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名前さんが血だらけで帰って来た。
昼間、浪士の集団に会った私達は三つに別れて私と名前さんは屯所へ戻った。だけど、彼女は屯所の庭へ降り立つと土方さんの部屋には行かず、再び外へと出てしまった。勿論、止めた。危険だと分かっている場所にはいどうぞと行かせるはずが無い。しかもいくら名前さんが手練れだとしても女性だ。数日前の怪我も完治していない。なのに私の訴えは一切聞き入れて貰えず、あの恐ろしく早い移動方法で消えてしまった。
そして一刻後。
左之助さんにおぶわれて戻って来た名前さんを見て思わず息を飲んだ。


『千鶴、落ち着け。死んじゃいねぇよ』

『で、でも、腕と足が…』

『寝てるだけ。なんか疲れちゃったんだってさ』


人騒がせだよね、ホント。隣にいる沖田さんが名前さんのほっぺを突つく様子に漸く二人の言ってることが本当なんだと納得出来た。確かに出血しているせいか顔色は悪く、腕と足の斬り傷は痛々しいが、呼吸は規則正しい。それにきちんと止血がしてある。一先ず彼女の治療をしないとと思い私準備して来ますと言うと、原田さんが頼むと頷いた。


「……誰、なんだろ」


偶々いた山崎さんに治療道具を頼み、お湯を桶に入れて名前さんの部屋へ行くと困ったような顔をした原田さんがいて。どうしたのかと聞けばこのまま寝かせると布団が汚れちまうんじゃねぇかと言う。確かにそうだと私も思案していると山崎さんが布団の替えはあるからそこに寝かせても構わないと言って、原田さんに予備の布団を持ってくるように頼んでいた。そして二人で彼女の傷を治療していて気付いたこと。見える範囲でだが新しいもの古いものも含めてかなりの傷があって、思わず手が止まってしまった。一体この人はどういう生活をして来たのだろう。しかしそれは山崎さんにも見えていたことを思い出し、彼の顔を伺うと案の定その表情は険しく、どんなことを考えているのかと不安になった。
名前さんの傷は蛤御門の変の時に原田さんと合間見えた不知火という人によって付けられたらしい。いや、そもそも名前さんは三人と戦っていたようで。襲って来た浪士達を退けて屯所へ戻る途中、あまりに連続する銃声に探してみると名前さんの姿が見えて慌てて間に入ったと原田さんが言っていた。そこで何かあったとは言ってなかったが、原田さんの様子が少しおかしい。遅れて来た沖田さんもそれに気付いて尋ねたが何でもねぇと言われたらしく千鶴ちゃん聞いといてと言われて非常に困ったのが数刻前だ。


「ち、づる…さ、」

「名前さん!?」


夕餉の時にも目は覚めず、その頃から出始めた熱を冷ます為に額に当てていた布を交換してから数回目。桶を持とうとしていた時に、弱々しくはあるが名前さんの声が耳に入って危うく桶をひっくり返しかけた。


「良かったです、目が覚めて!どこか痛い所とか、?」


急いで彼女の枕元に寄って病状を聞こうとしたのだが、不意に布団から伸びてきた彼女の手によって言葉を遮られた。首を振って微笑む様子にどこか違和感を覚えて思わずその手を掴んだ。そして名前さんの口から出てきた言葉に自分の耳を疑った。


「千鶴様」

「………え、ど、どうしたんですか?様だなんて、」

「申し訳ございません。時間がないので説明は省かせて頂きますが、私は主ー四楓院名前様では御座いません」


どういうことだ。主って、なに。名前さんじゃないってなに。世の中には自分と似た人がいるって言うけど今私の目の前にいるのはその類なのか。だけど。名前さんのことをこの人は主と呼んだ。そんな呼称は従事している人しか使わない。彼女は異世界から来たと言ってたいたがこの人と一緒に来たのだろうか。いや、そもそも私と今まで話していたのは、どっちなのだろう。


「……千鶴様」

「は、はい!」

「混乱させて申し訳ありません。貴方のお顔が曇ることは私としても大変心苦しいのですが、後には必ず分かることですので今は急いで要件をすませてしまいましょう」


そう言って布団から起き上がろうとするので慌てて背中を支えると、その肩に半纏を掛けた。ありがとうございますと言うその言葉遣いは今までと明らかに違うが、その笑顔は名前さんと同じモノで、段々と心が落ち着いて来た。


「……はい。分かりました」

「ありがとうございます。さて、話は戻りますが、今、主は調べ物をしております。主が元の世界へ戻る手段と、千鶴様、貴女に関することです」


目を見開いてしまった。名前さんは異世界から来た人。そう土方さんが説明してから日は浅い。あの時の名前さんのお話を完全に理解するのにはまだ少し時間が欲しいが、彼女が違うということは分かった。偶に口から飛び出す言葉が外国語のようでまた、彼女が欲するモノが理解出来ない時があるからだ。私も名前さんも言葉が同じことから同じく日本に生きて来たと思われるのに、彼女が日常生活において使っていたモノが私達にはまるで理解出来ない。そんなことがあるか。そう背理的に考えることで異世界の存在を認めることが出来た。その名前さんが自分の世界へ帰る手掛かりを探すのは当然だ。だが、何故私のことについても調べる必要がある。いや、それよりも私の何を調べるというのか。


「わ、私に関することって…」

「失礼とは存じますが、千鶴様。貴女は人間ではございませんよね」


一気に顔が青ざめた。
口はガタガタと震え、手汗も酷い。額の冷や汗を拭うことも出来ずに身体は固まっている。自分でも血の気が引いて行くのが分かった。


「……ど、どういう…意味、でしょう」


こんな状況で言葉が出て来たことを褒めて欲しい。
しかしそんな私を見て彼女の方が驚いていて。慌てて私の手を掴んで申し訳ありませんと謝った。


「い、いえ!あの、私も取り乱して…」

「いえ。私が事を急きすぎました。段階を踏むべきでした。時間がないとは言え、ストレート過ぎました」

「すとれーと?」

「ああ、申し訳ありません。直球、という意味です」


私の額の汗をご自分の浴衣の裾で拭って下さりながら微笑む名前さん。でも中身は名前さんではないので少し複雑だが。


「千鶴様。貴女は主が人間のする動きとは思えないような状況を何度かご覧になっていると思います。今回も屯所までそうやって戻られた」

「…はい」

「正直に申し上げまして、主は人間では御座いません。それどころか、現世、所謂この世の存在でもありません」


頭がついて行かない。どういう意味なのか、を考える為に彼女の言葉を口の中で反芻してみる。が、理解出来ない。


「私が申し上げましたこの世のものではないという表現は、千鶴様達現世の方達が驚いた時などに比喩として用いるものと同義ではありません」

「えっと、つまり名前さんは、」

「簡潔に申し上げるならば、死人です」


あり得ない。死んだらその人は二度と動かない。小さい頃から父様の手伝いで病に伏せる人達を見て来たし、その中には亡くなる方もいた。だけど。死んだらそこまで。脈がなくなり、顔も青白く、段々と固まって行く体。そんな人達が再び動き出すなど聞いたことも見たこともない。


「話を戻しましょう」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「申し訳御座いませんが、これ以上は貴女の疑問に付き合っている暇はありません」


先程迄とは打って変わった有無を言わさない雰囲気に思わず言葉を飲み込む。浮きかけた腰を下ろして居住まいを正すと、彼女はさてといって話し始めた。


「貴女を屯所に下ろしてから主はある所へと向かいました」

「沖田さんと原田さんの所ですか?」

「いえ。貴女と同じ気配を持つ者の所へです」


昔から傷の治りが異様に早かった。いや、早いとか言うレベルではない。怪我をした瞬間から傷口は塞がって行く。この間、風間千景とかいう人につけられた傷もあっという間に塞がった。元々出血が多い傷だったから土方さんへ誤魔化しはきいたが、出血が少ないものだったら怪しまれていたと思う。幼い頃はこれが普通だと思っていただけに、父の元へ訪れる人達の様子に疑問を抱き危うく近所のおば様達にそれをぶつけかけた。何故、直ぐに傷が塞がらないのか、と。今思えば余りにも愚かな考えで、もし実行していたならばと考えたくもない。直ぐに気付いて人と違うのだと教えてくれた父親に感謝し尽くす限りだ。その時に思ったことがある。
私と同じ人はいないのだろうか。
父は私に諭した時に稀に特殊な能力を持ってこの世に産まれる人がいる、と言っていた。零ではない。稀だと。そして今目の前の彼女は私と'同じ'モノがいると言った。期待が膨らまない訳が無い。目を見開いて、自然と言葉が漏れてしまう。


「……それは、どんな方ですか?」


縋る様な目を向けていたのだと思う。だが、思わずと言った感じで私の両腕を優しく掴んだ彼女の表情は微笑みながらも何処か悲しみを帯びていた。


「……やはりお知りになりたいですか」

「当然です!私は、私はずっとこのことを、この体質を…同じ様な苦しみを持つ人がいるならば是非、」

「もし、それが残酷な結果であったとしても?」


残酷な結果。それが何を意味するかは全く分からない。しかし、それを熟考しようと思える程の冷静さはなくて。迷わず頷くと、困ったような表情を浮かべてもう一度良くお考え下さいと言う彼女に僅かな疑問が頭を過った時だった。


「待て、ルーチェ」

「主。ご無事で」


私の腕をすっと離し、流れる様な動作で片膝を立て頭を下げた彼女に一瞬驚いたが、すぐ後ろから聞こえた声にワンテンポ遅れて振り返る。そこには全身烏の様に真っ黒な着物を来た名前さんがいて、今日何度目か分からない瞠目をしてしまった。


「どこ迄話した」

「千鶴様と同じ気配を持つ者の存在迄を」

「そうか。手間をかけたな」

「いえ。お役に立てたのならば」


崩せ、と名前さんが言って私の隣へ座る。頭を上げて正座をした'るうちぇ'と呼ばれた彼女はどこか安堵した様な表情を浮かべている。


「千鶴、混乱させて悪かった。彼女は私の分身の様なモノだ。名をルーチェ。外国語が浸透していないお前には少し慣れ辛いだろうが、出来ればそう呼んでやって欲しい」

「はい。'るうちぇ'さん、ですね?」


話し方がいつもと少し異なる名前さんに違和感を覚えるも、声色から名前さんの大切な方だと分かり、たどたどしくも繰り返せば微笑んで頭を撫でてくれた。


「さてお前の同族だが、ルーチェも言った様に知るには良く考えた方がいい」

「どうしてですか?」

「現実はそんなに甘くない。真実を知るには痛みを伴うこともあるということだ」


どういうことなのだろう。
ここまで教えておいて教えてくれないとは何て意地悪な方達だ。とは、思ってはいない。普段から私に優しくして下さる名前さんが態と私を苦しめる様なことは絶対にしないだろう。つまり何かお考えがあってのお言葉であり、それは私の決断が大いに関係するものなのであろう。さっきは予想外の展開に冷静になれず焦って真実に飛びつこうとしたが、それは愚か者のすることだ。名前さんとるうちぇさんのお顔をゆっくりと見てから、口を開いた。


「少しお時間を下さい」























懸命な判断だ。

(だけども)
(そう言って微笑んだ名前さんの表情に僅かに違和感を覚えた)

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