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目と眉毛が近くなりました。





「……すいません。君のような美しい女性を忘れてしまうとは。必ず思い出しますので、しばしのご辛抱を」


それは連日降り続いた雨が漸く上がり、久々に晴れ渡った日の昼下がりのこと。団子屋にいたリサと真子が万事屋一行に出くわし、手に持っていた団子を食べるか?と聞いたことから始まった。


『いえ。知り合ったばかりの方から食べ物を頂くなど、そんなことは…それにあなた方はカップルなんでしょう?ダメですよ、彼氏さん。貴方は彼女さんだけを見てればいいんです』

『………何やコイツ。自分から殴ってくれ言うてるで。こんな潔良いヤツやったっけ?』

『ま、待って下さい真子さん!!銀さんは、今漸く僕らの名前を覚えた所なんですよ!!』

『…僕らの名前、やと?』

『なに言うてんの、新八。冗談はそのメガネだけにしときやァ』

『冗談じゃないんですってば!!銀さん、記憶喪失なんです!!』

『『…記憶喪失ゥ?』』


普段の銀時からしたら有り得ない台詞に、殴りかかろうとした真子を必死で止めた新八の説明に死神二人の目が丸くなる。んなアホな、という顔をしているが銀時が可笑しいことは確か。渋々ながらも納得し、改めて自己紹介をしたところで冒頭の台詞へと戻る。
いつもの死んだような目はどこへやら。いざという時しか煌めかない筈の目にじっと見つめられながらの言葉に、リサの腕には鳥肌が立っていた。そして、そのリサの顔を見ていた新八も。
やがて、銀時から目を離し、立て掛けてあった斬魄刀を手に取りゆっくりと立ち上がったリサへと、新八は恐る恐る声をかけた。


「……リ、リサさん…?」

「……新八。銀時は事故で頭ぶつけて記憶なくした言うたな?」

「は、はい。あの…リサさん、…まさかとは思うんですが…」

「なら、もう一度同じ衝撃与えたら治るんちゃうんか?いや、治るに決まっとる」


見事な反語表現の後、刀を鞘ごと振りかぶるリサに固まったのも束の間。
直後には新八と神楽の必死の叫び声が団子屋の軒先に響き渡った。


「リ、リサァァア!!落ち着くアル!!銀ちゃんは今銀ちゃんであって銀ちゃんじゃないネ!!」

「そうですよ!別人です!他人です!!単なる通りすがりの人間だと思って下さい!!ていうか銀さん死んじゃいますから!!」

「大丈夫や。立派な死神にしたる」

「殺す気満々かァァア!!!」


























― 目と眉毛が近くなりました ―


























「…うるさ、」


処変わって、とある高層ビルの一階エレベーターホール。団子屋で新八と神楽の絶叫が響き渡っている時、其処では一人の女がエレベーターの扉の上にある階表示を見ながら、少し苛立った表情を浮かべていた。上から下まで真っ黒のスーツ。襟元から僅かに覗く淡い翡翠の小さい雫の形をしたペンダントを除けば色は一切ない。言わずもがな、この女は四楓院名前なのだが、いつもなら必ずいる筈の土方が隣にいない。代わりに彼女の斜め後ろに、男が二人いる。そのうちのやや細めの男の方が名前の一言に申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません。只今、このビルは免震工事中でして」

「…別に構いませんよ。それに、そういう意味で言った訳ではありませんから」


どうやら彼女としては独り言のつもりだったらしい。免震工事ってなんだと思いつつ、一瞬の間の後に続けた言葉には、ほっといてくれという意思が全面に現れている。


「差し出がましいことを致しました。申し訳ありません」

「…謝るなら、ついでに風車…刀を返して欲しいものだな」

「それはなりません」


下手に出ていたのは嘘のよう。謝ってきた男とは反対の男の手元に目をやりながら言えばきっぱりと言い切られ、名前は溜息を吐いた。そもそも彼女が何故こんな所にいるのかと言うと極論は呼び出されたから、なのだが、それではあまりにも簡潔過ぎるので少し掻い摘んで説明しよう。
話は朝、副長室で土方と退と三人で潜入捜査の話をしていた名前の携帯に突然、電話が掛かって来たことから始まる。


『…オイ。せめて音は切っ、…』

『長官専用回線ですので、無理です』

『…早く出ろ』


明らかに不服そうな顔をする土方にそう言われ、部屋の外に出ながら取ると、彼女が返答をしないうちに相手は喋り始めた。


『もしも、…』

{遅いよ〜名前ちゃ〜ん。オジサン待ちくたびれちゃったよ〜}

『…御用件はなんでしょうか』


冷たいだ娘が反抗期だなんだ言われたが彼女は一切無視。逆に、大体あんたの娘になった覚えはないと一蹴する始末である。近藤ならここでいじけて非常に面倒になるのだが、そこは松平。連れないねェなんて言いながら唐突に本題へ入った。


『先月の"報告"で話がある』

『貴方にも御理解頂けるよう、事細かく書きましたが』

『そこじゃねェんだよ。とにかく話があるからコッチまで来い』

『…丁重にお断りを…』

『あれれ〜?誰のお陰で浦原達は刀持ててるんだっけェ?オジサンのお陰じゃなかったっけェ?』

『あーくそっ、はいはい。分かりましたよ、オジサマ』

『アレ?なんか今変な一言が混ざってたような…』

『幻聴ですね。だから娘さんにも嫌われるんですよ』


では、後ほど。
そう言って切った名前は土方の部屋へ戻らず、その場から瞬歩で消えた。ちなみに、土方には呼び出されたことだけをメールで伝え、先程まで話していた潜入捜査についてはマムシ工場に退を送り込んだらどうでしょう、と付け足しておいた。そして、ほんの数分後。松平のいる高層ビルー大江戸警察庁に着いた名前は、彼の秘書的な二人に迎えられ、松平のいる最上階まで上る為エレベーターを待っていたという所で冒頭へと繋がるのだ。


「…大体。お前らが私の刀を持っていたからと言って何が安全なんだ」

「四楓院護衛兼補佐官。体裁、というモノが大切なのですよ」

「…体裁、ねぇ」

「はい。
それと、貴方には例え千人の侍が相手でも敵いはしないでしょう。私達が持っているからと言って、決して貴方の力量を軽く見ているわけでは御座いません」

「随分と長い間組織にいるようだな。…お世辞が上手」

「有り難う御座います。松平様の秘書となって早十年、経ちました。ですが、今のはお世辞ではありませんよ。本心です」

「適当なことを。実際見たこともないだろうに」

「いえ、御座います。貴方の入隊試験の記録係は私でしたので」


マジか。
名前の小さい驚きの呟きはエレベーターが到着したことにより消えてしまった。そして中に乗り込み、最上階のボタンを松平の秘書の一人春日井が押した所でもう一人の秘書御笠が口を開いた。


「元は松平様がほぼお巫山戯で作られた特別枠。その試験内容が二百人組手を五分以内で終わらせるという冗談のようなものだけに、前代未聞でしたからね。応募者がいるなんて」

「…でしょうね」


一番簡単な枠。で、真選組の中でも上の方の地位を確立出来る役職。この二つの条件を兼ね備えているのが護衛兼補佐だったので、喜助が応募したのだが、人間にとって普通でないと知ったのは試験当日。余りの見物人の多さにうんざりして、当初の予定より早く終わらせてしまったぐらいだ。その時のことを思い出し、苦笑混じりに御笠の言葉に同調していると、でも、と彼は続けた。


「安心致しました」

「…?、それはどういう?」

「貴方のお顔です」


顔?
声には出さず唇だけ動かすと、はい、と微笑む御笠。


「正しくは表情、ですかね。
準備期間の一ヶ月間、一応我々のような者に対しての愛想笑いはして下さっていたのですが、本当の笑顔というのを見たことがないまま、真選組に就任なさって行ったので」


少し心配してたんですよ。
最後は少し控えめにそう行った御笠に名前は母さんか、と呆れたように笑った。


「笑い事じゃあないですよ!ただでさえ普通じゃない真選組に、貴方のような…」

「あー、はいはい。悪かった」


もう着いたからね?早く出よう?
そう言って後の説教を遮れば、御笠は不服そうな顔をしながら名前を外へと促した。

だけど、その顔はどこか嬉しそうでもあった。

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