にわかゆうれい。
俄死神と遭遇した翌日。
「…副長」
「なんだ」
「何があったんですか?コレ」
久々の非番ということもあり、私は街へ買い物に出ていた。そんな時に直属の上司から電話が掛かってきたのは、買い物も大方終わり神楽を誘って甘味屋にでも行こうとしていた時だった。何故と思いながらも居留守を使った暁に来る恐ろしく長い説教を天秤にかけた結果、通話ボタンを押した。
{緊急事態だ。…帰って来れるか?}
『………分かりました』
何の前説もなく唐突に使われた緊急事態という言葉。言いたいことは山のようにあったが、そう言われては仕方ないと屋根伝いに瞬歩を使って帰ってきた。早すぎねェ!?と驚く副長を軽くスルーして何があったのかと聞けば、ため息混じりに道場に連れて来られた。道場破りでも来てんのかと、疑問に思いながら中を覗けば見えたのは大量の布団とそこに寝込む隊士達。余りの異様さに眉を潜めながら尋ねたのが冒頭の一言である。
「いや…その…」
「“お化け”、でさァ」
いつまでたっても口ごもる副長に更に眉を潜めると不意に聞こえた総悟の声。彼の肩に人が担がれているのを見るとどうやらまた倒れた人がいたらしい。
…じゃなくて。
「お化けェ!?」
「どうしたんでィ。そんな大声だして」
いやいやいや。ナイナイ。
現世の人間が言うお化けってアレでしょ。幽霊ってか整のことでしょ。ソイツらが人間の健康状態にまで影響するか。ナイナイ。絶対ない。ありえない。出来たとしても落とし穴作るとか物動かすとかの悪戯レベル。
「まさか、名前…お化け嫌いなのかァ?」
「んな、アホな。何でそんなもんが怖いのよ。大体、私は死に……」
ワォ。なに言おうとしてんだ。私は。
「死に…なんだよ」
「死人を敬うタイプですからね。そんな怖いとか失礼極まることは言いませんよ」
「へぇ…意外でさァ」
「総悟。アンタ一体あたしをどんな目で見てんの?」
こーんな目、と言ってアイマスクを取り出す総悟に軽いデコピンをかますと、副長に向き直った。お化け云々は置いといて、緊急事態と言うのは本当のことだ。これは早急に対処しなければ組織の信頼と存続に関わる。
「副長。これで何人目ですか?」
「十八人目だ」
「隊士の半分以上はやられちまった訳ですね。流石にここまで来ると気味ワリーや」
自分の運んで来た隊士を布団に寝かせた総悟がうなされている隊士の枕元でそんなことを言う。その彼の言葉に恥ずかしくて口外出来ないだなんだと言う副長に、局長はふんぞり返ってこう言った。
「トシ、違うぞ…俺はマヨネーズにやられた!!」
「余計言えるか」
隊の危機だという状況でも相変わらずのやりとりに思わず苦笑すると、手に持っていた袋を持ち上げて3人の視線を集めた。
「まぁ、一旦屋敷の方に戻りましょうか。和菓子、買って来たんでお茶でも飲みながら考えましょう」
― にわかゆうれい ー
「みんな譫言のように赤い着物を着た女と言ってるんですが……稲山さんが話してた怪談のアレかな?」
私が買ってきた水羊羹を口に頬張りながら総悟が呟く。最も、彼の関心は水羊羹に向いているのでほぼ独り言に近いのだが。
「怪談なんて昨日してたんですか?」
湯のみと茶請けを机の上に置きながら尋ねると縁側で庭の方を向いて座っていた近藤が頷いた。
「名前ちゃんも誘おうと思ったんだがなァ。昨日深夜の市中見廻りだったろ?」
「あ、そうでした。態々お部屋までお越し頂いたのに申し訳ありません」
「いやいや!!いーんだよ。単なる遊びだったしな。ていうか、前から思ってたんだが…名前ちゃん、そんなに堅くなくっていいんだぞ?総悟に接するぐらい砕けた感じで」
「それは少し砕けすぎですが…」
まぁ、考えときます。そう言えば局長はニカッと笑う。本当に人を疑うということを知らない笑みだ。見ているこっちまで暖かくなれそうだ。
「にしても、どうすんですかィ?赤い着物を着た女の幽霊」
そんなやりとりをする私と局長をぼんやりと眺めていた副長がその総悟の言葉で我に返ったような表情をした。そして、私の存在を見事に否定しやがっ…なさった。
「バカヤロー幽霊なんざいてたまるか」
バカヤロー幽霊なんざいないでたまるか。大体私は流魂街の出身だぞ。一回現世で死んで、幽霊通過してから尸魂界に来て死神になったんだぞ?つまりだな、副長。アンタ今、軽く、いや、確り遠まわしに私の存在否定したんだぞ。泣くぞ、コノヤロー。
なんて下らないことを思っていると、局長の額に恐らく冷や汗であろうものが伝っているのが見えた。
「トシ。幽霊を侮っちゃいかん。この屋敷はきっと幽霊に呪われてるんだ」
「何をバカな………いや、ナイナイ」
幽霊が呪うなんざ絶対ないなと思いつつ、副長の微妙な間に首を傾げていると不意に山崎の声が聞こえてきた。
「局長!!連れてきました」
「オウ。山崎、ご苦労!」
何を連れてきたんだと総悟と揃って頭を出すと、如何にも、というか怪しさの塊でしかない3人組が見えた。
「……山崎。ソイツらはなんでィ」
「街で捜してきました拝み屋です」
「拝み屋…?…」
だが、サーカスでもしそうなこの3人。どこかで会ったような気がしてならなかった。
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