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えにし。壱





唐突だが、真選組には参謀という役職が出来た。今から半年前のことだ。私より少し後に真選組へ普通入隊で入った男がいて、そいつが剣の腕もそうだが座学、特に政治面においてやたらと群を抜いていて。そっちの方で強みのある人物が今迄いなかった真選組は既存の隊に入れるのではなく、そいつの為に一つ役職を作った。確かに浪士の居所や不穏な動きなどに注意していればそれで大抵は仕事が捻出されるので、取り立てて詳しい知識を必要としたことはない。だが、警察という組織は社会に食い込んでいるのが普通であり、その状況を知らねばならず、更に政治家達にも繋がりを作っておく方が懸命であろう。という長官のお考えの元だ。
その参謀殿はアクティビティなお方で、殆ど屯所にいない。偶に帰って来たかと思えば道場で素振りをし、涼を相手に軽い打ち合いを行い、私に近況報告をして二三日でまた外へ出て行く。なので、彼より後に入った新入隊士が怪訝そうに見るのを何度も目にしている。折角真選組に入ったのならばそこに腰を落ち着けて、偶に出張という形を取ればいいのに、と前に言ったことがあるのだが、彼は一つ瞬きをするとやや呆れたようにこう言った。


『名前さん。貴女、土方くんの補佐官でしょう』

『仰っている意味は分かりますが。戦闘面に関して宝の持ち腐れというものですよ。政治関連はデスクワーク中心でも支障はない筈』

『これはこれは。お褒めに預かり光栄です』

『参謀、お戯れはそれぐらいで。真剣にお考え下さい』


最大の欠点は真選組の副長と仲が最高に悪いということ。局長は頭が残念なので政治の話は理解不可能。ならば戦術も指揮も執る副長が聞けば良いのだが、参謀の名前を出すだけで彼の機嫌は激しく損なわれる。お前はガキか。思わず呟いて刀が飛んで来たのは記憶に新しい。なので、私が全てを仲介している。政治的判断はお前がしろと副長に言われているので行動を起こす際の二度手間というのはないのだが、報告書の作成が文字数が多く激しく面倒臭い。一緒に聞いてくれるだけで大分負担減なのだが、頑として聞き入れない。これはいくら言っても無駄だと早々に諦め今に至る。だがそれは逆も然りという話で。彼も何故か土方に関することだとああやって反抗的になる。
本当に面倒臭い。
昨日受け取った報告書付きメールを開きながら、溜息を吐く。なんで唐突にこんな話をしたかって。

そりゃあ今現在進行形で餓鬼が二匹一つ屋根の下にいるからだ。



























ー えにし。壱 ー





























パソコン画面上部の'長期出張に関する報告書(要点のみ)'という題に視線をやりながら私は前に座る男に尋ねた。


「…では、そっちの方は既に此方に協力姿勢ってことですか」

「そういうことです。流石に理解が早くてらっしゃる。あいつらとは大違いだ」

「参謀、仮にも協力して下さるという方々ですよ。陰口も程々に」


伊藤鴨太郎。参謀という役職に付き、勉学に関しては右に出る者はいないという真選組始まって以来の秀才である。しかもその秀でるところは座学だけにとどまらず、剣術も群を抜く。その文武両道な参謀はつい最近、幕府のお偉い方を説き伏せ、大きな資金援助を取り付けて帰って来た。それもお土産付きで。おニューの刀に浮き足立つ隊士達に刀の値段に恥じぬよう明日からの稽古は厳しくしてやろうと言って屯所を出たのが今日の昼過ぎだ。一部始終を見て苛立ちが最高潮に達した副長が刀鍛冶屋へと行くと不機嫌そうに言ったので、遠回しに釘を刺したと思ってもらって構わない。
だが、問題はそれでは終わらなかった。
帰りに副長暗殺を狙う浪士集団に会ったのだ。いや、その程度なら特に問題にはならない。私が瞬殺して終わりだ。しかしそこで世にも奇妙な出来事が起こった。その時の顛末はさて置き何が問題かって、伊藤鴨太郎の報告書の最後に付け足されたモノだ。


「この話はここまでで良いでしょう。さて、本題はここからですよ、名前さん」

「…ええ、そうね」


土方十四郎の士道不覚悟について直接お話したいことがあります。スクロースさせた下の追伸と書かれたそこに何度目か分からない視線をやって本日最大級のため息が零れた。大体ファイルの題は報告、しかも要点のみとしか書かれていなかったではないか。何故追伸なんて物を付けた。下手したら気付かない危険があることをこの人は分かっているのだろうか。いや、気付かない訳がないことを分かっているのだろう。
私はあの時咄嗟にまずいと思った。顔に出てはいなくとも恐らく斬魄刀の柄を握る手に力が入ったのを見られた。でなければあんな態度に出れる筈もないし、今、こんな所にこの人は来ない。わざわざ、私の部屋に。


「確か、貴女は明日から有休を取られているのですよね」

「ええ。…どうしても身内から手が欲しいと言われまして」

「そんな申し訳なさそうな顔しないで下さい。土方君は、」

「護衛と補佐はそれぞれ一番隊副隊長新田と監察の山崎に一任しましたので何か御用があれば彼らをお使い下さい」

「それは十分過ぎる代わりですね。僕も安心です」


にっこりと言って湯呑みに手を伸ばした。彼が訪ねて来たので退に頼んだのだ。一応、目上。表面上だけでもおもてなしをしておくのも大事だろう。自室にあった茶請けと揃えて出すと嬉しそうにありがとうと言っていたので甘い物が好きなのかと頭にメモをした。まぁ社交辞令かもしれないが。そしてそんな参謀殿の今の言葉には続くものがある。

…僕も安心です。'暫く自由に動けそうで。'

十中八九間違いない。勿論、前半の充分過ぎるは最後の隠れた一言に掛かる。優秀な参謀は山崎と新田など目ではないと思っているのだろう。そこで油断でもしてくれる様な人であればいくらでも手の打ち用があるのだが、彼はそんなヘマはしない。綿密に着実に事を進めてくる。


「近藤君とはこれから話そうと思っています」


私が副長のことについて聞こうと思っていた時、不意に携帯のアラームが鳴ってもう時間がないことが分かり。舌打ちをしていると嫌に静かな声でそう言われた。何を、なんて聞かなくたって今回の出張内容に加えて副長の失態についても話すに決まっている。


「お時間、大丈夫ですか」


その言葉に斬魄刀を持って立ち上がる。その間に私が出したお茶に手を伸ばすこいつになんて呑気だと怒りさえ覚えてくる。いっそのこと殺せたら楽しいのだろうにとも思うが、迂闊にそんなことは出来ない。必死に抑えて腰に差すと、襖へと手を伸ばしながらそう言えばと後ろを振り返った。


「一つ、申し上げておきましょう」

「……なんでしょうか」

「退も涼も優秀ですよ」

「それは勿論、貴女がご自分の代わりとして推挙なさるのですから。存じ上げておりますよ」


私の言葉に淀みなく言い切った参謀。薄っすらと笑みを浮かべる彼にこちらも同じ様な表情を見せると、一つお辞儀をして襖を引こうとした。が、ふと思い立ってそれをやめ、その場から瞬歩で消えた。

ちなみに彼は私を死神とは知らないし、その時どんな顔をしていたのかも知らない。

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