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太陽。陸



あと少し、というか本当にあと百メートルぐらいの所でそいつは現れた。

晴太の手を引いてというか段々と面倒になって片腕に抱き上げながら走りつつ、群がる百華達を適当に相手して上層階へと順調に向かっていた。うわぁとか前とか後ろとか兎に角耳元で大声で叫ぶもんだから始終耳が痛かったが、気絶されて重くなるよりはマシかと偶に背中をポンポンと叩くに留めて我慢した。それにしてもよくもまぁ飽きずにリアクションをとる子供である。疲れないのか逆に心配になるが、この子にとっては全てのことが初経験であって、心休まる瞬間がないのだろう。加えて自身の人生に大きく関わる部分に触れようとしているのもあって一種の興奮状態なのかもしれない。今夜はよく眠れそうだなと下らないことを思いながらも、最上階への階段を登りきった時、それに気付いた。

『…いる』
『え?何が?』
『晴太、何があっても絶対に腕を離すな』
『え、う、うん』

と生返事を聞いて三歩目。何となくの予想で踏み込んで真正面に蹴りを叩き込めば、見事な手応えと共に目指す筈の扉へ綺麗にソレは吹っ飛んで行った。
状況があまり理解出来ていない晴太が唖然として音のした方を見ているのが今の場面である。その扉の先に日輪がいるというのは今のところ黙っていようと思う。


「や、さっきぶり」

「頑丈な身体だねぇ。何をすれば死ぬわけ」

「あはは。まるで不死身みたいな言い方よしてヨ」


君じゃあるまいし。
扉が壊れるギリギリの結構な衝撃だったと思うのだが、平然と服の埃を払い立ち上がる神威。そんな夜兎がそう言ってニコリと笑みを向けると、晴太が小さくヒッと声を上げた。それに背中を軽く叩いてやりながら一つため息を吐く。


「蹴り飛ばしておいて何なんだけど、退いてくれないかな。晴太が怯えてそっち迎えない」

「うん、いいよ」


思わずえ、と二人で固まってしまった。基本神威はヤダとゴネている場面しか見ていないし、加えて戦闘狂であるからじゃあ戦ってと言われる準備をしていたぐらいだ。現に斬魄刀の柄を握ろうと右手をやや浮かせていたし、晴太も私にしがみ付き直したところだった。


「君たち絶対失礼なこと思ったでしょ」

「いや、マサカ」


そしてその言葉が本当であると証明するかの様に神威は扉の前から退いて脇に避けた。この距離なら瞬歩で滑り込めないこともないが、晴太を歩かせて態々危険に晒すこともあるまい。元よりこのままそこまで行くつもりだったのだ。扉の前まで歩くと、抱えていた晴太を下ろして背中を押した。


「…どういう吹き回しだ」

「うん。何だか興味が湧いちゃってね」

「興味?晴太、…いや。日輪か」

「さすが。正解」


壁に寄りかかって腕を組んでいる神威に一時間前までの禍々しさは殆ど感じられない。戦闘部族のそのトップクラスのヤツが人間のしかも戦闘からは程遠い女に何の興味が湧いたのかと眉を潜める。


「いや、ただ会いたくなった」

「…何故」

「あの、夜王鳳仙を腑抜けになるまでたらしこんだ女に。吉原中の女達から太陽と呼ばれすがられる女に。…吉原で最も美しく、」


強い女に。
そう言った神威の表情からふざけていないことが伺える。そんな表情も出来たのかと眺めていれば、晴太が扉に体当たりをし出した。最早自分の足で歩くことも叶わぬ身であるのに中からも閂とは余程日輪を外に出したくないと見える。というよりその執着心に段々と気持ちが悪くなってくるのと同時に何故そこまで日輪に拘るのかも気になってきた。確かに神威の言うことには一理ある。
いい加減晴太の肩が擦り剥けそうなので手伝おうかと廃炎を出そうとした時だった。


「…そんなに会いたくば会わせてやろう。このわしが。
連れて行くなら連れて行け。童、それがお前の母親だ」


とてもヒトが出せると思えない威圧感を纏わせながら現れた夜王鳳仙。その夜王が晴太の足元へと放った髪の束がボトリと嫌な音を立てた。

























ー 太陽。陸 ー




























「お前の母親は日輪ではない。とうの昔に死んでこの世にはおらんわ」


そう言ってベラベラと喋ってくれた夜王の話はこちらが集めた情報とほぼ一致していた。やっぱり喜助は凄いと思うが、それにしても晴太はいい事を言う。"常世の闇から命をはって地上に産み出してくれた"なんて、実の母親が死んでいると聞かされた直後にスラっと出てくるモノではない。これはいよいよ何としても日輪に会わせてやらなければならなくなってきたので、始末する気満々の鳳仙の相手をする為に向き合って斬魄刀の柄へと手をかける。すると鳳仙はふんと鼻で笑った。


「…この世の事象に邪魔立てをする気か、"死神"」


これは驚いた。春雨に所属していたのは昔の事だろうに一体どこから情報が来たのか。神威辺りが言ったとも考えられるが、会ったのはついさっきでしかも阿伏兎の言葉からとんでもない戦闘があり対話なんて一切なかったと予想がつく。その上、口振りからするに尸魂界と現世との兼ね合い、つまり世界の理を理解していると伺える。短時間ではまず無理だ。


「本来"崇高な存在"である筈の貴公らが、何故脆弱な魂を持つ人間なんぞに加担する」


しかしそんな私の驚きを尻目に彼は更に言葉を続ける。取り敢えず今は考えるのはやめよう。後で調べればいいや。ていうかそれより気になる言葉があった。


「脆弱、ねぇ…」

「何か言いたいことでもあるか」

「だったら何故"彼"はここまで来たんだろうね」

「?、何を…」


喋りながら唐突にしゃがんだ私の行動の意味が理解出来なかったようで鳳仙は眉を潜めた。が、背後から迫る殺気に気付いたのか身体を傾けて避けていた。直後、聞こえた轟音に晴太の生存がやや心配になるが、彼のことだ。きっと上手く投げているのだろう。
というより遅い。私より先に行動を起こしていたのではなかったか。しかも彼の辿ったルートは恐らく私が綺麗に百華を片付けたのと同じそれのはずだ。感謝しろよと思いつつ立ち上がると、鳳仙の後ろに立つ人間を、銀時を見た。


「オイオイ聞いてねーぜ。吉原一の女がいるっていうから来てみりゃよォ。どうやら子持ちだったらしい。その涙が何よりの証拠だ」


私にやや遅れて振り返った先にいる銀時を見て鳳仙は目を見開いていた。その目に映るのは先程脆弱な魂だと揶揄した人間だ。扉を壊す程の腕力を持つことに驚いたのか、気配がしなかったことに驚いたのか。後者だとしたら夜王も腐ったものだとがっかりするが、その本心は本人に聞かない限り分からない。


「…勝負といこうではないか。この夜王の鎖、断ち切れるか」

「エロジジイの先走り汁の糸で出来たような鎖なんざ一太刀でシメーだ」


ここに来てからの銀時のセリフは吉原仕様になっているらしい。格好つけてるのか素なのか、これも本人に聞いてみなければ分からないが、銀時が来た以上、今の私の仕事は晴太と日輪を護ることだ。


「明けねェ夜なんざこの世にゃねェ。この吉原にも朝日が昇る刻が来たんだ。夜の王は日の出と共におネンネしやがれェェェ!!!」


その仕事に、銀時の"尻拭い"が加わらないことを祈りながら。

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