風の中。弍
『…確かに受け取った。コピーやらをとってはいないだろうな』
『ああ』
『……本当か?』
『元より不利なのは此方側。更に首を絞めるようなことはしない。それにUSBを調べればコピーを取ったかなんてすぐに分かるだろう』
『ふん。その言葉、どこまで本気か…まぁ、いい。貴様らは我らの掌の上だということを忘れるな――……
「“貴様ら”、か…」
煉獄関に手を出した真選組の処分を軽くする為に持ち掛けた取り引きは案外上手く行った。正直意外だった。いくら遜った様子を見せて相手に優越感を与えたと言っても、その間USBは私の手元。無くす可能性だって十分あるし、複製をとってマスコミに流してしまうかもしれない。私が近藤と松平を裏切って。でもまぁ、松平は私の身の上を全て知った上で特に追求せずに真選組へ入れてくれた寛容な人間だ。それに加え私は近藤の人柄に惹かれたから真選組の入隊を決めたようなもんだ。実際裏切りなど微塵も考えていないが。つまり何が言いたいかって、天導衆の考えが甘いということ。…もしかしたら私が逆らえないと“分かって”いるのかもしれないが。
そんなことをぼんやり考えながら、約束通りUSBを渡したその帰り。最後に交わした会話の一部が頭に引っ掛かり、思わずそう呟いていたのが今の状況だ。“貴様ら=真選組”。恐らくこれで間違いないと思う。話の流れからしてそれ以外ありえないし、何より私は真選組の首を繋ぐ為に動いたようなものだから。でも、昨日見た夢の所為かどうしても別の方に考えてしまう。“貴様ら=私達”、に。ないとは思っている。第一、天人如きが死神の戦闘能力を上回る筈もない。天導衆はプライドが恐ろしく高いから同等の力を持つ者としかまともに会話はしないだろう。なのに、私の取引に応じたのはある程度死神を認めているから。つまり、簡単に“掌の上”などと言える筈はない。が。
「あー…やめよやめよ。なんか無限ループ」
寝不足の頭で考えても上手くまとまる筈もない。ひとまず思考をストップさせる為に頭を軽く振っていると、ポケットの中でバイブが鳴った。
「…もしも…
〔テメェ!今何処ほっつき歩いてやがる!!〕
そう怒鳴って来たのは副長だった。まぁ、トイレに行くと言って出て行ってから2時間弱。流石に抜け出したと気付くだろう。当然の電話とお叱りである。
「それにしてもよくお気付きになられましたね」
〔あたりめーだ。大体1時間も籠もってる奴ァいねェんだよ〕
「そうですか……ですが、何故その1時間後に掛けなかったのですか?携帯の電源は入れておいた筈ですが」
〔…かからなかったんだよ〕
なる程。奴らの拠点には地球の電波が入らないのか。…いや、入らないようにしているのか。外部からの盗聴を防ぐ為に。
「…それは失礼致しました。携帯も反抗したいお年頃で」
〔どんな携帯だ〕
まぁ説教は後だ。取り敢えず早く帰って来い。そう言われ、母ちゃんかと笑いながら口を開きかけた時だった。
「…動くなよ」
首筋にピタリと当てられた何か冷たいモノ。それが刀だと理解するのに差ほど時間はかからなかった。今自分がいるのは人気のない路地裏。夕暮れ時とあって、太陽と反対側に月が昇ろうとしているのが見えた。満月だった昨日から僅か1日しか経っていない満月と何ら遜色のない月が。
全身から、冷や汗が出た。
〔?…四楓院?どうした?〕
総悟とは違い私はこういう時の返事は素直にするのだが、やや間が開いてしまったことに疑問を抱いたのだろう。怪訝そうな副長の声が電話口から漏れてきた。このまま無言を貫いてしまうと怪しまれることは間違いないので適当に返そうと口を開こうとした。が、またもやそれは遮られた。
「マジか。耳が斬れたらどう責任をとってくれるのよ」
携帯が真っ二つになってしまったことによって。
「なに言ってんだ。お前らには鬼道のスペシャリストがいるんだろ?そいつに治して貰え」
「…よく言うわ」
空間回帰ってモノにも使えたっけと頭の片隅で考えながらも、自分の今の状況に軽く危機を覚えた。さっきまでは刀一本分の距離があったが、携帯を斬られる直前に何故か片腕で後ろから腰に手を回され後ろに抱き寄せられたことで今はゼロ距離。勿論、刀は依然首に当たったまま。
「…久しぶりだなァ、名前」
「にしては随分なご挨拶だな、高杉」
耳元で囁かれた高杉の声に何故か藍染の声が思い出された。
― 風の中。弍 ―
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