白く染まった意識が微睡みから浮き上がると、腕の中に収まった温かさを思い出して銀八はまだ開き切らない目蓋を何度か瞬かせた。
部屋は薄暗いままだったが、暗闇に慣れた目にはぼんやりと目の前の輪郭が解った。先程までの情景を表すような汗でベタついた四肢を動かして、腕の中の温もりを強く抱き寄せる。苦しさに微かに唸る声と共に、小さく身動いだあまり変わらない体格の相手の顔へ、キスの雨を降らせる。
やわっこい、と思う。耳朶、頬、額、鼻、と順に辿って、滑らかな肌の感触を楽しむ。舐めると汗のせいか、少ししょっぱかったが、しかしそれが気にならないほどに甘く感じる。普段から甘い物ばかり食べて居るせいか、と銀八は微睡みにまだ片足を突っ込んだままの思考でそう納得した。最後に唇に触れる。更に甘く柔らかな肉に、噛み付きたい衝動を抑え、繰り返し啄んで、ただ目覚めるのを待った。
疲れて眠って居るのを起こすのは可哀想だったが、このままにして置けば後がより可哀想だと解って居るので、それを止めはしない。
それでも殊更優しいキスで、起こそうとする。

「…ん、」

回数を数えるのにも飽いて来た頃、漸く薄く目蓋を押し上げた相手に、銀八は小さく笑んで、薄暗い中で震える鮮やかな金色だろう睫毛に、軽く唇を寄せて、耳元で低く囁いた。

「はよ。取り敢えず、風呂な」
「…あい」

小さく頷いて甘えるように伸ばされた細い両腕に銀八は苦笑して、気怠げな身体をしっかりと支えると、二人分の影がベッドの上に起き上がった。キシリ、とスプリングの軋んだ音が静寂に響く。同じ質感のふわふわと柔らかな髪を撫でてやると、肌に張り付くほどに濡れたそれに、その時になって銀八はハタと気付いて、うなじの少し上辺りをボリボリと軽く掻いた。
一息吐いて、じっとりと濡れた裸体に鞭を打ち、まだおねむの相手を肩に担ぐようにして引き摺り、ベッドを離れた。まだ薄暗いと思っていた部屋は、既に白んだ外光によって浮かび上がり、深い群青色に染まっていた。





ふわふわと白雲を希釈したような蒸気が揺らめいている。用途を終えた蛇口のカーブを描いた先から零れた水滴は、まだ濡れたままのタイル張りの床に、ぴちゃんと落ちると勾配に沿って排水溝へと吸い込まれた。リフォームしてまだ間の無い浴槽は、大の男が二人入ってもまだ余裕があるほどに広い。ゆったりと二人で肩まで浸かって、湯気を立てる透明のお湯に身体を沈めると、直ぐに金時が腕を伸ばして来た。

「八兄、だっこ」
「へいへい」

銀八が苦笑しながらも細く引き締まった腰を引き寄せて、向き合うように膝の上に乗せてやると、金時は擦り寄るように身体を預けて来た。その仕種が可愛くて、自然と頬は緩んだ。

「…こえ、出ない」

ぽつりとそう零した声は、さっきの要求にも感じた通り僅かばかり掠れていて、常の低くも甘い声は今は成りを潜め、些か魅力に欠ける。

「そりゃーあれだけ鳴きゃあ、なァ?」

ニヤリと銀八は笑んで、金時の滑らかな、しかし適度に筋肉の付いた弾力のある臀部を、態といやらしい手付きで撫で下ろす。

「…だ、だれのせいだ、よ」
「あん?なに、俺以外に居んの?」
「………、ばか、」

弱い耳に息を吹き込むように囁けば、金時は一瞬小さく息を詰めて、ふいと視線を逸らせてそう吐き捨てた。ばか、とは云うが怒気を孕んでないことはその声音からも明らかだ。その上更に目元はほんのりと赤く色付いて居るから、何とも解り易い奴だと思う。しかしそれを誤魔化すように金時は銀八の肩に額を押し付けて、それを銀八の視線から隠した。そんな様子がまた堪らなく可愛いと、銀八はひっそりと口角を上げる。
普段から明るく、兄弟の中でも目に見えて社交的なのがこの金時だ。それはもう煩いくらいに良く喋る。しかし事後は恥ずかしさが勝るのか、極端に口数が少なくなる。だからこうして、言葉の代わりをスキンシップで埋めたがった。少しでも離れようとすれば、怠くて動かせないだろう身体を駆使してまでひっついて来るから、汗や体液で汚れた金時の身体を風呂場で洗うのは、毎回銀八の役目だった。
根っからの甘えん坊の金時だが、成長に連れ、今じゃ素直に甘えて来ることは少ない。その金時が唯一素直に甘えて来る瞬間を、銀八が嫌がるはずもなく、面倒臭そうにして見せても、内心かなり嬉しかったりする。いつもこのくらい素直に甘えてくれりゃあ良いのに、と密かに思って居る。

「身体、大丈夫か?」
「ん」

労るように銀八が優しく腰を撫でると、金時はこくりと首を下げた。久々に触れ合うと、どうしても一度では済まなくなって、真っ暗だったはずの空は、すっかり色を変えてしまった。
蒸気を浴びて紅く熟れた唇から、ついさっきまで紡がれていた甘く切ない声の残響が、未だ耳の奥にこびり付いている。それであるのに時折熱を帯びた吐息が吐き出されるのだから、全く人の気も知らないで、と堪らない気分になる。吐息が肌に触れる度、鼻に掛かった音を聞く度、先程までの情景を鮮明に呼び起こされて、自身を鎮めるのに銀八は毎度骨を折った。
ぴちゃん、と天井から落ちた水滴が、水面に小さな波紋を作る。水分を帯びてしっとりと張り付いた髪が、綺麗な頭の形を浮き上がらせていて、濡れてより一層鮮やかに染まった金糸の間に、指を埋めるようにして頭を撫でると、金時は銀八に頬を軽く擦り付けた。

「まるで猫だな」

くすぐったくて軽く吹き出して銀八が笑うと、金時が抗議するように首筋に額を押し当てて頭を振って、髪の先に蟠っていた水滴が、そこら中に飛び散った。

「冗談だ、怒るな、バカ」

宥めるように唇を寄せると、仕返しとばかりに耳朶を甘噛みされて、ふっ、とシャンプーの爽やかな、しかし甘い香りが鼻先を掠めた。
二、三度噛み付いて、気が済んだのか、大人しくなった金時がまた頬をくっつけて来る。合わさった肌は、お湯で柔らかく吸い付くようだ。背中や腰に手を遊ばせて居る内に、お湯の熱ですっかり身体が温まって居た。

「そろそろ出るか」

湯中りし易い体質を気遣かって銀八が声を掛けたが、金時は首を横に振った。いつもはすんなり上がるのだが、今日は珍しい。逆上せるぞ、と云ってもむずがるように身体を揺らすだけだ。

「ほら、金時。また銀時に怒られるぞ」

銀時、と心配性のもう一人の兄の名前を出しても、金時はいやいやと首を振って、長い腕を伸ばすと銀八の首に絡めてそれを拒む。
あやすように背中をぽんぽんと叩けば、金時が耳に唇を寄せて来る。また噛むかな、と構えた銀八の鼓膜を、僅かに掠れた、然れど何とも甘く、蕩けるような声が震わせた。

「ちゅうしてくれたら、でる」

そっと離れ、しかし鼻先が触れ合うほどに近い距離の金時と視線が絡む。
じっと見詰めて来る、髪と同じ深い金色の睫毛に縁取られた緋色の瞳は、湯気のせいかトロリと甘く濡れているようだった。そしてまた脳まで蕩けるような低く甘美な音が言葉を紡ぐ。

「して、ぎんぱち」

その声に誘われるように両手で頬を包み込み、啄む程度のキスを何度か繰り返して離れると、金時の口からは、ほぅ、と溜め息とも感嘆とも付かない熱が吐き出された。そして直ぐに、今度は金時から唇を重ねて来る。今日は珍しいことばかり起こる、と驚きながらも銀八はその甘いキスに応えた。最初は軽いものだった接吻けは、何度も交わす内に、段々と深くなり始める。

「ふっ、…ん、ん…」

自分から仕掛けた癖に、あっと云う間に主導権を銀八に奪われ翻弄されてしまう。リップ音にくちゅっと淫らな音が混ざり合い、白い蒸気の漂う空間に密やかに響く。
そっと目を開くと、一生懸命に応える金時の顔があった。眉間を寄せているのにその表情は苦しそうと云うより気持ち良さ気だ。金時の唇は薄いが、例えるならマシュマロのようで、柔らかくも弾力があり、そして何より癖になるほどに甘い。軽く下唇を吸い上げてから名残惜しくも顔を離す。口の端から飲み込み切れなかった唾液が零れ、形の良い顎を伝う透明な軌跡をそっと親指で拭ってやると、儚げですらあった表情が一変して、にっ、と悪戯っぽく金時は笑った。

「猫とじゃ、こんなこと出来ないでしょ?」

まだ根に持って居たらしい金時からの言葉に、銀八はきょとんと数回瞬きをすると、にんまりと余裕の表情でやはり笑って、それに応えた。

「てめーとは別」
「…変態」

じと目で見上げて来る金時の唇をちゅっと可愛らしい音を立てて掠めてやると、柔かくはにかんだ金時が、また唇を尖らせる。

それから

「ねぇ、もっとして」

そんな最上級のおねだりに、銀八は僅かに眉根を寄せたが、しかしそれはほんの一瞬のことで、直ぐにその口角を釣り上げたのは云うまでもない。

「仰せの通りに」

云って銀八は金時のどこか嬉しそうな顔に再び唇を寄せた。だってこんなにも可愛いお願いを、我が儘だなんて思わない。
ないが、キスに夢中になった金時が逆上せて、起きて来た銀時に銀八が説教される羽目になったのは、また別の話だ。

























cherish


(きみをねこかわいがり)











fin
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12.05.12
鏡の向こうの君と僕」様提出作品
見てくれてありがとうまたね大好き!















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