二人の間は刀二本分の距離しかない。お互いに刀を前に出しているので良く分かる。それと他の二人だが、少年の方はセミロングお兄さんの後方で刀を構えているのに対し、左利きお兄さんは刀が鞘の中だ。但し、その柄には左手が添えられているが。
「…居合い、か」
「良く分かったね。ちなみに、一君の居合は達人級なんだよ」
「抜き身も見せないぐらい」
「うん。だから、ちゃんと死を実感して死にたいなら今のうちってこと」
「…私が死ぬこと前提、か」
「あれ?君、死ぬつもりないの?」
「…あると思ってるのか。心外だ」
「僕達三人に女の子一人で挑もうなんて、自殺超願望者にしか思えないんだけど」
「……その言葉そっくり返えそうか」
「嘘でしょ」
最初からこの三人には何処か違和感を覚えていた。同じ羽織を着ていたことから恐らく仲間だと思われる奴を私は殺した。だが、それに対して彼らは怒る様子も見られなかったからだ。最初、首に刀を当てられたときは仲間の無念を晴らすべく、かと思っていたのだがそんな雰囲気は一切なく、セミロングに至ってはコレ呼ばわり。ああ、組織の反逆者なのか。なんて思って納得出来たのは僅かの間。それから二分後には、新たな疑問が浮かび上がった。セミロングの見たか見ないか質問、と私に仕掛けて来たあの容赦ない攻撃によって。あれは牽制や動きを止めようなんて可愛いもんじゃなかった。間違いなく命をとりに来ていた。
何故こんなにも隠すことに必死になるのか。そんなの簡単だ。あの吸血鬼もどきを組織外の人間に見られたら困るのだ。だからこそ彼らは情報を漏らさないようにアレだのソレだの言っていたワケだが、残念ながら推察するには充分過ぎる程の情報を私に与えてしまった。
「……一般人が"見た"ら抹殺されるの、か」
三人の目が落ちる程開かれた。
どうやら私の考えは間違っていないらしい。
「図星、みたいだね」
「無言が肯定なんて誰が決めたの?僕達は君が突拍子もないことを言うから驚いてるだけだよ」
「じゃあ、なんで私は死ななきゃいけないんスかねぇ」
「そんなの君が僕らの仲間を殺したからに決まってるでしょ。なに言ってんの?」
「笑わせないでくれるかな」
「ふざけたつもりは更々ないよ。とにかく、君は…」
「じゃあ、何故羽織を脱がした?」
「この羽織は僕らの…」
「それと何故、腕の立つ三人が固まって移動してる?街の巡回なら充分一人でいける腕でしょうに」
「…そんなの君に教える必要なんてない」
「それに…"アレ"は人体実験か?」
こりゃ来るな。いや、語弊があった。こうなるように言葉を誘導したのは私なのだから、予想通りだな、が正しいのか。殺気を痛い程に飛ばして来るセミロングのお兄さんの凍てつくような視線に刺されながら私も気合いを入れ直す。
が。
「総司!!」
突然叫んだ左利きのお兄さんの声によって止められてしまった。私はただ驚いているだけなのだが、セミロングのお兄さんー総司さんは明らかに不機嫌そうな声を漏らした。ていうかあんな大声出せるんですね、お兄さん。お母さんびっくりよ。
「…なに、一君」
「捕らえろ」
「殺すなってこと?なんで?」
「副長の指示を仰ぐ」
「土方さんの指示を貰うまでもないでしょ。僕が斬れば終わるよ」
「だからその斬るか否かを尋ねるのだ」
左利きのお兄さんの名前は一と言うらしい。うちの三番隊の斎藤終とは真逆の名前だ。なんてのはどうでも良くて。私の耳がおかしくなければ今、物凄く引っ掛かる名前と役職名を聞いたと思う。
副長と土方、だ。
この世は広い。少なくとも尸魂界よりは。だから、似たような組織があっても不思議はないと思っていたが、役職名と名前が一致していると些か引っ掛かる。実は、吸血鬼もどき騒ぎに巻き込まれる直前に一つのあり得ない予測を立てていた。だからもしこれで、沖田総悟とか山崎退なんて名前が出てきたら私は本気で自分の推測を信じなければならなくなる。だがそれだけは勘弁して貰いたい。何故かって、そうしたら私は"帰り方が分からないから"だ。そう思って思わず一筋の汗が私の額を伝った時、唐突に私の視界が大きく歪んだ。
「……あれ」
咄嗟に斬魄刀を地面に刺して持ち堪えたが、この眩暈は異常だ。しかもなんの前触れもなく突然に。だが、以前どっかで経験したことのある感じでもある。
「…動くな」
前の記憶を漁りながらどうにか立っていると不意に後ろから刃物のようなものを突き付けられた。前の三人は誰も動いていない。見える限り表情も変わっていない。となると、こいつは別の、しかもあいつらの仲間である可能性が高い。そして、"コレ"もこいつが仕組んだのだろう。
「…何を、"撒いた"?」
「案ずるな。ただの睡眠薬だ。死にはしない」
ただの、だって?ふざけるな。意識の持ってかれ方が半端ないぞ。だが、そんな反論も口が上手く動かない限りは出来る筈もなく。薬を撒く、というまるで尸魂界の隠密機動のような方法に酷く古臭いなと感じながら、私の意識はそこで途絶えた。
そして。次に目を開けた時には気持ち悪い程に顔の整った男が私の視界にあった。
「…てめぇ、何処の藩だ?」
私が体を起こすなり、隊服の胸倉を掴み上げて射殺せそうな目で聞いて来る男の声に、私は耳を塞ぎたくなった。
その声やめてくれ。
(喜助のこんな声、聞いたことないけどね)
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