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太陽。弐





「参ったな。じゃあ無理なのかな、日輪さんに会うのは」

「難しいですなぁ。でも」

「でも?」

「名前さんがそんな顔しなさるならわっち、少し当たってみても」

「ホント?嬉しいなぁ。ああ、でも」

「でも?」

「危ないことはしないでね。昼顔さんに危険が及ぶのは忍びない」


その言葉に本気で顔を赤らめる遊女達に少し恐ろしくなる。場所は吉原の少し静かな場所に位置する遊廓。そこで三四人の遊女を周りに侍らせて優雅に微笑む名前に、最早唖然とするしかない。男装があんなに似合うとは思わなかったし、思いたくもなかった。真子兄ちゃんと弾ける笑顔で駆け寄ってきたあの頃はこんなイケメンになると誰が思ったか。出来上がった男装姿に夜一が満足気な顔をしたのが一番解せない。あんたは娘を一体何に育てたいんだ。
晴太の母親を探すことになった、しかも吉原の花魁だと聞いた時には本気で顔を顰めた。当然だろう。地下都市吉原は地上の花街とはワケが違う。俺らも数える程しか行ったことはないが、良くないモノが出回ったりヒトが行き交ったりしているのは一目瞭然だった。だが、男に取っては文字通り花街。あの艶やかで華やかな感じを思い出し、偶には足を伸ばしてと思ってつい行ってしまう。そして行く度に感じるのは無法地帯だと言うこと。恐らくこの地下で地上の法は通用しない。というかそんなモノはないのだろう。今では街中の四割〜五割を占める天人もこの吉原では全くと言って良いほど見ない。まぁ神楽みたいなタイプもいるだろうからそうとは言い切れないが何かが働いているとみて間違いない。故に自分も足を運んでしまうのかと再び思い至って、盃を傾ける。
その視線の先の美青年に大きな溜息が漏れた。


「あら。どうかなすって?」

「女を誑かすやり方は教えてへんのになぁって」

「うふふ。真子様は名前様の兄様のようでありんすなァ」

「ホンマそうやで。あいつのこーんなちっこい時も知ってる」

「まぁ羨ましい」


そう艶かしく微笑んで酒を注いでくれる遊女を見て、だけどコッチで良かったと安堵する。何より俺らがその話を聞いた時に真っ先に恐れたのが、遊女として潜り込むという一言だった。実際その言葉が名前の口から出ることはなかったし、話もそっちには行かなかったが、あれは喜助が無理矢理そっちの方の思考をシャットしたのだろう。男装をしましょ、と言った時のテンションはやけに高かったし、思えば夜一が異様に褒めたのはそれだったかと今更に思う。親バカや。
まぁ俺らの心労話はその辺にして、そろそろ俺も本腰を入れて情報を引き出すかと、遊女の腰に手を回して引き寄せる。驚いた様に見上げたその顔に微笑むと耳元に口を寄せた。


















ー 太陽。弍 ー




















大通りにある煌びやかすぎる遊廓よりは少し落ち着いた雰囲気の遊廓の方が遊女の質も良いし、情報は確かだろう。そのアタシの目論見は当たったようだ。浦原と銀時が行ってた方の遊廓では、日輪がまだ若かった頃に同じ遊廓にいた遊女がいて、晴太の生まれについて大まかに分かった。一方の名前真子ペアはこの吉原というある意味一国の体制を掴めたらしい。後者に関してはアタシも知らないワケじゃなかったので教えてやっても良かったんだが、全員が首を横に振った。

『お登勢さんはそこまで巻き込まないよ』

じゃあ警察のあんたは大丈夫なのかとか思う所はあったが、今更言って止めるワケがないし、この面子で不確かな情報を取ってくることはまずあり得ないからそれ以上は深く突っ込まなかった。
だから、今一人開店前に名前が来ても何も聞かずに徳利とお猪口を出した。
最初は営業時間外で謝っていたのだが、昨日の成果を大まかに話し始めて。お猪口をカウンターに静かに置くと再び黙り込んだ。その顔は少し複雑そうな寂しそうな、敢えて言うなら傷付いた様な表情を浮かべている。


「…名前」

「…はい」

「アンタ、花街…とりわけ吉原っていう場所を舐めてただろ」


視線がお猪口から上がる。


「…いえ。場所じゃなくて、その場にいる…いや、吉原に入ってしまった'男'に関して、ですかね」


悩んでいるのに表現は的確さが健在だ。そこが人間と異なる部分なのかと思いつつ、煙草の煙を吐いた。


「男はね。女より本能に従って動くモンだよ。バカだからね」

「分かってはいました。…が、納得という段階で無意識の抵抗があったんでしょう。要するに理解の段階から'つもり'だった」


理解したつもり納得したつもり。それで現実を目の当たりにして、思った以上にショックだったのだろう。しかも名前と行ったのは真子。銀時ならまだしも名前の幼い頃から兄的存在としていた人物だ。いくら情報収集の為とは言っても、男としての振る舞いをモロに見てしまっては中々受け入れるのは難しいだろう。浦原はその辺を分かって敢えてその組み合わせにしたのか。兄離れをさせる為に。だとしたら、かなりの荒技だが、奴だって名前が可愛い筈。こうやって落ち込むことぐらい容易に想像はできる。つまりはペアの選択ミスだ。今は一緒に住んでいないから分からないだろうが、こんな状態の名前を見たらきっと狼狽える筈だ。浦原のそんな様子も見てみたいと内心笑うと、空になったお猪口に酒を注いだ。


「…でも。真子で良かったのかも」

「…どうしてだい」

「銀時は、分かる。漠然としかイメージないけど、普段の言動から何となくの予想はある。けど、喜助はダメだ。私は彼を兄や父、上司、友人、仲間、恋人、先生、師匠…どんな枠で見てるかはっきりとしない。その男の本能を垣間見ることによって自分の中で彼のどの部分が崩れるのかが分からない。いや、そうじゃないような…?どうしました?お登勢さん」


あの子は物事を難しく考え過ぎるきらいがある。浦原がそう言ってボヤいた時に呆れたのが二月前ぐらいだった。四楓院という名字から浦原の娘ではないことは明らかだが、どうやら教養全般の係りはこいつだったようだ。考え方が非常に似通っているのがその証拠である。だが、今回のことはそんなに熟考する価値などない。何故なら単なる男の性だから。理性を外して本能に従って動いてしまうもの程、バカなことはない。男なんてそんなモンなんだ、程度でため息一つ吐いておけば良い話だ。それに、浦原に関してはそれ以上進めると名前の中で何かが生じて来そうだったので止めた。本人は認めないだろうが名前にとって浦原は絶対的に必要な存在だ。それを揺るがすようなことはなるべく避けた方がいい。いつだったか銀時ともそう話した記憶がある。
それ以上の思考回路を止める様にと彼女の頭に手を乗せると、一度驚いた様に瞬きをして見上げて首を傾げた。


「アンタ、いくつだい」

「…五百と三十ぐらいかな」

「真子は」

「七百は超えてると思う」

「要するにアンタよりは年上なワケだろ」

「…うん」

「年上だからアンタの知らない世界を知ってる。男なんだから女にとって知らない世界を知ってる。人間だ死神だ言っても年の功ってヤツはあるし、くだらない男の性もある。今まで誰かがそれをはっきりと言葉で教えてくれた訳じゃないんだろうけど、今回それを直に見て、それが理解出来ない程アンタもバカじゃないだろ」


まぁバカじゃないから逆に参ってしまってるんだろうけどね。一歩踏み込んでそう言ってやろうと思ったが、不意に名前が手を挙げてその先を制した。


「ありがとうございます、お登勢さん」


その顔に浮かぶ表情に傷付いた女の子のモノはない。代わりにと微笑むその顔に思わず息を飲む。コレは人間が出来る表情ではない。だけど、それは彼女の気持ちが吹っ切れたことを示していて。


「それにね。アタシら女はそれに一々反応してやる義理なんて一切ないんだよ」


フンと鼻で笑いながらそう言って煙草を蒸すと、そうですねと死神が笑った。

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